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伝奇クロスオーバー二次創作
『アウレオールスの夜に』
chapter-09
キャプテン・スーパーマーケット 〜 Captain Supermarket
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10


「やはりあなたでしたか、アッシュ!!」
 セイバーが叫んだ。驚愕と郷愁、そして友愛に満ちた叫びだった。セイバーに肩を借りた凛が驚いたように見やる。この少女がこんな声を出すのは珍しい。
「ん?」
 アッシュと呼ばれた青年が振り向く。
(へえ……)
 その顔に、内心凛は感銘を受けた。
 やや無骨ながらも彫りの深い顔立ち。太い眉毛といい、がっしりした鼻梁といい、絵に描いたような米国のそれだ。苦呶いという評は否定しきれぬだろうが、精悍さと相まって、その濃厚な面相は十分に魅力的である。
 何より印象的なのはその瞳。どんな絶望的な状況下でも諦めることを知らぬであろう、強靱な意志の光を宿している。士郎の瞳もある種近い性質の光を宿しているが、この青年とはまた種類が違った。英雄の相を持ちながらも重苦しさが無い、珍しいタイプのの人間である。
「誰だお前?」
 訝しげに問う。それはそうだろう、霧の倫敦の裏路地、屍骸に囲まれた少女が自分の名前を知っているのだ。普通は何事かと思う。
「……覚えていなくても無理はありませんか」
 そう言いながらも、セイバーの剣はまた一体のゾンビを斬り倒した。ざわり、と。群れの進行の停止が空気を超えて伝わってくる。ゾンビたちに、先ほどまでの威勢の良さは欠片もない。心なしか、動揺すらしているようだ。
「いや、どっかで会った気もするんだが……」
 こめかみに手を当てて考え込むアッシュ。
 ゾンビに向けて振り回していたチェーンソーの回転が止まる。
 その刹那。
「――っ!? ちょっと、後ろ――!」
 凛が叫び、霧の一角が破れた。
 ゾンビといえば鈍重、との思いこみを覆し、人間が疾走するのと同等かそれ以上の速度で、一体が走り込んできたのだ。
 凛に肩を貸したセイバーは咄嗟に反応できぬ。
 不自然なまでに口腔を開き、腐敗の汚液をしたたらせながら、鋭い爪をアッシュの脳髄に叩き込もうと振りかぶり――

 こつん。

 軽やかな音。
 ゾンビの動きが止まる。
 アッシュが肩を土台にしてショットガンをくるりと反転させ、銃口をゾンビの頭部に突きつけていた。背を向けたまま、クルミ材の銃床に付いた引き金に指をかける。引き金はとても軽そうだ。
「避けてみな」
 轟音。
 レミントン・12ゲージショットガンから放たれた弾丸は、駆け寄ってきていたゾンビをミンチにして吹き飛ばす。びちゃり、と粘液質の音を立てて肉塊と濁った血が飛び散った。ついでとばかりに、数匹のゾンビが巻き添えを食って四散する。
「やるか?」
 ショットガンを降ろし、チェーンソーを再回転。群れに向かってずいとアッシュが進み出た。
 同じタイミングでゾンビどもが後退する。
「次はどいつだ?」
 ずずい。
 奇妙な光景だった。
 アッシュが一歩踏み出せば、ゾンビはまた一歩退く。
 矢張り何かに怯えているとしか思えない。理性も知性も剥奪されたはずの動く屍骸にそのような感情が残っているものだろうか。本職のネクロマンサーならぬ凛では、流石にそこまでは知りようがない。
 一時的に敵が退いたのを見て、セイバーが素早くアッシュの傍に寄る。勿論、凛も一緒だ。
 油断なくアッシュと背中を向き合わせ、互いの背後をカバーしながらセイバーは少しだけ笑った。遠い故郷を懐かしむ優しい笑みだった。
「……覚えていなくても無理はありません。まさかこの時代に再び出会うことがあろうとは、私も思ってはいなかった」
 一息。
 遠くを見やる瞳と、暖かい声。
「かつてこの國で、私と騎士たちは、あなたと共に戦ったことがある。あの時のあなたは、確かに一個の英雄でした」
 この國。
 騎士たち。
 そして、アッシュを知る気品有る少女。
「もしかして、お前……」
 驚きと動転が溶け合った声。
 アッシュの瞳に理解が広がってゆく。目を見開き、叫んだ。
「アーサー! お前、アーサーか!?」
「久しぶりですね、アッシュ。あなたにとっては然程の時間ではないかもしれませんが」 セイバーが微笑む。
 士郎や凛に向けるのと同じ、戦友への笑み。信を置いた仲間、友のみが得ることが出来る、最上の贈り物。
 時間と空間を超えた、古き友たちの再会。二人が二人とも、英傑とされるだけの資質の持ち主。やや出来すぎとはいえ、拍手喝采ものの情景だっただろう。

