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読書録「増補 聖なるロシアを求めて」

増補 聖なるロシアを求めて―旧教徒のユートピア伝説 (平凡社ライブラリー)増補 聖なるロシアを求めて―旧教徒のユートピア伝説 (平凡社ライブラリー)
中村 喜和

平凡社 2003-09
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 キリスト教には様々な教派があります。カトリック、プロテスタント、そして東方正教会。東方正教会の一派たるロシア正教会は我が国とも縁が深いですね(Wikiの記述が充実しています)。
 ロシア正教の一派に旧儀式派(スタロオブリヤーデツ)(分離派とも)があります。十七世紀後半にニーコンの教会改革に反対し、分離した派です。フィクション等で見ることはあまりありませんが、ロシア史を語る上では避けて通れない存在といえましょう。最近ですと佐藤優の『自壊する帝国』で取り上げられていました。

 本書『聖なるロシアを求めて』は、旧儀式派の歴史、実態、伝説などについて解説した好著です。特に旧儀式派特有のユートピア伝説に頁の多くを割いていますね。
 旧儀式派のユートピアは多様です。旧儀式派の始祖アヴァクームが見た「教会はもちろん、礼拝堂すら欠けている」非楽園的な幻想、スヴェトロヤール湖に沈む「見えぬ町キーテジ」、カザーク(いわゆるコサック)たちが夢見た「イグナートの町」……とりわけ印象的なのが「白水境(ベロヴォージエ)」でしょう。

 白水境。それは古き信仰を守る良きキリスト教徒のみが集う理想郷です。遥か遠くの巨大で壮麗な都市に正しき伝統を受け継ぐ聖者たちが住むという……ユートピア伝説の典型ですね。ありがちといえばありがちですが、白水境=日本と考えられていたというのは驚きでした。南方幻想ならぬ東方幻想でしょうか。
 加えて、白水境伝説は単なる伝説に留まりませんでした。「ロシアの多くの農民をしばしば破壊的な実践行動に駆り立てた」とあるように、旧儀式派にとっては大きなリアリティを持つものだったのです。「日本国への旅案内」なる写本が残されているほどです。一八九八年には、グリゴーリイ・ホフロフなるカザックが、白水境を求め、イスタンブールを経て長崎にまで辿り着いています。

 本書第三章ではホフロフの旅行記がダイジェストで紹介されており、トリビア的な意味でも面白い。途中立ち寄ったアトス半島のパンテレイモン修道院では、修道僧がタコらしき海産物と大きなエビを食用としていたそうな。

 比較文学者川端香男里は「神話や民衆の伝説などに見られる地上楽園はユートピアの原型であるが、地上楽園は地上のどこかにあるので、それはただ発見されることを待っているだけである」と述べています。旧儀式派にとっての白水境は、文字通り「どこかにある」地上楽園だったのでしょう。ユートピアとは地上にあろうと天上にあろうと所詮は無可有郷。彼らの探索は空しい努力だったのかもしれませんが、その情熱には感銘を受けざるを得ません。私たちは常にここではないどこか、手の届かない理想郷を求めているものなのですから。

 充実の一冊。お勧め。
 ネタ集、素材集としても好適なので伝奇好きな方も是非どうぞ。

投稿者: 日時: 22:36 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「書を読んで羊を失う」

増補 書を読んで羊を失う (平凡社ライブラリー)増補 書を読んで羊を失う (平凡社ライブラリー)
鶴ヶ谷 真一

平凡社 2008-07
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 驚くべき博識、柔和ながらも鋭さを失わない独自の視点、何より、高級な茶葉を思わせる品格ある文体。
 本書『書を読んで羊を失う』はそれらを兼ね備えた読書エッセイの名品です。
といっても、本についてだけ語っているわけではない。むしろ、書を核として多様なエピソードを綴っているといえるでしょう。
 話題は多岐に及びます。枯れ葉を用いた紙魚の防ぎ方、洋の東西におけるページのめくり方の違い、中世ヨーロッパと古代中国における本占い、紀元前の西アジアからペローの童話集に至るまでのシンデレラ物語の変遷、などなど。いずれ劣らず魅力的な逸話が次々と語られます。古代や中世においては、声を出さずに読む=黙読は珍しい行為だったという話には驚かされました。

 それにしても著者の博覧強記には圧倒されます。「記憶術」の項を例にとれば、客から出されたお題を忽ち記憶し舞台の上で完全に再現してみせたという寄席芸人・一柳斎柳一(回文ですね)から説き起こし、天保年間の頃に記憶術を売り物とした随筆があったこと、イエズス会士マテオ・リッチが明朝において記憶術を披露し現地の知識人を驚愕させたこと、記憶術の実践では馴染み深い空間を記憶の縁として用いること(参考:記憶の宮殿)……わずか十二頁に詰め込まれた情報量は並みではありません。それでいながら単なる引き写しとはなっていない。闊達自在な引用の筆は一読の価値ありかと。

 特筆すべきは、抑制のきいた筆致です。自称読書家にありがちな、本や読書を出汁にして己を語るということがない。主役はあくまで書物と余話逸話であり、著者は黒子に徹しています。品位ある文章、というのはこのことでしょうね。見習いたい。

 特徴的な題名は、羊牧をしていた男が読書に夢中になっていたら肝心の羊はどこかに行ってしまっていたという故事から。さすがに現代日本で羊を失うことはないでしょうが、一度読み始めたら時間が失われるのは請け合いです。

投稿者: 日時: 23:27 | | コメント (0) | トラックバック (0)

骨格の魅惑

 ご無沙汰しております。
 とりあえずここ数年で一番の山場は乗り越えました。これで一安心。まさかこの年になって点数で一喜一憂するとは思わなんだ。
 しばらくはゆったりと安定更新を心がけます。改めてよろしくお願いいたします。


 それはそれとして、少し前のエントリーでも取り上げた『骨から見る生物の進化』、重版を待っていたのですが、近場の書店で在庫を見つけたので思わず買ってしまいましたよ。

 こちらを見ていただければおわかりの通り、現存する脊椎動物の骨格のみを取り上げた「世界初、驚異の骨格写真集」なのですが、宣伝に偽り無し、美しさが尋常ではありません。

骨から見る生物の進化骨から見る生物の進化
小畠郁生(監訳) 吉田春美(訳)

河出書房新社 2008-02-20
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 amazonさんへのリンクでこのクオリティですよ。
 これだけでお好きな方にはたまらないかと。

 ただ美麗なだけではありません。本写真集最大の魅力は、その躍動感にあります。

 ヒョウが獲物を捕らえんとし、ウマはヒトを背に疾走する
 ウミガメは泳ぎ、クロコダイルは顎を開き牙をむく

 かように、本書に封じられた動物たちは生前の姿を色濃く留めています。

 考えてみれば、奇妙な構図でありましょう。
『骨から見る生物の進化』に収められているのは動物たちの骨格です。腐敗し、解け、分解し、骨となった、いわば動かざる死体であり、静的なオブジェに過ぎない。だというのに、本書の動物たちは疾走し、咆哮し、蠢いている。そこにあるのは劇的なまでの流動性と過剰性――つまりは、バロック的ですらある精神かもしれません。

 思えば、博物学黄金時代の図鑑とは瑞々しい自然を封じ込めた書物でした。『ニューギニア及びパプア諸島鳥類図譜』のカワセミがアゲハを捕らえた構図など、典型的ですね。
 骨格図鑑にしても例外ではありません。史上最も悪趣味な図鑑まで言われた『陸水動物細密骨格図譜』を見てください。緑豊かな自然を背景に、彩色された骨格がポーズをとるという過剰なまでのダイナミズム。
 本書『骨から見る生物の進化』は、これら博物図譜の現代的再話と言えます。冷たく鋭い学術精神と躍動するバロック的な魂の幸福な結合がここにはあります。

 本文の記述はやや専門的。ですが、眺めているだけでも十分満足できること請け合いです。絵を描く際の資料としても有用かと。
 お値段はかなりのものですが、それだけの価値はありますよ。

投稿者: 日時: 21:59 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「口笛の歌が聴こえる」

口笛の歌が聴こえる (新風舎文庫)口笛の歌が聴こえる (新風舎文庫)
嵐山 光三郎

新風舎 2003-10
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 傑作。無類に面白い。

 嵐山光三郎の自伝的大河青春小説です。舞台は1960年代の新宿。もはや戦後ではなく、高度経済成長は目の前であり、若者たちを揺るがした学生運動の波が高まりつつあった時代です。戦後日本の疾風怒濤期といえましょう。

 本書は、この伝説的な時代において、英介青年が多彩な人々と出会い成長していくという筋を持っています。典型的なビルドゥングスロマンですね。ただし、英介が出会うのは市井の賢人やら優雅な華族といった大人しいものではなく、60年代を席巻した「大人物、中人物、小人物、妖怪、奇人、天才、怪物、超獣、博士」たちなのですが。

 実名で登場する人物、実に数百名。その顔触れが凄まじい。英介の周囲には、「寺山修二飼育計画」で出会い英介の親友となる唐十郎を筆頭に、山野浩一、麿赤児、村松友視、篠山紀信、南伸坊、糸井重里ら、そうそうたる面子が集い、怪気炎を上げ、去っていきます。彼らが仰ぎ見るは、寺山修二、三島由紀夫、澁澤龍彦、種村季弘、加藤郁乎ら、当時の文壇のヒーローたち。
 やがて平凡社(当時は絶頂期にありました。「札束を刷っている」と言われたほどです)に入社した英介を待っていたのは、「書かざること林達夫のごとし」林達夫、民俗学者・谷川健一、檀一雄、そして深沢七郎……名前をあげていくだけでも胸がときめきます。

 彼らが繰り広げる60年代文化、およびアングラ文化の一大狂想曲こそ、本書最大の読みどころと言えましょう。何せ、当事者の一人であった嵐山光三郎が活写するのですからつまらないわけがない。
 平凡社の描写もたまりません。昼時には音楽雑誌の編集者が吹くフルートの音が響き、労働組合の事務所では「酔ったまま会社に戻り、社長室わきの水風呂へ背広ごと入り、朝まで水の中で眠ってしまった」男が朝からウィスキーを傾け、「あまりに詩人すぎたため」突如として蒸発し日本中を放浪していた詩人のハジメさんが池袋のパチンコ店から連れ戻される……まさしく梁山泊、圧倒的なエネルギーに満ちた空間の描写は圧巻の一言です。

 新潮社版、新風社版共に絶版。ですが、新古書店やマーケットプレイスで容易に見つかると思います。
 お勧め。

投稿者: 日時: 21:47 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「アマテラスの誕生」

アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)アマテラスの誕生―古代王権の源流を探る (岩波新書)
溝口 睦子

岩波書店 2009-01
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 日本の神様といえば誰を思い出すでしょうか。イザナミ、イザナギ、スサノオ、アメノウズメ、ヒルコ、そんな名前がすぐに浮かびます。八百万の神々とまで言われるように、その数はまさに膨大、神話や歴史に少しでも興味がある方ならいくらでも挙げることが出来るでしょう。
 その中にあって太陽神アマテラスオオミカミこそが最も有名であることは間違いありますまい。そして彼女が日本の国家神であり最高神であることにも。

『アマテラスの誕生 古代王権の源流を探る』はそんな常識を引っ繰り返してくれる好著です。
 主張を要約すれば以下のようになりましょう。古代、アマテラスは最高神ではなかった。七世紀以前に最高神・国家神とされたのはタカミムスヒなる神であり、そして彼こそが天孫降臨神話の真の主役であった。一方のアマテラスは、日本――倭国にあまねく存在していた地方神の一柱に過ぎなかったと。

 耳を疑いたくなる話です。アマテラスが一番偉いんじゃないのか。そもそもタカミムスヒなんて神様は聞いたこともない。かなり神話に詳しい方でもなければそう反応するのが普通でしょう。しかるべき論証が欲しくなります。
 著者に手抜かりはありません。天孫降臨神話の成立と大陸からの輸入経緯、タカミムスヒが国家神であると考えられる理由、一介の地方神にすぎなかったアマテラス像の変遷など、日本神話がいかにして変容していったかを、国家の動向と絡めて丁寧に論じています。特に第五章「国家神アマテラスの誕生」は必読でしょう。氏族制度から律令制への移行に際し、なぜアマテラスが国家神に選ばれたのか。なぜタカミムスヒは失脚したのか。スリリングな論集と推論が繰り広げられています。
「詳細は他書に譲るが」な箇所も多いですが、新書という性質上仕方ないところでしょう。引用・参考文献は完備されているのでご安心下さい。

 本書を読んで、久しぶりに歴史の楽しさを思い出しました。
 歴史を学ぶというのは、本来とても楽しいことです。マクロな視点で歴史のうねりをとらえる。政治的・国際的背景と文化発展との関わりに思いを巡らし、文化文明の背景を複層的にとらえる。年表や人名を覚えるだけの作業とは全く異なる、真の知的興奮がそこにはあります。本書や『十二世紀ルネサンス』によって、その一端に触れることが出来るのではないでしょうか。

 密度の濃い一冊ですが、文体は平易です。また、定説と著者の意見とが明確に区別されているのがいいですね。事実と意見との峻別は基本ながら難しいだけに参考になります。レポート等を書く上でも参考になると思います。

投稿者: 日時: 22:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録番外:文具について

サラサ3 J3J2-BK 黒サラサ3 J3J2-BK 黒

ゼブラ
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 読書法をあれこれ試している関係で、最近文房具に凝っております。
 読書ノートも付けているので使い勝手の良い筆記具を探していたのですが、最近出会えたので本日はそちらをご紹介。

 筆記具は日常的な文具であるがゆえ、どうしても軽視してしまう傾向があるように思えます。「取りあえずこれでいいや」的に扱うこともしばしばでしょう。
 反面、質を求めると天井知らずなのもまた確か。モンブランのマイスターシュテュックなど、一度使うと世界が変わると聞きます。
 しかし、万年筆は高い。そこそこのPCが買えてしまうほどです。気軽に手にとるにはちょっと辛い。

 そこで庶民の味方、ボールペンの出番となります。
 水性、油性、多色、文具店にいけば山と積まれておりますが、今回お勧めするのはZEBRAのSARASA3。黒・赤・青の三色ゲルインクボールペンですね。
 万年筆ならともかくボールペンはどれ使っても大差ないだろうと思っていましたが……私が愚かでした。懺悔します。

 とにかく軽い。そして滑りがいい。ちょっといい用紙を使えば、文字通り流れるように書くことが出来ます。見た目こそチープながら、造りは堅牢、多色ボールペンにありがちなガタつきはほとんどありません。さすがの技術力と申せましょう。
 グリップした時の馴染みも良く、長時間筆記していても指が疲れません。ゲルインクボールペンというのも嬉しいところ。水性だとカスレ、ヨゴレが目立つのですよね。

 このようなしっかりした筆記具を使うと、書くこと自体が楽しくなってきます。
 実際、SARASA3を使い出してから 読書ノートへの抜き書きが苦ではなくなりました。それまではついついさぼりがちだったのですが、隙間時間に落書き気分で抜き書きすることが出来ます。気付けば、抜き書き待ちの本が堆く積まれている始末。
 それでいながら価格は400円しません。お買い得と言わざるを得ないでしょう。数本買ってあちこちに転がしておいてもいいですね。

 難点らしい難点はありませんが、強いて言えばインクの消耗が早いことでしょうか。使い込んでいると、本当にあっという間に無くなります。替えの芯は常に携帯しておいたほうがよろしいかと。文具店で置いていない場合は、直販で買えます

 三色ボールペンといえば、一時期三色ボールペン読書法が流行っていました。
 私も実践していたことがありますが、すぐにやめてしまいました。読みながら線を引くというのはどうも性にあいません。線を引く方に気をとられてしまうのですよ。

 今では気になったページに付せんを貼るなり紙切れを挟むなりしています。後ほどまとめて確認し、色つきのペンでチェック、そして最後に抜き書きというのがパターン。
 チェックの際にはSARASA3の赤芯を使っています。美術系の方にはお馴染みのダーマトグラフも良いらしく、近々試してみるつもり。使っている方がいらしたら、使用感などお知らせくださると幸いです。

 関連リンクとして、文房具板もどうぞ。ノートスレやボールペンスレは参考になります。適当にスレを覗くだけでも面白いですよ。


●WEB拍手レス

関係あるような、無いような話ですが
ドラマ「ケイゾク」では完全犯罪な死体処理方法として誰にも気づかれないように山に埋める、と教えれくれました。思わず膝を打った思春期。

「埋める」は定番中の定番ですね。
 土砂崩れや鉄砲水にさえ気をつければかなり有効でしょうか。
 問題は運ぶまでの手間ですな。

投稿者: 日時: 21:16 | | コメント (2) | トラックバック (0)

読書録「さまよえるグーテンベルク聖書」

さまよえるグーテンベルク聖書さまよえるグーテンベルク聖書
富田 修二

慶應義塾大学出版会 2002-08
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 1939年、ポーランドの首都ワルシャワに一人の研究者が辿り着きました。彼の名はアントニー・リートケ博士。名門ペルプリン神学校の図書館長です。
 彼が携えていたのは三巻の書物。一巻は『時祷書』の写本。平信徒用の祈祷書であり、学術的にも価値の高いものです。
 残る二巻は聖書でした。むろん、ただの聖書ではありません。縦40センチ幅29センチ、重量は実に18キロ、空押しの装丁がほどこした革装丁の逸品。そう、稀覯書中の稀覯書――グーテンベルク聖書だったのです。

 ヨハネス・グーテンベルク。
 その名を知らぬ人はいないでしょう。十五世紀ドイツの金属加工職人にして、ヨーロッパ初の活版印刷技術を実用化した人物です。
 彼は『時祷書』『免罪符』『トルコ暦』等、多くの作品を印刷しました。その中でもっとも有名、かつ価値が高いとされるのがグーテンベルク聖書です。現存するのはわずかに48部。大半はヨーロッパとアメリカに点在します。我が国では慶應義塾大学図書館に所蔵されていますね。
 リートケ博士がワルシャワ銀行に預けたのはそのうち1部でした。一般に「ペルプリン本」と呼ばれます。
 
 ペルプリン本は、一葉しか欠葉しておらず、完本に近い状態にあります。グーテンベルク聖書中でもとりわけ貴重な一冊といえましょう。
 西プロイセンの修道院に長らく所蔵されていましたが、1833年にペルプリンに移されました。以来、ポーランドの至宝の一つとして尊ばれていたといいます。
 それほどの稀覯書が、なぜワルシャワ銀行に預けられることになったのか? その答えは、ナチス・ドイツおよびソ連軍によるポーランド侵攻に求められます。

 1939年9月1日、ドイツ軍とスロヴァキア軍がポーランド侵攻開始。同月17日には、ソ連軍は東部国境を越えて侵攻を行いました。結果、ポーランドはドイツ、ソ連、リトアニアの三国によって分割占拠されてしまいます。
 侵攻が完了すれば、ポーランドの誇る宝物が奪われるのは間違いありません。ワーフェル博物館館長ザレスキー博士、同管理人ポルコフスキーをはじめとした有志たちは、第二次世界大戦開戦直前、決死の逃避行によって宝物類をポーランドからパリへと移すことに成功します。
 少し遅れて、ペルプリン本もパリに到着。財宝共々厳重に保存されることになりました。そのための費用はロンドンのポーランド亡命政府の負担です。

 1940年、パリもまたドイツ軍によって占拠されます。この際にも財宝が奪われることはありませんでした。ポルコフスキーらの尽力によって、カナダ・オタワ市へと移されたのです。ポーランド亡命政府大使バビンスキーの元、世界情勢が落ち着くまで宝物は安全に保管されるはずでした。

 1945年の終戦と共に新たな危機が勃発します。ポーランドに、ソ連の後押しによる共産党政府が誕生したのです。カナダ政府はフランスやアメリカともどもこれを承認、バビンスキーは大使としての地位を失ってしまいます。
 新政府がグーテンベルク聖書を含む国宝の引き渡しを求めてくるのは必然。新政府の性質上、それらが無事に保たれる保証は全くありません。そして、今やバビンスキーに宝物を守る力はない。
 バビンスキーは屈しませんでした。彼はカナダ・カトリック教会の援助を得て、宝物をカナダ各地の修道院や僧院に分散させます。
 しかし好事魔多し、当面は安心、となったのも束の間、ザレスキー博士が甘言にそそのかされ、新政府に膝を屈してしまうのでした。聖書の隠し場所が暴かれるのは時間の問題です。

 宝物の、そしてグーテンベルク聖書の運命や如何に。

 ……とまあ、長々と書いてきましたが、本書はかように、各地のグーテンベルク聖書が辿った運命を描いた一冊です。
「タイタニック号遭難とグーテンベルク聖書」「落書きされたグーテンベルク聖書」「鎖付きのグーテンベルク聖書」など、各章のタイトルだけで興味をそそられますね。類書がないだけに、資料としても有用でしょう。

 興味深いエピソードのみならず、書誌的な解説も充実しています。グーテンベルク聖書入門としても便利でしょう。カラー口絵でグーテンベルク聖書が紹介されていますよ。美しい。
 歴史好き、本好きの方には是非とも読んでいただきたい一冊です。大学出版会なのでページ数の割にやや高めですが、お勧め。

 なお、ペルプリン本の顛末は本書第3章をご覧下さい。
 ポーランド亡命政府と新政府の丁丁発止の情報戦、宝物が保管された修道院をめぐっての連邦警察と州警察との攻防など、見所満載。記述は短いながら、手に汗握りますよ。冒険小説にしたらたまらなく面白そうだ。


<関連リンク>
慶應義塾大学HUMIプロジェクト(グーテンベルク聖書他、稀覯書をデジタル化して公開)

投稿者: 日時: 23:22 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「十二世紀ルネサンス」

十二世紀ルネサンス (講談社学術文庫)十二世紀ルネサンス (講談社学術文庫)
伊東 俊太郎

講談社 2006-09-08
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 ルネサンス。
 この言葉からイメージされるのは何でしょうか。主たるのはやはり、メディチ家、ミケランジェロ、ラフェエロ、そして、万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチ……すなわち14- 16世紀のイタリアに花開いた芸術文化でありましょう。私にしても、ルネサンスと言われれば、かの「最後の晩餐」(音が出ます。注意)の如き華やかな絵画と建築を思い浮かべます。

 そこにあって、十二世紀ルネサンスというのは少々耳慣れない言葉かもしれません。少なくとも私は初耳でした。
 もっとも今日ではWikipediaに項目がありますし、教科書にも載っているそうですので私が不勉強なだけかもしれません。反省。