 ――ゾンビに囲まれているといった状況でなければ、だが。

 黙って見守っていた凛が、警告を発する。いい話が繰り広げられているようだが、危機は脱していない。
「また来たわよ」
 霧の奥から足音。態勢を整えなおしたのだろう。屍の群れが、再びずるずると音を立て進み出している。一匹、また一匹――白い霧より侵攻してくる悪夢。だが、一行には今や世界最強のスーパーマーケット店員が、悪夢に抗するだけの力の持ち主が備わっていた。最早、蠢くだけの屍骸の群れなど相手にもならぬ。
「そのようですね。少し時間をいただきます」
 ちゃきりと剣を構えるセイバーに、静かに頷く。
「あれっぽっちで俺たちの相手しようってのか?」
 アッシュは不満そうだ。チェーンソーのスイッチを入れ、ショットガンを構えてぼやく。
「それじゃま、片付けちまうか」
「そうしましょう。リン、すぐに終わりますので」
 言い残し、二人が駆け出す。
 成程、相手にもならなかった。
 士気のあがった二人の前では、怯えたゾンビなど物の数ではない。忽ちの内に撃たれ砕かれ斬られ、二度目の屍骸が路上に晒されていた。


*


 白い霧が流れ、黄昏の倫敦を満たす。道成す人々は視界を遮る霧の中、ある者は家路へ、ある者は職場へと急ぎ行く。何の変哲もない光景。だが、足を留め、霧で煙る空を見通す者があれば、その奇妙な輩に気付いたかも知れない。
 ビッグ・ベンの鐘楼に一つの影が佇んでいた。
 管理人の静止も受けずに、如何にして入り込んだのか。禍々しく黒いその姿は、街を見通す化鳥のようだ。だが矢張り、それは大鴉(レイヴン)ではなく人間である。黒影の中、瞳だけが炯々した光を放っている。
「あれなるが剣の英霊」
 呟いた。凛たちがゾンビに囲まれ、切り抜けるまでを見届けていたものか。
 距離といい、高さといい、常識的に考えて、凛、アッシュ、そしてセイバーの様子が見えるはずもない。だが、影の発する眼光は、全ての光景を見届けていたことを何よりも雄弁に語っている。
 霧が薄れ、影の姿が晒される。
 魔術師ダレットの館にて主を一刀で殺戮した、時代錯誤の侍だ。その姿、魔都の来し方行く末を見届ける凶鳥の如し。
「……ふむ」
 片眉をつり上げ、一声。
 彼の名はティトゥス。
 ここではない何処かの世界において、ある魔術結社の幹部であった極めて強力な魔術師である。とある超人と死闘を演じ、ついには幽冥界に分け入ったはずの男。その一度死んだ男が、何故ここに居るのか。勿論、答えはない。
「見物だけとするつもりであったが……そうとも言ってはおれぬ。死人(しびと)の刃、振るうべき時が来たのやもしれぬな」
 ティトゥスは低く良く通る聲でそう呟き、鬼と見紛うような笑みを浮かべる。
 それは、正しく凶相であった。