 イタリア・ルネサンスに至るまで、幾度もの文化革命があった。中でも十二世紀は比類なき創造的かつ知的な時代であり、失われていたギリシャ文明、わけても科学を再発見し、咀嚼し、その後のヨーロッパ文化を導いたと。それこそが「十二世紀ルネサンス」であったといえましょう。

 その上で本書は、「最初にギリシャ文明というものがあり、それからヨーロッパの地中海文明があり、西ヨーロッパの文明はその直系の嫡出子だ、という単線的な系譜」(p. 285)に異議を申し立てます。
 十二世紀ルネサンスの原動力となったのはむしろ、イスラム帝国領域とキリスト教圏が接していた地域――例えばイベリア半島におけるアラビア文明との文化的交流であった。著者はそう言います。
 本書から引用するならば

西ヨーロッパが、アラビアとビザンティンを介して、ギリシアとアラビアの学術・文明を受け取り、その後の世界史の中心へと乗り出してゆく知的基盤をはじめてつくり上げることが出来ました。そういう意味で、十二世紀西欧の知的離陸の時代であり、これが他ならぬ「十二世紀ルネサンス」だ、というふうに私は考えるわけです。(pp. 28- 29)

 ということ。
 つまり、ヨーロッパ文明、とりわけ学術的文明は内発的なものである以上に、十二世紀アラビア文明との接触を経て花開いたと提唱しているわけです。
 アラビア学問の影響の下に、バースのアデラード(ユークリッド『原論』のラテン語訳を行った大知識人)をはじめとする有名無名の知識人たちが新しい自然観を切り開いたというわけで……パラダイム・シフトが起こったというところでしょうか。

 この主張を、著者は豊富な文献や翻訳をあげて証明していきます。一言一句おろそかにしない、隙のない緻密な、それでいながら躍動するような論証の過程こそが本書最大の見所といえましょう。特に『与件』(『原論』の続編)のラテン語翻訳者が何者であるか論じた第六章は必読。著者の学位論文の解説ともなっており、知的興奮が味わえます。

 当時の知識人たちのエピソードが折に触れて紹介されるため、トリビア的な知識も豊富ですね。個人的に興味を惹かれたのは、アデラードが編述した錬金術書に「アルコール」という言葉がはじめて見出されるということでしょうか。酒自体は古代から連綿と作り継がれてきましたが、「アルコール」概念がこの時代にはじめて伝わったというのは面白い。

 ところで本書、元々は岩波市民講座をテープ起こしして編集したものだそうです。このレベルを市民講座でやっていたというのは凄い。「原論」のラテン訳写本を、講義資料として用いたりしていますからね。書籍化の際に手を加えているとはいえ、並の大学の授業では足元にも及ばないでしょう。

 索引、参考書目が完備されている上、十二世紀におけるギリシア・アラビア学術書のラテン語一覧まで付されています。資料としても好適かと。
 知的興奮に満ちた素晴らしい一冊です。絶対のお勧め。

投稿者: 日時: 22:39 | | コメント (0) | トラックバック (0)

たった一つ必要なもの――読書録「だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ」

だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだだれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ
都築 響一

晶文社 2008-02
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 優れた書評に必要なものは多くない。
 もしかすると、一つしかないのかもしれない。

 本書『だれも買わない本は、だれかが買わなきゃならないんだ』はそんなことを思わせてくれる書評集です。著者は都築響一。『TOKYO STYLE』や『珍日本紀行』で知られる写真家にして編集者ですね。
 書評というのは難しい。かの「狐」こと山村修は、書評家が陥る「暗くて陰湿な穴」について語っています。続く一節を引用しましょう。

この穴のなかで書かれる書評は、けっして読者に向かって本を差し出そうというものではありません。逆に、本を閉ざそうとするものです。本を閉ざして、なにを語るのかといえば、自分のことです。自分の教養、自分の眼力のことです。(『もっと、狐の書評』343ページ)

 本書はそのような書評とは正反対の位相にあります。何せ、都築響一がしているのは、出会った本について眼を輝かせて語ることなのですから。

 取り上げられた大半は、「ベストセラー・リストにも平積み台にも縁がない」本です。
 事故現場の手向け花を撮影し続けた『国道一号線の手向け花』、あらゆる犯罪記事を要約し掲載する季刊紙『犯罪月報』、モンゴロイドを被写体とした写真集的学術書『異民族へのまなざし――古写真に刻まれたモンゴロイド』など、余程の好事家でなければ手に取る機会もないでしょう。

 都築響一は、そんな本を取り上げる。お仕着せではない。出版社推薦ではない。「話題の一冊!」などではあり得ない。
 彼が行うのは、ただ自らが探し、出会った本について語り紹介することです。どこか、好きな友人について語る行為にも似ている。それゆえに、本書は卓抜した「本の本」となり得ている。
 もしかすると「書評」という呼び方は不適切かもしれません。友人を賢しらに「評する」者がおりましょうか。

 そうなのです。
 書評に必要なのは教養、眼力、見識……そんなものではない。ましてや毒舌自慢の辛口などであるはずがない。ただ、評する本を好きであることが第一なのです。
 好きになれば語りたくなります。そして、その語りは常に人の心を打つ。都築響一のような優れた文章家の手になるものならば、なおさらでしょう。

 本を、読書を愛する方は、是非とも手にとってください。


<関連リンク>
空気なんか読むなLynceusさんによる書評。「世にも幸福な書評集」という表現が素晴らしい)

投稿者: 日時: 21:12 | | コメント (2) | トラックバック (0)

綺譚集、文庫化

「誰かが私に言ったのだ 世界は言葉で出来ていると」


 津原泰水の『綺譚集』が文庫になるようです。12月後半には本屋に並ぶ模様。『異形コレクション』収録作を中心に、十五篇が収録されています。

 断言しますが、『綺譚集』はオールタイムベスト級の傑作短篇集です。ホラー、怪奇文芸、幻想文学を愛するならば、何を差し置いても手に取るべき一冊と確信します。

 一口に傑作といっても色々あります。『綺譚集』最大の魅力はひとえにその文章でしょう。とにかく一篇一篇の密度が尋常ではない。句読点一つおろそかにしない凝集度は時として息苦しくなるほどです。多種多様なイメージを言語に凝結させ、最終的に独特の世界を構築する手腕は並外れています。津原泰水といえば怪しいまでの文章力で知られますが、その作品群にあってもベスト3に入るのではないでしょうか。

 論より証拠。幾つかの作品から冒頭を引用してみましょう。

「天使解体」

三回忌がまる三年目になってしまったが、その程度で腹を立てる亡父ではあるまい。昨年の今頃は母が入院していたし、以後も長子たる私が、生まれて初めて経験する原稿依頼の殺到に、呑まれ、揉まれて、無我夢中でいた。

「古傷と太陽」

俺の番か。困ったな。君らみたいに得意のネタの持ち合わせはないんだ。それに君らが話してきたのは、本当は本で読んだり映画で見た話ばかりだろ? 誤解するな。悪いと言っているんじゃない

「玄い森の底から」

さんざっぱら我慢に我慢を重ねた青春だったっていうのになんでそのうえこんな汚い場所で犯されながら殺されなきゃいけないんだろうと思うと涙や洟水があとからあとから溢れ出して耳のなかや髪のなかまで流れ込んできた。花火のにおいがする。夏が終わる。始まりはいつも夏の終わりだ。


 私小説風の端整さがある「天使解体」、ざっくばらんな語り口の「古傷と太陽」、息の長い饒舌体「玄い森の底から」と、作品毎に異なる文体と技法を駆使しているのがおわかりいただけると思います。十五篇全てにおいてこの調子であり、弛緩した文体など一つもありません。それでいながら、これぞ津原泰水と呼ぶしかない色と匂いが確かに在る。

 澁澤龍彦は「神秘や怪奇を美に変ずる言語の力、あり得べからざる一つの状況設定から、一篇のロマネスクを組み立てようとする人工的な物語作者の意志」を称揚していますが(『暗黒のメルヘン』464ページ)、『綺譚集』こそは其の意志が結晶した一冊といえましょう。

 四の五の語る作品ではありません。ただ味わい、酔いしれてください。
 必読です。

綺譚集綺譚集
津原 泰水

集英社 2004-08
売り上げランキング : 290100

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投稿者: 日時: 23:28 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「図解雑学 神道」

神道 (図解雑学)神道 (図解雑学)
井上 順孝

ナツメ社 2006-11
売り上げランキング : 1724

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 図解雑学シリーズは何気に良書が多いのですが(例えば『図解雑学 水滸伝』)、本書もその例に漏れぬ好著でした。編著者は宗教学者の井上順孝先生。新書の『神道入門』も好評でしたね。

 本書は図解雑学、という体裁に相応しいわかりやすさを備えながら、神道を体系的に解説してくれます。
 神道とは何か? から始まり、神社の解説、日本神話の要約、神道の祭り、歴史、思想など、これ一冊で神道全体が概観できるといえましょう。
 特に第六章「神道の思想」が充実しています。真言密教と伊勢神道を組み合わせ隆盛を誇った両部神道から明治期以降の国家神道、今日の教派神道に至るまで、史実に沿って個別に解説されており、ある程度知識のある人にとっても整理する上で最適でしょう。このあたりを手際よく説明してくれる入門書はあまりないのですよね。微に入り細を穿ちすぎてマニアックになりがちな分野だけに、助かります。

 神道についての入門書では最適に近いのではないでしょうか。全国の主な神社や祭礼についての資料も付されています。無論、索引も完備。
 なお、神道の祭りについて一章を割いている上、大祓詞を全文掲載しています。伝奇ファンにもお薦めかと。


●今日の置物

モアイ像のティッシュホルダースタンド

 何もここまでリアルにせんでも……
 だがちょっと欲しい。


●WEB拍手レス

でもアッシュも女の子に罵倒されたりしつつ、決めるところはしっかり決めて、助けてたんだから……相性は良いような悪いような。とりあえずこいつが欲しけりゃSマートに来い。

 3でのアッシュはいいヒーローでしたからねえ……
 呪文忘れてたりしたのはまあ、ご愛敬ということで。

投稿者: 日時: 22:30 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「奇談異聞辞典」

奇談異聞辞典 (ちくま学芸文庫 シ 22-3)奇談異聞辞典 (ちくま学芸文庫 シ 22-3)
柴田 宵曲

筑摩書房 2008-09-10
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 いや、驚きました。まさかこれが文庫入りするとは。

『奇談異聞辞典』はその名の通りに、江戸時代の随筆集から奇談異聞ばかりを抜粋し五十音順に見出しをつけたものです。
 編者は柴田宵曲。宵曲といえば、「ホトトギス」一派の俳人であり、かの森銑三と並び称される在野の碩学です。怪奇幻想ファンには『妖異博物館』の著者としてお馴染みでしょうか。無類の博識を有し、香気漂う随筆の名手でもありました。清廉にして品格ある文章はまさに文人と呼ぶに相応しいものでしょう。

 本書は元来、江戸随筆のテーマ・アンソロジーとでもいうべき「随筆辞典」の一巻でした。正確には、「第四巻 奇談異聞編」を文庫化したものです。
 江戸時代を通じて随筆は山とありますが、花形といえばやはり怪談奇談ではないでしょうか。南町奉行根岸鎮衛の著した『耳嚢(耳袋)』を筆頭に、まさしく百花繚乱、百鬼夜行の趣きがあります。

 その『耳嚢』をはじめ、本書に引用された随筆集の数、実に百七。煩悩に一つ足りないところがまたよろしい。
 何気なく頁を繰るだけでも「地下生活三十三年」「竹林院不明の間」「池水の怪」「地中の声」「地中の仏像」……字面だけで魅力的な項目が並んでいます。試みに「竹林院不明の間」を引いてみましょう。


……山門(延暦寺)に竹林院といふ坊あり。その内に児がやといひて、開かざる間あり。宝暦七年法華会の行事に、権右中弁敬明まかりて、かの坊に宿りけるに、家人をしてひそかにかの間を開きこころみしむ。うちは暗くて、何もなかりける。冷気身をおそふとおぼえて、たちまちかの身のわづらひつき、家に帰るとそのままに失せぬ……


 とまあ、全編この調子で奇談異聞が並んでおります(それにしても淡々とした「そのままに失せぬ」が怖すぎます)。
 引用書目一覧と索引も完備されており、怪異ファンや伝奇ファンには必携の一冊と申せましょう。
 お手元に是非どうぞ。
 

<関連リンク>
・『江戸怪談集』(江戸時代の怪談集全十一種から怪談を精選、脚注をつけた必携書)
・『素白随筆集』(柴田宵曲と親交のあった文人、岩本素白の随筆集。名著)

投稿者: 日時: 22:31 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「もっと、狐の書評」

もっと、狐の書評 (ちくま文庫 き 19-2)もっと、狐の書評 (ちくま文庫 き 19-2)
山村 修

筑摩書房 2008-07-09
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 本の本、とでも呼ぶべきジャンルがあります。一口に「本の本」と言いましても色々ありまして、「この○○がすごい!」のようなブックガイド、書物について語った随筆、書評集など多種多様でしょう。その中にあって花形といえば、やはり書評集ではないでしょうか。
 実際、世に書評集は数多い。書き捨てとしか思えないものから、評される本以上の魅力を放つものまでまさに玉石混淆です。そして、「狐」こと山村修の書評を玉の中の玉と呼ぶことに反対する人はあまりおりますまい。
 ジュヴナイルから専門書に至るまでの幅広い目配り、該博な知識と鋭い論理を包み込む柔らかい文体、その魅力は枚挙に暇がありませんが、何よりも著者と読者の目線に同時に立っているところがいい。評する本の魅力を十二分に引き出し、同時に文章の隅々に至るまで「狐」の思考とリズムとが息づいている。読むこと自体が快楽となる素晴らしい文章です。世に書評は数あれど、つまらぬ自己主張を廃しながらも自分の視点と意見をはっきりと有したものはなかなかありません。
 本書『もっと、狐の書評』は、既刊から選りすぐった書評と未収録の書評とを収めた、いわば「狐の書評」のアンソロジーです。それだけに、どの書評をとっても「狐」の息吹が感じられるものばかり。俎上に載せられた一冊に興をそそられると同時に、書評そのものをも堪能出来るというのは滅多に出来る経験ではないでしょう。単なる読書紹介ではなく、書評を読むこと自体が一つの体験というのは素晴らしいことだと思います。
「狐」は2006年に物故しています。まだまだこれからという時期での急逝でした。稀有な評者にして書き手を失ったことは痛恨事と言わざるを得ません。
 その眠りが安らかならんことを。


●WEB拍手レス

唐突に「ゼロのキャプテン・スーパーマーケット」というものを夢想した。……絶対にろくな事にならない気がするブルース・キャンベル(語尾)。

 ルイズに召喚されて「Sマートの日用品係だ!」と名乗りをあげると。
 大惨事は確定ですね!

「花の慶次」のスピンオフで直江兼続を主役にした漫画がはじまるそうですよー。 原哲夫先生は原作担当だそうです。めでたいですけどやはり隆先生が生きていればなと。隆先生が描く兼続が見たかったですよ。

 あれはチェックしていないのですよー。やっぱり読んでみるかな。
 隆慶先生描く兼続はやっぱ「いくさ人」なんでしょうなー。

うちのトゥルー家族は 霙姉、(ぼく)、麗、吹雪 となっております。 なんというクール&スパイシー!(スパイシー?)

 スパイシーは麗さん担当ですね。
 それにしても霙姉さんは可愛いなあ。

投稿者: 日時: 23:59 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「戦国ゾンビ 百鬼の乱」

戦国ゾンビ-百鬼の乱 1 (1) (バーズコミックス)戦国ゾンビ-百鬼の乱 1 (1) (バーズコミックス)
横山 仁

幻冬舎コミックス 2008-05-24
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 前々から気になっていた本作ですが、ようやく読みました。
 タイトルからして色物の印象を受けるかもしれませんが、さにあらず。戦国武者とゾンビとの戦いを真っ正面から描いた快作です。

 舞台は天正10年、天目山。史実においては、甲斐源氏の名門武田家が織田・徳川連合軍の前に滅亡した戦場として知られます。勝頼をはじめとした武田の裔はこの戦で悉く死に絶えました。
 主人公は「片手千人斬り」の異名をとる土屋昌恒。戦国ものの主役として抜擢されるのは非常に珍しいですね。逸話に事欠かない武人であり、狭い崖道で織田の軍勢を迎え撃った際、蔦を片手で掴み身の支えとしながら戦い続けたと記録にあります。崖下の川は血で染まり、三日三晩赤いままだったとか。滅び行く武田に最後まで仕えた忠臣にして屈指の勇将だったといえましょう。
 一方のヒロインは、勝頼と別行動をとる嫡男信勝、その実は妾腹の姫君たる紗羽姫。素顔を面頬の下に隠し、絶望的な逃避行にも挫けない気丈な少女です。これがいいヒロインなんだまた。

 土屋と紗羽姫、そして武田秘蔵の赤葬兵(武田家の擁する特殊部隊。一人で四百騎の武者を相手に出来るという超人揃い)が相まみえるは、人肉を喰らう恐るべき「生ける屍者」ども!
 この屍者たちが凄い。細切れにしても死なず、人間以上の速度で走り、噛みついただけでその相手を仲間にしてしまうと、ロメロゾンビが可愛く思える凶悪さです。バタリアンやドーン・オブ・ザ・デッドレベルですよ。
 一巻では生ける屍者たちの背景には触れられません。誰が、あるいは何が彼らを生み出したのか? 彼らはどこから来たのか? そんな疑問を抱く余裕もなく、屍者たちは圧倒的な物量と、容赦ない不死身さをもって襲ってきます。

 まさしく血みどろの地獄絵図、屍山血河を乗り越えながら一行はひたすら先に進む……というところで幕。実に気をもたせてくれます。
 荒削りな絵もいいです。特に土屋昌恒の造形が好みですね。覚悟が決まっている揺るぎない武者はまこと魅力的です。
 久々に続きが楽しみで仕方ない作品でした。キーパーソンと思しき山本道鬼斎勘助はどう関わってくるんだろう。
 何はともあれ、戦国好きやゾンビ好きは必読。二巻が楽しみです。

投稿者: 日時: 23:56 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ラスプーチンが来た

 各地で話題になっているこいつチートだろ、っていう歴史上の人物と何したか書いてけ 明石元二郎が取り上げられていますね。
 この明石元二郎、帝政ロシアの根幹を揺さぶりその崩壊を招いた立役者と言えるほどの天才的な諜報員でしたが、奇行で知られた人物でもありました。特に清潔面への無頓着ぶりは凄まじく、陸軍幼年学校では垢だらけで平然としており「汚れの明石」とあだ名されたと伝わります。

 さて、明石元二郎を主役とした伝奇小説をご存じでしょうか。山田風太郎のいわゆる「明治もの」の一冊、『ラスプーチンが来た』がそれです。
 主人公は若き日の明石元二郎。怪物的な宗教家・稲城黄天に攫われた少女・竜岡雪香を明石が救うこととなる事件から物語は動き出します。
 明石と雪香を中心に蠢くは、長谷川辰之助こと二葉亭四迷、内村鑑三、乃木大将、オッペケペーの川上音二郎、アントン・チェーホフと、同時代の偉人怪人奇人ばかり。そして物語後半、明石のライバルとなるのはかのラスプーチン

 これだけのキャスティング、明治という魅惑的な舞台装置、さらに作者が山田風太郎とあってはつまらないはずがない。
 序盤こそ明石と黄天の虚々実々の対決がメインですが、ラスプーチンの登場と共に、物語は大津事件の驚くべき真相をめぐって急展開を見せます。果たしてラスプーチンの狙いとは? 快男児明石は稀代の怪僧ラスプーチンにいかにして立ち向かうのか? そして、明石と雪香の恋の行方は……?
 とまあ、読む手を止めることが出来ません。巻措く能わざるというやつです。

 練り込まれたプロット、虚と実の境を疾走する山風一流の筆さばき、そして快男児としか言いようのない明石元二郎の造形と、多方面に渡って隙のない快作です。やや尻切れとんぼなのだけが悔やまれますが、明治もの有数の傑作といっていいでしょう(もっとも、明治ものは基本的に外れがないのですが)。

 品切れのようですが、古書で意外と見かけます。amazonでも文春文庫版が安く売っていますね。伝奇小説好き、歴史小説好きな方は是非どうぞ。


ラスプーチンが来た 山田風太郎明治小説全集 11 ちくま文庫ラスプーチンが来た 山田風太郎明治小説全集 11 ちくま文庫
山田 風太郎

筑摩書房 1997-10
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投稿者: 日時: 22:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「プリーモ・レーヴィへの旅」

プリーモ・レーヴィへの旅プリーモ・レーヴィへの旅
徐 京植

朝日新聞社 1999-07
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 まず最初に、本書を読まれる前にレーヴィの著作、特に『アウシュヴィッツは終わらない』に目を通しておくことをお勧めします。レーヴィの思想を縁として思索が展開されていくからです。文章はその度に引用されますが、矢張り全体像を知っておいた方がいいでしょう。

 1987年、プリーモ・レーヴィの死が大きな波紋を投げかけました。アウシュヴィッツ強制収容所からの生還者であり、「許す人」と評された彼に何があったのか? 無数の人々がその死の意味を探り、語り、何よりも戸惑ったことでしょう。著者の徐京植も例外ではありませんでした。徐にとって「プリーモ・レーヴィは『人間』の尺度だった」のであり、「彼こそがオデュッセウスだった」のですから。

 徐はレーヴィの墓に詣でるためにトリノへと向かいます。ミラノからトリノへと向う普通列車で、人の溢れるローマ街で、墓参の帰路で、徐はアウシュヴィッツ帰還後のレーヴィの足跡を辿り、その死の意味を問い続けます。

プリーモ・レーヴィが自殺しなかったならば、すべてが単純明快であっただろう。苦難に対する人間性の勝利と救済の物語、オデュッセウスの凱旋の物語。……私たちのほとんどは自らの浅薄さと弱さのゆえに、その単純明快さにすがりつこうとする。だが、薄暗い宙空に身を投じたプリーモ・レーヴィは、自分自身の肉体を石の床に打ちつけることで、私たちの浅薄さを粉々に打ち砕いたのだ。(p. 223)

 アウシュヴィッツという極限的状況で完膚無きまでに打ち砕かれた人間という「尺度」。その「尺度」をいかに再建すべきか。「こちら側」と「あちら側」に隔てられてしまった世界をいかに再構築すべきなのか。今なお進む「尺度」の破壊にいかにして抗すべきか。
 徐の、レーヴィの言葉は我々に重い問いを突き付けます。問いは尽きることなく、明確な回答が与えられることもありません。
 それでも我々は知り、思索し、理解しなければならない。終章の題ともなっている「一瞬の光」、普遍的な「尺度」を見出せるかどうかは個々に託されているのです。