11


 セイバーは凛の足首に触れ、怪我の度合いを見定めていた。軽く触れる度、凛が低い呻きを漏らす。ゾンビの怪物的な握力で握られたそこは既に熱を持ち始めていた。放っておけば、その熱は身体全体に転じよう。緊急の治療が必要だ。
「骨までやられていますね。出来るだけ早く手当をした方がいい」
「……参ったわね。こんな時に」
 ぼやき声。
 失せ物探しがこんな波乱続きになるとは意外だった。魔術師連続殺人犯探しからはじまって、“死者の書”、ゾンビ、そしてセイバーの戦友にまで辿り着こうとは。この突発的な展開は、さしもの凛の目をもってしても見抜けない。遠坂はいつもそうだろ、という相棒(パートナー)の呆れ声が脳裏をよぎったが無視を決め込むことにした。
「取りあえず救急車を呼んでおいたぜ」
「ありがとう、アッシュ」
 アッシュが古ぼけた受話器を降ろし、セイバーが礼を言う。旧来の知人とはいえ随分親しげだな――と凛は思った。
 此処はアッシュのアパート。
 足首を痛めた凛の身体を休めるためと、お互いの事情に関する情報を交換するため、案内して貰ったのだ。
 味も素っ気もない剥き出しの壁に、食器が散らばったキッチン。典型的な「男やもめに蛆が湧く」部屋でありながら、不潔さを感じさせない。室内も実に単純(シンプル)であり、内装も落ち着いている。そちこちに転がったロックンロールのCDと派手なポスターが、主の趣向を反映しているくらいだ。不思議に居心地の良い部屋だった。
 ふう、と。
 凛は息をつく。突発的な出来事が多すぎる。情報を一度整理しなければならないが――今の内に、聞けることは聞いておくべきだろう。
「ところで、あなた――」
「ほれ」
「あら、ありがと」
 声をかけようとしたところで、アッシュがコーヒーカップ差し出してくる。両手で包むように受け取ると、挽きたての豆の香りが心地良かった。熱いそれを一口し、息をつく。珈琲の味は中々だが、足首がずきずきと痛むのが何とも不快だ。
「救急車が来るまでに、あなたとセイバーの関係を聞かせて貰えないかしら?」
「セイバー? ああ、アーサーのことか」
「……出来れば、こちらではセイバーと呼んで貰いたいのですが」
 セイバーが微かに眉根を寄せる。アーサー/アルトリアと呼ばれるのは矢張り不都合が多いのだろう。思うところも少なくないはずだ。凛には伺いきれぬ感情もあるに違いない。
「まあそりゃ構わないがな」
 理由を聞きもせず首肯。細かい所にはこだわらない人柄らしい。大人物なのか、単にいい加減なだけなのかははっきりしないが。もしかすると両方かもしれない。
「とは言ってもな。さて、どっから話したもんか――」
 わしわしと、縮れた癖毛をかきむしるアッシュ。参ったな、とでも言いたげだ。
「それについては私からお話ししましょう。構いませんね?」
「そうしてくれ。俺より上手く説明出来るだろ」
 セイバーがこくりと頷く。
 居住まいを正し、背をぴんと伸ばした。自然、凛の姿勢もしゃんとしてくる。声も心なしか、透徹しているようだ。
「あれは私が、ヘンリー・ザ・レッドを捕虜とした時のことでした――」
 そうして彼女は昔話をはじめた。


12


 これは、騎士王が治世せし御代の話である。
 その男は、異様な風体をしていた。捕虜の一人として引かれながら、他の者とは容姿も、服装も、雰囲気も何も彼もが違っていた。敵王ヘンリーに手を上げ、暴れ、罵る。明白な異分子。
 されど、異端者である。排斥すべき外敵である。
 石にて打たれ、窖に潜む魔物の巣に放り込まれる。
 お馴染みの野蛮な風俗。喰われる。殺される。死ぬ。誰もがそう思う。
 だが男は帰ってくる。
 知恵と勇気と力、そして「輪転せし虐殺の刃(チェーンソー)」をもってして。
 死地に送られるのは咎人だ。だが、死地より帰ってくる者は英雄だ。男は王宮に迎えられる。敵意ではなく敬意、石ではなく宴によって。
 彼は最早放浪者ではない。補囚ではない。客人(まろうど)であり、勇者だ。衣と食と住を与えられ、男は優雅に時を過す。
 問題が持ち上がる。
 彼はただの来訪者ではなかった。客人(まろうど)ではなく、時を超えた稀人(まれびと)だった。
 己が時代に帰ることを望む男に、賢者は一筋の道を示す。
 “死者の書”。
 中東においては「アル・アジフ」の名で知られる強健なる魔導書。死者の領域に眠る、故郷へのただ一つの鍵。
 男は旅立つ。
 呪われた墓地に向かい――そして“死者の書”を無事に持ち帰る。
 宝物には護り手が居る。
 闇の軍勢、不死者の軍団が王宮を襲う。ヒロインは拐かされ、勇者は今一度剣と銃をとる。
 激闘に次ぐ激闘。
 悲鳴。
 号令。
 剣戟。
 銃声。
 勝鬨。
 戦いは終わる。
 宮廷付きにして騎士王の師たる魔術師の調薬を受け、彼は眠りにつく。時間を、空間を、次元すらを超える眠りに。
 眠りの壁の彼方を妨げるものは何も無い。戦が続き、円卓が砕け、イングランドが危機に陥っても、男は昏々と眠り続ける。
 やがて騎士王が妖精郷の彼方に去り、英霊として無限の戦いに馳せ参じる頃。東洋の島国で聖杯を求めて同類と相争う時代。
 男はまた目覚める。
 己が故郷に。かつての居場所に。
 何者かの意思によるのか、それとも長い年月の末に記録が失われたのか。口伝であれ文献であれ、彼の存在は歴史から完全に抹消されている。
 だが、それでも、王の心の座、その一角を確かに占めている。
 宮廷(キャメロット)に確かにいたお調子者、真に勇気ある一人の英雄を。
 そしてまた輪廻は巡り。
 最早交わることは無いと思われた道は、魔都にて今一度交錯したわけである。