 文章は読みやすいですが、内容はひたすら重い。テーマがテーマですし、「善意で小心であり、正直で無気力」な人々への批判の筆の鋭さは時に息詰まるほどです。とはいえ、一度は読んでおくべきでしょう。まずは自ら読み、考えなければなりません。

 著者の徐京植は東京経済大学で教鞭を執る作家。在日二世でもあり、思想弾圧による投獄を経験した二人の兄を持ちます。著作に『ディアスポラ紀行――追放された者のまなざし』など。

・追記

 良書にも関わらずネット通販では軒並み品切れです。題材のためもありamazonでは異様な高値がついていますが、大きめの書店で数度在庫を見かけました(私はジュンク堂の池袋店で購入しました)。探してみてはいかがでしょうか。紀伊国屋書店にも幾つか在庫があるようです。

投稿者: 日時: 21:55 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:「夢遊病者の円舞曲」

夢遊病者の円舞曲夢遊病者の円舞曲
松井 邦雄

作品社 1982-01
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 まずタイトルがいい。『夢遊病者の円舞曲』という響きからして絶妙です。これだけで映画や小説が一本出来てしまいそうだ。
 さて、私がこの書を知ったのは久世光彦の好著『蝶とヒットラー』でのことでした。それ以来気になっていたのですが、近場の古書店で偶然発見したので即購入。一読三嘆した次第です。

 著者の松井邦雄はラジオ東京(TBS)のプロデューサーであり、ラジオドラマなどを手がけていました。優れたエッセイストであり、『望郷のオペラ』『ヨーロッパの港町のどこかで』などの著書があります。
 本書は古今の歌を縁に著者が記した「コラージュ風臨書報告書」ですが、なんといっても文章がいい。感傷的とすら言える情緒的な甘さとおそるべき博識が渾然となり、阿片にも似た酩酊的な文章世界を作りあげています。
 実際に引用してみましょう。

こんな夜は、サメディ男爵も死霊たちも墓地の片隅で雨に打たれながらなにがなし身を噛む悲しみにひしがれてもの思いに耽ったりするのだろうか。「シュクーヌは妙にけだるく里心をそそる。私もまた愁い顔でラム・パンチを追加することにした。

 いい。文章もいいし、サメディ男爵というのがまたいい。声に出すだけで酩酊できます。色気と渋みのある声で語って貰いたい。
 黒いパイプ、肺病病みの少女、幻想のベル・エポック……扱われたモチーフはどれも浪漫的でありながら放縦に流れることなく、端整さを失っていません。久世光彦の文章もそうなのですが、優れて知的な書斎派がパイプを片手に語っているような印象を受けます。
 絶版ではありますが、入手は容易。お勧めです。

投稿者: 日時: 21:27 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「だれもがポオを愛していた」

 ご無沙汰して申し訳ありません。庵主は何とか生きてます。
 久々の更新はお勧めの小説を一冊ご紹介。

だれもがポオを愛していた (創元推理文庫)だれもがポオを愛していた (創元推理文庫)
平石 貴樹

東京創元社 1997-08
売り上げランキング : 539123

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<あらすじ>

 メリーランド州、ボルティモア。古くから良港として知られるこの独立都市で奇妙な事件が起きた。日系人兄妹の住む館が爆発し、沼へと沈み込んだのだ。妹は奇妙な言葉を残して絶命し、兄の遺体は沼へと埋もれてしまう。兄妹の姓は「アシヤ」――『アッシャー家の崩壊』である。ナゲット・マクドナルド警部補ら州警察が奔走するも、彼らを嘲笑うかのような怪事が続く。死せる美女の歯が折りとられる『ベレニス』、片眼の黒猫と女の遺体が壁に塗り込められた『黒猫』……事件全てが、ポオの小説に見立てた殺人を暗示していた。混迷する事態に挑むは宝石の頭脳を持つ少女、更科丹希。デュパンの直系たる名探偵の披露する推理とは、果たして。



 タイトルとあらすじだけでもうノックアウト。
 ポーの見立て殺人をテーマとした名作です。いわゆる「新本格」前夜に発表されその筋では高い評価を得たものの、一般にはあまり知られていないまま単行本、集英社文庫版、創元推理文庫版全てが絶版。実に惜しい。

 あらすじでおわかりの通り、本作中の殺人事件は全てエドガー・アラン・ポーの諸作品をモチーフとしています。棺に横たわる美女の歯が折られている『ベレニス』のくだりは特に凄惨で印象的。また、探偵役たる更科丹希(通称ニッキ)の披露する推理は心理分析と瑣末とも見える事柄の観察を主としているというデュパン式であり、全編に渡りポー尽くしと言えましょう。

 入り組んだ状況が流れるように整理され、巧妙に張り巡らされた伏線の中から驚きの解決が現れるくだりの心地よさは本格ならでは。あっと驚くどんでん返しという類のトリックでこそありませんが、精緻に仕組まれており唸らせてくれます。合理と不合理の間にたゆたい、着地する感覚が味わえることでしょう。

 登場人物たちの名前の多くが駄洒落なのは作者の遊び心でしょうか。更科丹希は言うまでもなく『更級日記』ですし、ナゲット警部補の上司はケロッグ警視、同僚はナビスコやバドワイザーときています。この手のネーミングは好みが分かれるところかもしれませんが、読んでいる分には然程違和感がありませんでした。

 なお、巻末に付された「『アッシャー家の崩壊』を犯罪小説として読む」は必読。かの『アッシャー家の崩壊』を注意深く読みほどき、一つの犯罪を指摘するこの論考は、ある意味で本編以上に素晴らしい出来となっています。このためだけに読む価値があると断言できます。

 amazonの創元推理文庫版はやや高値となっていますが、集英社文庫版(中身は同一)が容易に入手できます。本格好きや怪奇幻想愛好家の方は一冊いかがでしょう。

投稿者: 日時: 21:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

人類が消えた世界

 昨年、人類が突然消失した地球の未来を予測した科学書"The World Without Us"が話題になっていましたが、その邦訳『人類が消えた世界』が発売されております。

 早速買ってきて読んでいる最中ですが、期待以上の好著。単なる空想劇ではなく、数多くの専門家への聞き取りや綿密なリサーチ、そして地球形成史や人類誕生史に基づいた思考実験が成されているため非常に説得力がありますね。
 扱われる時代の幅は広く、人類消滅直後から五十億年後までを一望することが出来ます。
 消滅から数日で排水機能が麻痺し、地下に貯まった水、そして雨水が地上に押し寄せニューヨークを水没させてしまうというのは衝撃的。東京にしても似たようなものでしょう。私たちは安全で安寧な都市生活を送っていますが、薄氷一枚を踏み抜けばそこに破滅が待っているというのを実感させられます。
 巻末の参考文献も充実しており、読書ガイドとしても有益。これはお勧めですよ。

 また、日経サイエンス2007年11月号に、『人類が消えた世界』著者であるアラン・ワイズマンへのインタビューを元にした「もし人類が消えたら地球は?」が掲載されています。タイトル通りの内容を概観しているほか、ニューヨーク崩壊のタイムテーブルがわかりやすく図示されており理解の助けになります。図書館などで探してみる価値はあるかと。

 余談ながら、本書に記された「人類消失後の世界」は圧倒的な自然の力に充ち満ちており、終末的な色彩は全くと言って良いほどありません。
 言うなれば霙姉さん的な、あるいはノストラダムス的な終末世界とはちょっと違うのですね(数十億年後ともなると話は別ですが)。
 考えてみれば、消失してしまっている以上終末も何もないのは当然ではありました。


<関連リンク>
終末の過ごし方
『幻想文学 世の終わりのための幻想曲』

投稿者: 日時: 22:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「見えない精霊」

 久々に読書録など。

The unseen見えない精霊 (カッパ・ノベルス―カッパ・ワン)The unseen見えない精霊 (カッパ・ノベルス―カッパ・ワン)
林 泰広

光文社 2002-04
売り上げランキング : 111300

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<あらすじ>

「『見える』ことが能力の拠り所の魔法遣いが『見えない』精霊に勝てるだろうか?」

 インドの森深く、売れないカメラマンである「僕」の目の前で老婆は語り始める。その声と言葉は「ウィザード」の通り名で知られる伝説的カメラマンのものだった。
 ウィザードは不可能を可能にする男。彼は、ジャングル全てを統括する大シャーマンの写真を撮影したという。大シャーマンの村に住まう人々は激怒したが、ウィザードの巧妙な罠の前に彼らは為す術もない。
 ウィザードに死をもたらすべく、村の長老は一人の少女を呼び寄せる。人にして人ならぬ者たちが住まう『結界の村』から招かれた、霊界の力を宿す美しき少女。
 ウィザードが信じるのは論理と頭脳。
 少女が仕えるのは「見えない精霊」。
 新月の夜、闇に覆われた飛行船でウィザードと少女の戦いが始まる――



 2002年に出版されたミステリです。
 あらすじでおわかりの通り、本格ミステリとしてはかなり異色の設定を有しています。主となる舞台はジャングル上空に浮かぶ巨大飛行船、頭脳明晰、大胆不敵なウィザードに対するは美貌のシャーマン少女。この設定だけでご飯三杯はいけますね。こういう外連味は大好きです。

 ストーリー面は薄く、話の大半は飛行船という密室内におけるウィザードと少女の知能戦に割かれています。ミステリとしてはかなりフェアに出来ており、伏線も丁寧に張られていると言えるでしょう。特筆すべきは、段取りの上手さ。中でも、「一方通行の飛行船内を一周したら、そこにいたはずの人物が消え失せていた」といった人間消失トリックの解決は鮮やかです。

 根本のトリックそのものにはバカミス傾向があり、好みがわかれるかもしれません。ただし、その使い方が大変に上手い。たった一つの仮定を導入することで神秘的に見えた謎が解明されるというタイプの作品です。こういうミステリ好きなのですよ。
 現実的なところに落ち着いたとみせて、割り切れない要素を残してあるのもいいですね。少女の印象的なキャラ造形とあいまって、どこか現実と幻想の狭間をたゆたうような感覚があります。

 入手難が続いていた本作ですが、なぜか最近格安で出回っています。今の内にお手にとってみてください。


●WEB拍手レス

この手の数値化ものだと、意外な人物が評価されていて驚きますね。
しかし惜しむらくはハンス・ウルリッヒ・ルーデル閣下のデータがないこと。
アンサイクロペディアでも評価されているのに、彼は(笑)

 ルーデル閣下はやけに人気高いですからねー
 伝説化されている面もありましょうし、意外と評価が難しいのかも。


>霙さんは成績優秀のイメージがあるのですよね
ひょうちゅうちゃんや吹雪ちゃんと互角に渡り合う霙姉さんを想像すると何故か吹きます(えー)

 天然で優等生とか最高じゃないですか。
 あと吹雪可愛いですよね。霙さんといい吹雪といい、ベビプリではインテリっぽいキャラが好みのようです。

投稿者: 日時: 21:54 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「国家論――日本社会をどう強化するか」

国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)国家論―日本社会をどう強化するか (NHKブックス 1100)
佐藤 優

日本放送出版協会 2007-12
売り上げランキング : 679

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 気が付いたら出ていたので購入、即読了。
 良書です。連続講義の形をとっており、マルクス主義経済学や神学を援用して、社会とは何か、国家とは何か、国家がいかにして社会に関わっていくのかと説き起こす内容となっています。国家=暴力装置という前提からスタートしているため違和感を感じる人もいるかもしれませんが、位置設定が明確なため議論にブレがありません。

 佐藤優の著作では『ナショナリズムという迷宮』の流れでしょうか。ここ最近連続刊行されていた「インテリジェンスの技法を現実、中でもビジネスに応用する」系のものとは毛色が異なります。
 インテリジェンス絡みの話題も出てきますがほとんどおまけ程度であり、本題はマルクス主義と神学と言えるでしょう。かなりの部分が宇野経済学やロラン・バルト神学の講義に費やされており、選書のわりにはかなり読み応えあり。論理体系そのものは堅牢なため、内在論理を一度掴めばかなりすいすい読めます。個人的にはこれくらい硬派な方が好きです。結果的には読みやすいし理解しやすいので。

 終章に至ってどうにも雲を掴むような抽象的、倫理的な議論になってしまうのは少々残念ですが、題材の性質上致し方ないところでしょう。
 一番の魅力は、論理が首尾一貫しているために「何となく」の賛同や反論を許さないところですね。賛成するにせよ反対するにせよ、それが自分の思想的立場によるのなのか、事実認識によるのかという点を問われるからです。思想的な立脚点が異なればそもそも議論が成立しないという認識も大事ですね。

 これは余談なうえやや飛躍しますが、自称中立や自称現実主義者(あくまで自称の場合です)の言説がどうにも当てにならないことが多いのはこのためでしょう。あらゆる論理展開は、何らかの思想や立場に立脚せざるを得ないという認識は重要なように思います。
 難易度はやや高めながら、お勧め。値段も手頃ですし、一読する価値はあります。

 なお、例によって読書案内としても最適。バルト神学をちゃんと勉強しようという気持ちになりましたですよ。まずは『ローマ書講解』かな。


●WEB拍手レス

スーパーの店員として軸がブレている吹いたwwww
アッシュは格好良いんだか情けないんだかわからない辺りが魅力ですよねー。
個人的には幻の「フレディVSジェイソンVSアッシュ」とか見てみたいんですが、 まあ、誰が勝利しても大惨事だろうしなあ……。
ああ、でもアウレオールスならフレディやジェイソンがいても違和感はないような、あるような(笑)

 あれは是非とも見たいのですが、実現は絶望的でしょうねえ……
 スプラッタホラーとのクロスは一時期真剣に考えたのですが、誰を犠牲者にするかという問題があって断念しました。凛と士郎の搭乗した飛行機がクリスタルレイクに墜落して(ry というのも面白いかと思ったのですが。

投稿者: 日時: 21:11 | | コメント (0) | トラックバック (1)

『秘密の動物誌』復刊

秘密の動物誌 (ちくま学芸文庫 フ 28-1)秘密の動物誌 (ちくま学芸文庫 フ 28-1)
ジョアン・フォンクベルタ ペレ・フォルミゲーラ 管 啓次郎

筑摩書房 2007-11
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 学芸文庫にて復刊されました。ちくまさんいい仕事しすぎ。
 詳細については前に書いた読書録を参照してください。Wikipediaにも記述があります。
アフターマン』系の本が好きな方には絶対のお勧めですよ。是非に。


●今日のツインビー

コナミの新作シューティング「オトメディウス」にツインビーからマドカ参戦(WEB拍手より)

 おお、この作品のマドカはツインビーのマドカでしたか。未チェックでした。情報有り難うございます。
 そういやウィンビー国際的アイドル化計画という黒歴史もあったなあ……

投稿者: 日時: 16:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「せめて一時間だけでも」

せめて一時間だけでも―ホロコーストからの生還せめて一時間だけでも―ホロコーストからの生還
ペーター・シュナイダー 八木 輝明

慶應義塾大学出版会 2007-07
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 読了しました。
 ユダヤ人音楽家コンラート・ラテが、いかなる人々の助けを得て、いかにしてナチス迫害下を生き延びたかの記録です。やや薄手ながら重い一冊でした。手に取る価値はありますが、下手に読むと精神的にダメージを受けそうだ。

 本書の主役はコンラート・ラテ、そしてラテを助けた市井の人々です。ホロコースト下においてユダヤ人を救うべく行動を起こした無名の市民に焦点が当てられることは殆ど無かったため、その意味でも貴重な資料でしょう(近年ドイツで再評価が始まっているようですが)。
 著者と訳者が折に触れて強調しているように、本書はユダヤ人迫害やそれを静観した人々を肯定するものではありません。むしろ、出来うる限りの善意を奮い起こした方々の姿を記すことそれ自体が、百万言を費やそうとも座しているだけだったという事実への痛烈な批判となっています。

しかしナチスに追われ迫害された者に一片のパンを手渡し、家に泊めてやり、次の宿を手配することに必要なのは、品位と勇気と智恵であって、ただちに死の覚悟を要求するものではない

 本書序盤に記されたこの一節は言い知れぬ重い問いを私たちにつきつけます。
 倫理や信念を口にするのは驚くばかりに簡単です。立派な定見を表明するだけ表明しておきながらその実何もしないなど、誰にあっても日常茶飯事でありましょう。無論のこと私もそのような輩であり、他者を非難する資格などありはしません。まさに「罪なき者まづ石を擲て」です。「品位と勇気と智恵」を己のものとして発揮できる人がどれだけおりましょうか。

 はたして私は――私たちは、かような極限状態に置かれた時にいかなる行為を示すことが出来るのでしょうか?

投稿者: 日時: 23:56 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「文藝ガーリッシュ」

 深く静かに潜行しながら何かと支度中の今日この頃です。
 10月も半ばですし、年末まで気合いいれていくとしましょう。

 今日の読書はこちら。

文藝ガーリッシュ    素敵な本に選ばれたくて。文藝ガーリッシュ 素敵な本に選ばれたくて。
千野 帽子

河出書房新社 2006-10-17
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 文藝ガーリッシュとは何か?
 著者、千野帽子は「志は高く心は狭い文化系小娘(フイエット)のためのジャンル」と定義しています。つまりは、後書きにいわく「むかしの娯楽小説や少女小説、ライフスタイルエッセイ、そして最新の純文学。スヰートな蜜が致死量の毒と結合した」物語群のことでありましょう。

 本書は、69のガーリッシュな作品を紹介したブックガイド……というよりも読書案内です。連載時および発売時に相当話題になったにもかかわらず、不勉強にして読んでおりませんでした。今回手にとってみて、高い世評の理由を深く納得した次第です。
 尾崎翠、室生犀星、久世光彦、森茉莉、山尾悠子etc……と、作家の選定だけでたまらない人にはたまらないものがあるでしょう。純文学やミステリ、SFといった既存の枠組みにとらわれず、自らの感性と眼を頼りにガーリッシュというジャンルを織り上げる術は甘やかにして優しげ、適度な毒も含まれていてまことに蠱惑的です。

 事実、本書の肝は著者の語り口にあります。個々の物語の単なる紹介でも、愚にもつかない私見の垂れ流しでもなく、物語、著者、時代背景、時代を超えて関連する作品を、僅か見開き2頁にまとめる腕は凡手ではありません。文学理論の博士課程を終えているというのにも納得。

 ブックガイドは本来、未知の書への道標に留まるものではありません。優れたブックガイドを読むこと自体、貴重な読書体験となるのです。本書はまさしくそのような一冊でありましょう。
 案内書では『ファンタジー・ブックガイド』以来のヒットでした。しばらくは取り上げられた小説を読みあさる日々になりそうです、はい。

投稿者: 日時: 22:21 | | コメント (2) | トラックバック (0)

読書録「宗教改革の真実」

宗教改革の真実 (現代新書)宗教改革の真実 (現代新書)
永田 諒一

講談社 2004-03-21
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 宗教改革時代における民衆の生活を社会史の方法論で記した好著です。ものものしいタイトルのため身構えそうになりますが、記述は平易、構成も筋道が通っているため、予備知識無しで読みこなすことが出来るでしょう。

 宗教改革といえばかのマルティン・ルターを筆頭に当時の知識人がクローズアップされることが多いのですが、本書の主役はあくまで民衆です。活版印刷の普及が宗教改革運動を後押ししたと述べた後、書物の増大と文字の普及による民衆の意識の変化、素朴で敬虔だった民衆たち、信条の違いによるカトリックと宗教改革派(プロテスタントのこと)の対立と、当時の彼らの姿を様々な側面から活写してゆきます。

 本書の魅力は、当時の人々の生活や信条がいかにして変化したかを限定された資料を駆使して生き生きと描き出している点にありましょう。この手の本にありがちなもってまわった言い回しはありませんし、日本語も論理的で非常に読みやすい。社会史の面白さを堪能することが出来ます。

 巻末には参考文献が記されており、今後の読書の参考になります。新書サイズなのでお値段も手頃。お勧め。

 余談ながら

それらの行為(引用者注:宗教改革派が自分たちの神学から演繹した行動規範。結婚の可否など)を実践したり、支持することが宗教改革支持者の証となり、それらに反対したり、無視しようとする者は宗教改革の敵対者ということになる。そして、そのような行動規範は、誰にもわかる単純明快な党派区分の指標となった。(p. 88)

 との記述が印象的でした。
 今日でもよくある単純化ですね、これは……

●WEB拍手レス

興味持って調べてみたら、カレーってカニバリズムと関係深いんですねえ。ブッダで出汁を取ったとかまた面白い話を知れました。

 そ、そんな話が!?
 面白そうですねえ……私も調べてみよう。

投稿者: 日時: 19:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「グノーシス―古代キリスト教の“異端思想”」

グノーシス―古代キリスト教の“異端思想” (講談社選書メチエ)グノーシス―古代キリスト教の“異端思想” (講談社選書メチエ)
筒井 賢治

講談社 2004-10
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 読了。良書。
 日本語で読めるグノーシス主義入門書として優れています。

 グノーシス主義を要約すると、「人間は、偽りの神(多くはデミウルゴスと呼ばれる)が創造した不完全な世界の住人である。それゆえに、真なる霊的なものに目覚め、<至高神>のおわす天上の世界に帰らねばならない」となりましょうか。詳しくはWikipediaをご覧下さい。

 本書は、グノーシス主義が誕生した紀元二世紀の歴史的、思想史的背景を記述した後、ウァレンティノス派やバシレイデースといった主要学派の主張を概観しています。整った構成のため、読んでいて内容がすらすらと頭に入りますね。また、各派の創世神話を要約した図が文中に挿入されており、理解を助けてくれます。

 グノーシスに相通ずる思想を列挙するのではなく、あくまで初期キリスト教史の枠内でグノーシス主義をとらえ、その定義や歴史叙述を目指すというストイックな姿勢が印象的です。一見すると地味に思えますが、そのようなアプローチこそが有効なのではないでしょうか。著者の文章からは学ぶ所が多く、グノーシスと近世の思想行動を安易に結びつけることを批判するくだりは示唆に富みます。

 個人的には、グノーシスのような「異端」との戦いを通じ初期キリスト教が自らの教義を確立させていったという話が印象的でした。思想宗教もまた人の営みであることが良く解ります。

 索引と参考文献も充実。これからグノーシスを学ぶ人に最適の一冊かと。


●WEB拍手レス

「手首ラーメン」なら知っていますが、手首カレーは寡聞にして知りませんね。ただ最近カレーにネズミの糞が入るなどの異物混入事件がありましたから、案外その両方を混ぜた噂話ではないでしょうか。
一応貼っときます。「手首ラーメン」 あとこんなのもありました。
たしか、ヤクザ関係者でなんでそうなったのか忘れましたが証拠隠滅の為に煮込んでたのだか、隠してたのだかって、どっかのスレに書き込みが覚えがありますが、あれってラーメンだったかな?