13


「――成程、ね」
 昔語りは終わり、凛は頷く。どこか呆れた様子なのは仕方が無かろう。語り手がセイバーであり、なおかつこの状況だから信じられるようなものだ。衛宮邸ででも聞いていたら、幾ら何でも荒唐無稽なと呆れてしまったかもしれない。いや、呆れているというなら今もそうなのだが。時間移動存在が、チェーンソーとショットガンを武器にキャメロットで大暴れ。アーサー王宮廷のヤンキーではあるまいし、まるで絵空事ではないか。
「正直、にわかには信じがたい話だけど……目撃者と当の本人が目の前にいるんじゃ、疑うわけにもいかないか」
「大変だったんだぜ、結構。魔法使いの爺さんは間違った呪文を教えるしな。おかげでしなくていい苦労ばっかりだった」
「いやアッシュ、あれはあなたが呪文を間違えたのでしょう!」
 大げさに肩をすくめるアッシュに、セイバーが食ってかかった。随分と激しい突っ込みだ。
「そうだったか? まあ、細かいことは気にするな」
「気にします! 大体あなたは王宮に居た時の振る舞いからして……」
「はいはい、そこまで。今は口論してる場合じゃないでしょうに。それにしてもあなた達、仲良いわね」
 二人を見やり、凛が感心したように言う。
 まるで友人のやり取りである。いや、実際に戦友だったのだから、当然のことなのだろうか。それにしても、セイバーはアッシュにある意味で心を許して居るであろうことが立ち居振る舞いや会話の端端から伺える。中々に珍しいことだ。
 そういえば自分の口調も随分砕けているな――と今更のように気付いた。士郎のような特別親しい間柄ならともかく、初対面の相手には猫を被ることにしているのだが。緊急時ということと、アッシュはセイバーの旧友にして戦友であるということが影響しているのだろう。態度を取り繕って気取っている状況ではないのも事実である。
「それはそれとして、だ」
 アッシュの表情が引き締まる。元々顔立ちは整っているため、こうしているとかなりのいい男だ。
「そっちの話も聞かせて欲しいもんだな。あの屍体ども、俺が昔会ったのと似たような連中だ。放っておくのも後味悪いしな」
 どうします、と、セイバーが眼で問いかけてくる。
 凛は頷く。危ない所を助けて貰ったのは事実であるし、世話になった、はいさようならというわけにもいかない。また、アッシュは世界の秘密を欠片も知らない一般人というわけではなかった。巻込んだのか巻込まれたのか自分から首を突っ込んできたのかは知らず、概要だけでも話しておくのが筋というものだろう。
「話せば長くなるんだけど――」