 お二人とも情報有り難うございます。
 なるほど、手首ラーメンでしたか。そういえばオカルト板で読んだことがあった。
 異物混入事件と混ざった線はありそうですねー

ゴキブリといえばさすがに今年の猛暑には耐え切れなかったのか、玄関で2匹ほど干からびて死んでいたりしました。
ゴキすら葬る暑さとか洒落になりません

 今年の夏は死ぬかと思いました。
 ゴキが死ぬならそりゃ人は倒れますな……

不思議な事に、何日も生きるとか言いますけど、ホイホイに捕まると結構一日二日ぐらいで死にますよな。あのシートに殺虫成分でもあるんじゃろうか。

 調べてみたところ、殺虫成分は使用していないらしいです。
 水分が取れなくてコロリといくのかもしれません。

投稿者: 日時: 21:10 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「物語 中東の歴史」

物語 中東の歴史―オリエント5000年の光芒 (中公新書)物語 中東の歴史―オリエント5000年の光芒 (中公新書)
牟田口 義郎

中央公論新社 2001-06
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 当たりでした。
 中公新書の物語シリーズは全体的に出来が良いのですが(名著『物語 イタリアの歴史』の影響でしょうか)、本書もその例に漏れません。
 副題で「オリエント5000年の興亡」と銘打っているものの、メインはオスマン・トルコ帝国勃興直前までです。正確には「物語 アラブの歴史」と呼べましょう。
 中東と言えばイスラーム、と短絡せずに、シバの女王や、亡都パルミラ最後の主、美貌と才智をもってなる女王ゼノビアから話を始めているのが嬉しいところ。パルミラ滅亡を扱った第二章にはパルミラ地図まで付いており、参考になります。

 イスラーム登場以後は、ヨーロッパやモンゴルとの戦いを軸に、ヌールッディーンや、獅子心王リチャード最大のライバルサラーフッディーン(サラディン)ら、中世イスラーム世界を彩った人々が思い入れたっぷりに描き出されます。歴史的事実の記述にも手抜かりはありません。本書一冊で、11世紀から13世紀のイスラーム世界の流れを掴むことが出来るでしょう。

 もっとも、本書の主役は何といいましても、13世紀イスラーム世界の雄、独眼竜バイバルスです。トルコ系のマムルーク(奴隷と訳されることがありますが、ニュアンスはかなり違います)出身でありながら王朝を創始した傑物であり、自ら前線に立つ軍人でもありました。その軍才は傑出していたようで、当時世界最強だったモンゴル軍をも打ち破っています。
 日本ではマイナーな人物ですが、現地での人気はサラディンや千夜一夜物語で有名なハールーン・アッ=ラシードを上回るそうですね。この人物については殆ど知らなかったため、勉強になりました。
 それにしても見るからに逞しい戦士であり、軍事の天才であり、一代でスルタンにまで成り上がった英雄で、おまけに独眼だったとは。キャラが濃すぎる。

 近現代の扱いが薄いのが難点ですが、新書サイズということを考えれば仕方ない所でしょう。本書外の時代をカバーするために、『中東戦争全史』と併読するのがお勧めです。

 なお、本書で扱われている時代を語るには十字軍の存在が欠かせません。HISTORIAさんのコンテンツ十字軍とその時代 を参考に色々読んでみるのも面白いと思います。


●WEB拍手レス

『聚楽 太閤の錬金窟』は『信長―あるいは戴冠せるアンドロギュヌス 』の続編的物語なので、先にそちらを読んだ方がいいかと…。

 おおう、続編的なものでありましたか……
『信長~』を探してきます。

投稿者: 日時: 21:56 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「戦場の精神史 武士道という幻影」

戦場の精神史  ~武士道という幻影 (NHK出版)戦場の精神史 ~武士道という幻影 (NHK出版)
佐伯 真一

NHK出版 2004-05-30
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 良書です。
 本書の主張を要約すれば


『武士道』とはフェアプレーと忠義の念を何よりも尊ぶ倫理観とされている。だが、この『武士道』は作り出された幻影である。平安期から戦国時代までの武士とは、夜討ち朝駆け、騙し討ちを常道とする存在だった。彼らにとって名誉とは戦場で手柄をあげ生き延びることであり、そのためにはいかなる手段を用いても敵を倒す必要があったのだ。味方に対しては誠実であったが、それも時と場合によるものだった。


 ということになりましょうか。

 頷ける主張です。
『武士道』というからには、『武士』がいなければなりません。しかし、武士という言葉はひどく曖昧です。太平の中にいた江戸時代の武士と、権謀術数渦巻く戦国時代の武士とでは、倫理観も価値観も全く異なりましょう。
 例えば、映画『ラスト・サムライ』で描かれた武士道は美しいものでありました。しかしそれは戦乱の時代を生き抜いた武士たちの有した『武士道』とは異質なものでしょう。
 歴史は連続していると同時に変化し続けます。社会環境も、人々の精神性も同様でしょう。『武士道』なる心性だけが古来より変わることなく存在したなどという発想は、考えてみれば妙なものです。

 議論の手続きは丁寧です。中世文学の専門家である著者は、多数の文献を引用し主張を裏付けてゆきます。専門家ならではの着実な議論は見習いたいところ。参考文献の記述が丁寧なのも良いですね。興味をもった箇所を手がかりに色々と調べ知識を深めることが出来ます。

 私たちの持つ『武士道』概念がいかにして形成されたかを解き明かす過程も興味深いです。江戸から明治大正昭和と、武士道が理想化され、やがて国民国家形成に利用されるプロセスが良く解ります。

 もっとも、本書の真価は『武士道』を幻影とし常識を否定する点にはありません。
 後半部、荒々しく現実的な処世術だった武士道が、太平の世の倫理観へと変遷する過程を通して著者は問いかけます。
 戦場の倫理は果たして平時の倫理たり得るのか。
 平時の精神性は、戦場のそれにどこまで由来するのか。
 著者が言うように、この問いかけは戦争一般に関する議論にまで通じます。安易な答えを出せる問いではありませんが、それだからこそ思索を促してくれると言えましょう。

 良質な議論と新しい視座を与えるのみならず、思索までも誘ってくれる好著です。
 興味のある方は是非ご一読を。

投稿者: 日時: 22:49 | | コメント (2) | トラックバック (0)

読書録「トワイライト・レディ」

トワイライト・レディトワイライト・レディ
菊地 秀行

集英社 1987-05
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 その(ひと)に関する最初の記憶は、窓の色だった


 という冒頭の一文からして素晴らしい短篇集。メイン・テーマが吸血鬼ということもあり、菊地秀行の叙情的な面が十二分に発揮された粒揃いの一冊となっております。

 収録作品は

・夕映えと夜を愛する少年「夕映えの女」
・演劇を主題とした耽美的な「薔薇戦争」
・高校卒業を目前とした不良少年の通過儀礼を描く「青い旅路」
・北国で紡がれる静謐な吸血譚「白い国から」

 の四作。
 元々『コバルト』に掲載された少女小説であるため、どれも浪漫的傾向が強いです。名短篇集『D―昏い夜想曲』に近い空気ですね。

 集中では「白い国から」が一番お気に入り。「私」の淡々としていながら叙情的な語り口がまことに魅力的です。抑制されたナレーションが今にも聞こえてきそうなほど。
 雪に埋もれた北国で教師を務める「私」、夜学校に転校してきた白い少女、降り積む雪の中佇む黒衣の男……全身の血を抜かれる怪事件や忽然と現れるマンションといった舞台装置と相まって、切ないほどに美しい作品世界が作り上げられています。

 未収録作品二つと書き下ろし一つを加えた短篇集『黄昏人の王国』も発売されていますが、私としてはやはり本書に愛着があります。めるへんめーかーの挿絵も素敵。

 残念ながら絶版ですが、容易に入手可能。
 浪漫的、叙情的な短篇が好きな方に強くおすすめします。

投稿者: 日時: 21:01 | | コメント (0) | トラックバック (0)

070708簡易読書録

 最近読んだ中で良かったものをまとめて。
 簡易読書録といったところです。

三島由紀夫『黒蜥蜴』(学研M文庫)

 三島の名戯曲が初の文庫化。ストーリーなどは有名ですね。Wikipediaにも詳しいです。
 三島は『文章読本』で戯曲の文体は「散文のやうなしっかりした形を離れて、融通無碍な、さうしてかつ流動し舞踏する独特な」ものであると述べています。本作はその最高度の実践例と言えましょう。
 端整でありながら修辞的、過剰なまでに装飾と陰影に溢れた長台詞はほとんど唯一無二のものでしょう。『わが友ヒットラー』と並び、声に出して読みたい戯曲です。巻末には三島と美輪明宏の対談他も収録されていてお得です。

ネルヴァル『暁の女王と精霊の王の物語』(角川文庫)

 フランスの狂詩人ジュラール・ド・ネルヴァルの長篇小説。澁澤龍彦も絶賛していた一品ですね。
 シバの女王とソロモンの恋を主題とした幻想譚であり、中村真一郎鏤骨の翻訳が素晴らしい。
 リバイバル出版なので旧字体、かつ印刷も掠れ気味です。またいい味出しているんだこれが。

シュテファン・ツワイク『ジョゼフ・フーシェ』(岩波文庫)

 シュテファン・ツワイクは旧来の表記。現在ではシュテファン・ツヴァイクが一般的でしょうか。『ナポレオン 獅子の時代』でも強烈な印象を残した、革命期フランスの政治家ジョゼフ・フーシェの評伝……ではありますが、異様なほど面白いです。臨場感溢れる筆致と劇的な展開は、まるで波瀾万丈の歴史小説を読むよう。「面白すぎる」と苦笑混じりに評されたのは伊達ではありません。
 例によってamazonでは無駄に高額ですが、新古書店や古書店の文庫棚で意外に見かけます。そちらを探すのがよろしいかと。

武田雅也『桃源郷の機械学』(学研M文庫)

 中国の文学、地理学、建築学、庭園などなど……中国の培ってきた文化伝承の中でも、ややオカルティズム的傾向を持つ題材を選んだ文章集。中国の宇宙論について述べた「中華風惑星カタログの旅」、ヨーロッパの博物学書に記された図像が中国でいかなる変遷を遂げたかを示す「八戒、その漂白の旅」など、魅力的な題材が山ほど盛り込まれています。博識ぶりが縦横無尽に発揮された好著。本書に限らず、武田雅也の著作はどれも良いです。翻訳書である『スキタイの子羊』もお勧め(スキタイの子羊に関しては叡智の禁断図書館さんのレビューも参考にしてください)。

小池壮彦『東京近郊怪奇スポット』(長崎出版)

 怪奇探偵小池壮彦初期の著作。見開きにつき一地域を扱っており、怪奇現象の概要、発生地点の地図、怨念の系譜、怪奇現象の頻度と恐怖度を記しています。怪奇現象の記録であると同時に、データベース的な性格も強いですね。充実度は高く、この本が元になった都市伝説もあるとか。
 amazonではやや高めですが、Yahooオークションなどで容易に入手可能です。

原田実『トンデモ日本史の真相』(文芸社)