*


「――つまり、こういうことか。さっきの連中を操ってる奴がいて、そいつが“死者の書”を探してるってわけだな」
「推測の域は出ないけれど。多分間違いないはずよ」
 凛の話を聞き終え、アッシュが頷いた。あまり驚いてもいないあたり、荒唐無稽な修羅場を潜り抜けてきた戦士らしいといえばらしい。最も、凛は自分が魔術師であるということや、聖杯戦争のこと、それにサーヴァント・システムのことは伏せている。いかに超常的な経験を有する相手とはいえ、ほいほい語って良いような事柄ではない。当面は、何者かが「死者の書」を求め、持ち主を殺害して回っているということを伝えれば十分だった。
「“死者の書”を有していた魔術師(メイガス)たちを襲った者もその一味でしょう。どうもきな臭いことになってきましたが……」
 セイバーが思案気に頷き、細めた眼をアッシュに向けた。
「それにしてもアッシュ、あなたは何処であの書を手に入れたのですか? 王宮から持って帰ったわけでもないでしょう」
 凛もそこが気になっていた。
 ダレットをはじめ、倫敦の魔術師が断片を有していたのは理解できる。かの「御老体」が言うように、あれほどの貴重書が僅かなりと市場に出回れば、魔術師たるもの放っておく筈がない。四方八方に手を回して入手したに決まっている。
 だが――アッシュは特異な経験を有するとはいえ、魔術師でも、いや、異能者ですらない。ゾンビや“闇の軍勢”と対等に渡り合ったというだけの一般人だ。いわゆる闇の世界に関わりのない人間としては、世界最強クラスではあろうが、“死者の書”ほどの呪物を手に入れているからには相応の理由があるはずである。
「ん? 倫敦(こっち)に来る前に、貸別荘に寄ったんだがな。そこに置いてあったから持ってきた」
「持ってきたって……」
 絶句。
 パルプ雑誌ではあるまいし、そんなほいほいと置いてあるものなのか。凛の常識からすれば、とても信じられることではない。
「あったもんはしょうがないだろ。そん時からもう真っ二つだったけどな」
 天を仰ぐ。世界有数の魔導書がそんな扱われ方をしているとは。アブドゥル・アルハザードが聞いたら憤死してしまいそうだ。魔術師ならば涙を禁じ得ない話である。
 だが、アッシュは勿論そんなことを気にしない。鞄から無造作に古書を取り出すと、 テーブルの上に投げ出した。歳月を重ねた故の埃っぽさと、年代物のワインのように醸造された魔力がむわりと鼻をつく。
 悠久の時間にも風化しない、くすんだ茶色の表紙。
 忌まわしい押印。
 人肌で装幀されたと思しき、革綴じの古書。
 紛れもない“死者の書”である。変った点といえば、無惨にも二分され、その中身は前半部分しか存在していないことだろう。言わば半死半生である。だがそれでも、立ち上る妖気と風格には、死霊秘法に連なるものがあった。繊細な芸術家なら、ちらと見ただけで目眩、悶絶、喪心、昏睡してしまうのではなかろうか。人畜無害であり、放っておいても良いとはとても言えない。
「……噂以上ね、これ」
「ええ。王宮でも厳重に保管していましたから」
 ごくりと息を呑む凛と、意外と平静なセイバー。このあたりの反応の違いは、半ば神話の時代を生きた英雄と、現代の魔術師との差異故だろうか。
「アッシュ、その本を私たちに預けてくれませんか。かつての戦友とはいえ、これ以上あなたを巻込むわけにいかない」
「そうね。下手したら民間人が関わった時点で厳罰ものよ。例のアグリッパ一族にでも知られたら何言われるか」
 身を震わせる。魔術師の戒律はかなり厳しい。自分にも他人にも厳しい遠坂凛としては、一応は民間人であるアッシュをこれ以上関わらせたくはない。
 だが、当の青年は呆れたような表情をして
「バカ言ってんなよ」
 こつん。
「な、何をするのです、アッシュ!」
 小突かれた額を抑え、むう、とばかりにセイバーが見上げる。
「あのな、アーサー……じゃない、セイバー。俺がここで『はいそうですか』と大人しく言うとでも思うか? 大体もうチェーンソーもレミントンも持ってきてる。退屈を持て余してたんだ、こんな面白そうなこと放っておけるかよ」
「そういう所は変っていませんね。あなたはだらしなく、お調子者で、間が抜けていますが、知恵と勇気は出会った頃から見事なものでした」
 やる気満々のアッシュに、セイバーの表情が少しほころぶ。この様子では、説得は困難……というよりほぼ不可能であろう。
「……身の安全は保証しないわよ」
「望むところだな」
 不敵に笑うアッシュ。
「では取りあえず、救急車が来たら――!?」
 セイバーが、そう言い差した時。
 室内に、電流が走った。


14


 それは、突然にやってきた。
 凛が弾かれたように振り返る。
 アッシュが、セイバーが一斉に武器を手に取り立ち上がる。
 凄まじい殺気だった。
 凛も聖杯戦争をくぐり抜けた身である。超人とも魔人とも、英霊とも幾度となく渡り合い生還してきている。
 だが、この種の殺気は感じたことがなかった。抜けば玉散る刃紋が半ば自動的にイメージされた。鞘すら無い、剥き出しの日本刀。触れるどころか近寄るだけで一刀両断にされかねぬ妖刀である。正宗ではなく、村正だ。
 扉に一本の筋が走った。
 どおん、と。
 扉がゆっくりと左右に分かたれ倒れ行く。
 固唾を飲む一同の視線が釘付けられるは、行く末。流れ込み、視界を遮る濃い霧。ぽっかり開いた空間には――
「……」
 逆光を背にし、霞がかって一人の男が立っていた。
 ざんばら髪に胸元を露出した濃紺の装束。一分の無駄も無く鍛え抜かれた鋼のような筋肉で全身を覆い、無風の風を纏わりつかせ薄く目を開く。一連の成り行きを観察していたものが居たとすれば、ビッグ・ベンに佇んでいた侍と解っただろう。
 左手は懐手、右手にて顎を支え、細く鋭い瞳がじろりと室内の面々を一瞥する。いや、正確には、その瞳はセイバーのみを射抜いていた。
「お客さんかしら? 訪問販売――ってわけじゃなさそうね」
 凛は軽口一つ。ついと汗が頬を伝う。
 男は答えず。逆に静かに問いかける。
「剣の英霊、セイバー殿であるな」
 渋く深みのある聲だった。客人として迎えれば、その聲だけで歓待してしまいそうな魅力的な声音だ。だが、そこには、形容しがたいまでの剣気と殺意と狂気と、僅かなばかりの虚無が色濃く漂っている。
 その声音だけで、凛は総毛だった。勿論そんな様子はおくびにも出さぬが、魔術師としての直感が大音量で警鐘を鳴らしている。
 これは――只者ではない。
 協会の嫌味な幹部や骨董屋の御老体も勿論常人ではなかった。だが、彼/彼女はあくまで監視者でありトリックスターであり、敵対者ではなかった。対してこの男、あからさまなまでの殺意を放っている。
「貴様――何者」
 ただならぬ相手と見極めたか、セイバーが進み出た。いつでも風王結界を手にすることが出来るように、アッシュと凛の前に構え立つ。
「拙者の名はティトゥス。異界にて生まれ死し、今また世に立ち戻りし妄執の輩よ」
 優れた戦士は、ただ一目で相手の力量を直感的に見抜くという。相対した者の力が確かであればあるほど、直感は確信となる。
 言うまでもなく、セイバーは一流……否、超一流の剣士である。そのセイバーの直感が告げていた。
 この侍、おそらくは魔術師。そして、剣士としても術師としても、サーヴァントクラスの難物……!
「して、何用か。この狼藉、事と次第によっては見過ごすわけにもいかぬ」
「知れたこと。刀を朋輩とする者が相対したならば、為すべきことは一つであろう」
 淡淡とした物言い。まるで木石を相手に一人ごちているかのような無感情な声。そこには殺気も虚勢も無く、常人なら聞き流してしまいそうに平静だ。だがそれゆえ、セイバーの意識が研ぎ澄まされる。弱い犬ほど良く吠えるものだ。逆に言えば、吠えぬ狼ほど危険なものはない。
 だから、セイバーは声音を一変させた。ティトゥスが口元を歪める。
「――その言葉、宣戦布告と判断する」
「もとより、望むところ」
「っ……!」
 凛が思わず手で顔を覆った。
 吹き上がった剣気がびりびりと空気を振るわせたためだ。
 礼儀正しく、少し世慣れしない少女・セイバーの姿は最早無い。其処にいるのは既にして、過去と未来を統一する大英雄、イングランド史上最強の騎士王、アルトリア・ペンドラゴンであった。
 騎士と侍の上空で、剣気と剣気とがぶつかりあう。
 その、物理的な実態を伴っているかのような圧力が、凛とアッシュを半ば無意識に後退させた。
 嵐の中にいるようだ――と、凛が思った時。
 ティトゥスがにんまりと嗤った。禍々しくありながら、心底幸せそうな笑みだった。
「これは期待通り……いや、それ以上か。感じ入った。実に――」
 鞘が鳴った。
 セイバーならいざ知らず、凛には一度としか聞こえなかった。
 だが、侍の手にあるは既に二刀。右手にて一方を肩にかつぎ、今一方は左手でだらりと地に向かい垂らしている。
「――実に面白い。このティトゥス、久しぶりに人が斬りたくなったわ」
 傾いた陽光を受け、白刃がぎらりと室内を染めた。




⇒ to be continued in Chapter - 10 "Sword and Blade"



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