 と学会本で久々のヒット。「秀吉は美濃墨俣に一夜城を築いた」「失われたアークは四国剣山にある」「アインシュタイン曰く日本は世界の盟主」など、日本史にまつわる怪しげで魅力的なテーマを検証しています。最初に巷説を示し、しかる後に真相を書くという形なので前提知識が無くても安心。真相については賛否があると思いますが、参考資料を示しているので検証も容易かと思われます。トンデモ関連本は最近不作だったので、このようなしっかりした本が出たのはファンとして嬉しい限り。
 個人的にポイントが高いのは松尾芭蕉隠密説。「忍者松尾芭蕉」ってちょっと格好良いな。

投稿者: 日時: 22:23 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「先生とわたし」

先生とわたし先生とわたし
四方田 犬彦

新潮社 2007-06
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 読了してしばらく経つ今でも心のどこかがざわめいています。なるほど、これは評判になるわけだ。
 比較文学者四方田犬彦が、恩師由良君美への思いを綴った長篇評論です。もっとも個人的には、評論というより史伝文学であるとの印象を受けております。詳細は新潮社のページを見て貰うとして雑感を。

 由良君美が徐々に精神の平衡を失うのを著者が知り行くくだりでは幾度となく本を閉じざるを得ませんでした。胸に響く、というよりも、ではなく、肺腑にずんと重いものが沈んだ感覚。

 由良がメフィストフェレス、老ファウスト、そしてウェルギリウスに擬せられているのはまことに象徴的であり、『ファウスト』や『神曲』をはじめて読んだ時に近しい感情を覚えます。本書に関しては、感動という言葉を安易に使いたくはありません。碩学への複雑で錯綜した、それでいて敬意と愛情に溢れた本書を手安い言葉で総括してしまうことは、知の営みと伝授に対する背信行為に他ならないでしょう。

 鶴見俊輔が「3、4日かけて読み終えたとき、率直にいって、涙がこぼれた。あれと比べられるのは、日本文学のなかでは鴎外の『渋江抽斎』ぐらいだ。隣りに並べても甲乙つけられない」と述べているのも納得です。もっとも、鴎外一流の沈着極まりない筆と異なり、文章の端々に隠しようのない感情の波が噴き出てはいるのですが。

わたしは自問する。はたして自分は現在に至るまで、由良君美のように真剣に弟子にむかって語りかけたことがあっただろうか。弟子に強い嫉妬と競争心を抱くまでに、自分の全存在を賭けた講義を続け、ために自分が傷つき過ちを犯すことを恐れないという決意を抱いていただろうか(p218)。

 帯にも記されたこの言葉のみならず、本書の端々は持続的な棘となって心に突き刺さり、やがて深い感動を呼ぶことでしょう。師弟関係や知の営みに心を動かされる方は是非とも読むべきです。
 装丁も瀟洒で、間違いなく2007年ベストクラスの一冊。読んで良かった。

投稿者: 日時: 22:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実」

激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実激辛書評で知る 中国の政治・経済の虚実
矢吹 晋

日経BP社 2007-05-03
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 辛口の中国学者、矢吹晋による書評集。タイトルに一切の偽り無し。
 序文に

本書は中国について書かれた本を「批判的に読む」という作業を通じて、中国の実像に迫る方法を選んだ。いわば「話題の本によって、中国を読む」という試みだ。

 とありますが、まさにその言葉通りの一冊となっています。俎上に載せられるのは『マオ―誰も知らなかった毛沢東』、『中国を変えた男 江沢民』など多数。

 本書の凄さは二つあります。
 一つは、専門家ならではの鋭い知見と深い知識を活かした徹底的な書評を行っていること。特に第一部第一章『マオ―誰も知らなかった毛沢東』評ではそれが顕著。『マオ』そのものの問題点を一言一句おろそかにせずに追い詰め、返す刀で絶賛書評、「衝撃作」と繰り返すばかりの書評をも撫で斬りにしてゆきます。印象論ではなく、「どこが」「何故」間違っているのかを資料(無論、典拠付き)を引用して示しているため、説得力を欠くこともありません。舌鋒は厳しく、時に罵倒芸と言いたくなるほどですが、それが魅力的に見えてすらきます。

 二つめは、ただの書評で終わらず、扱った本を元にして説得力のある中国論を展開していること。
 例えば、『中国を変えた男 江沢民』を取り扱う第二章では、本の問題点や事実誤認を指摘した後、江沢民が何故一貫した反日スタンスを取るかについて解明しています。著者はそこに「漢奸トラウマ」を読み取っています(詳しくは本書をご覧下さい)。
 書評から江沢民論に至る流れは首尾一貫しており、優れた書評とは即ち一個の論と成り得ることを教えてくれます。

 著者の書評に対する姿勢は以下の言葉に良く表れています。

「やりとりが本当なら」と仮定法で逃げるのは卑劣である。これらのやりとりにおいての「真偽の判断をすること」が書評の責務である。もしその知識と能力を欠いているならば、「書評能力なし」と辞退するのが良識というものだ。(48ページ)

 大言壮語でなく、実践しているのが素晴らしい。それだけ自分の言葉に覚悟を持っているということだと思います。自分の発言は自分で責任を取るという心意気。
 中国という国に関心がある場合以上に、背筋を正した書評とは何か知る上でも読む価値はありましょう。

投稿者: 日時: 20:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

【お薦めの一冊】メディア・バイアス

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学
松永 和紀

光文社 2007-04-17
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 かなりの良書です。光文社新書はさりげに良書が多いな。

 アマゾンさんを見ていただければ解るように、健康食品や科学報道におけるマスメディアの問題点を指摘した本ですね。
 世にはびこる健康情報に対し、常に信頼のおける資料にあたる姿勢を貫いているあたり偉い。これには著者が、農芸化学の専門的訓練を積んでいることも大きいのでしょう。

 何事も黒か白かで割り切ろうとする姿勢に異議を唱え、メディアの警鐘報道や添加物叩きに懐疑の目を向け、いわゆる自然志向、無農薬志向は必ずしも良いものではないと冷静に判断する著者の姿勢には、大いに学ぶものがあります。
 また、「あるある」捏造事件に際し、自分たちが行った安易な報道を棚に上げてバッシングに走った人々を告発するくだりには、行き場のない憤りが感じられます。

 非常にバランスがとれた記述を行っており、この種の批判本では出色の出来。特に、科学的に慎重な立場を取り「まとも」な事を書く科学ライターは食っていけないという部分には、ハッとさせられました。

 ただ、ちょっと気になったのがマスメディアの報道の扱い。
 著者の意見にはほぼ全面的に賛同しますし、偏向報道は問題だらけでしょう。
 ですが、発信という行為は、受け手がなければ成り立たないのです。丁寧で科学的な報道でなく、センセーショナルで受け入れやすい番組ばかりがもてはやされる傾向にも一考の余地はありましょう。
 一次資料や事実に真摯にあたる良心的な番組でなく、解りやすくお手軽な報道ばかりが歓迎される風潮もまた問題なのかもしれません。

 付け加えれば、本書を読んだ上で、マスコミを安易に「マスゴミ」呼ばわりするようでは、読んだ意味はありません。その場合、冷静に情報の真贋を判断し、信頼できる資料にあたろうとしないという意味では、本書で批判されている対象と何ら変わるところは無いのですから。
 大切なのは、正確な情報を手に入れるようつとめ、筋道立てて思考し、その思考を批判的に検討することなのでしょう。凡庸に聞こえますが、これが意外なほど難しいのは皆様ご存じの通りです。私自身も心がけないと。

投稿者: 日時: 21:14 | | コメント (0) | トラックバック (0)

070525の読書日記

 ブックオフで発見した『バーニーよ銃をとれ』が面白すぎてたまりません。

 あらすじは

 ローン地獄に悩む平凡なサラリーマン、バーニー。彼は二万ドルを安全確実に手に入れる計画を立案し、同じくローンに悩む二人の友人を引き込んだ。
 計画は首尾よく進み、バーニーたちの手元には無事二万ドルが転がり込む。だが、その金の真の持ち主が問題だった。名はリポル。カリブ海の島国の元独裁者であり、残虐非道で知られた男。彼が擁するのは、24人のプロフェッショナルからなる私設団体。遅かれ早かれ、リポルの手勢がバーニー達を襲うだろう。
 彼らに対抗すべく、バーニーは百戦錬磨の元軍曹を雇い即席の訓練を開始した。猶予はわずか一週間……


 といった調子。

 知力体力共に平々凡々なアマチュア3人 vs プロ中のプロ24人という構図だけで素晴らしい。圧倒的に強力な敵、素人を鍛える鬼軍曹、徐々に腕を上げる素人たちといった構図は、名作『パイナップル・アーミー』を思い出させます(出版は本書の方が遙かに先ですが)。
 登場人物たちはどことなくユーモラスであり、重苦しさはありません。良い意味で全篇を貫くドタバタ劇的な空気が最大の魅力でしょう。展開もスピード感に溢れており、一気に読んでしまいます。いわゆる徹夜本ですね。
 
 作者トニー・ケンリックは1970年代から80年代にかけて活躍しました。代表作に『スカイジャック』があります。
 1980年代後半からはシリアスなサスペンスへと活躍の場を移してしまったものの、その本領は本書のようなユーモア・ミステリーにありましょう。
 

●今日の本棚

佐藤優書店、開店

 ジュンク堂名物、作家書店が明日5/25より開店の模様です。今回の店主は佐藤優
 ページ下部には推薦書籍へのリンクが既にありますね。思想宗教中心なのは納得。
 トークセッションは既に満員のようですが、知らなかった本との出会いを求めて足を運ぶのも一興かと。私も行ってみよう。

投稿者: 日時: 22:05 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「ずっとお城で暮らしてる」

ずっとお城で暮らしてるずっとお城で暮らしてる
シャーリイ ジャクスン Shirley Jackson 山下 義之

学習研究社 1994-12
売り上げランキング : 133704

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 お茶でもいかがとコニーの誘い
 毒入りなのねとメリキャット……


 モダンホラーの女王シャーリィ・ジャクスンによる傑作。
 狂気を宿した女性を書かせればホラー界随一のシャーリィ・ジャクスンですが、本作はその筆がなお一層冴え渡っております。
 旧家ブラックウッド家の次女、メリキャット。村人たちから忌み嫌われる彼女が狂気を深め、ついには怪へと至る流れは最早名人芸です。名作『山荘綺談』も同趣向ですね。もっとも、本書には超自然的な要素は何一つありません。だからこそ怖い。

『ずっとお城で暮らしてる』の主舞台となる「お城」、即ちブラックウッド邸とそれを取り巻く環境は、客観的に見れば陰鬱な狂気の世界です。ですが、語り手たる狂女メリキャットにしてみれば、「お城」は夾雑物が一切入り込まない、入り込んではならない至福の閉鎖世界。そこに土足で入り込んでくる村人や従兄弟こそが排斥されるべきなのかもしれません。

 シャーリィ・ジャクスンの筆は冴えに冴えており、読み進める内にメリキャットの願う閉ざされて狂った世界が蠱惑的に感じられてきます。村人たちの陰湿ないじめのせいもあり、メリキャットの世界こそが正しく思えてくるかもしれません。事実、作品全体のトーンは奇妙な幸福感と明るさに包まれています。最後の一文は見事という他ない。

 古書店ではやや高めですが、新古書店やヤフオクで容易に手に入ります。
 お勧め。

●WEB拍手レス

自分は田中ロミオ大好きっこですが、神樹はあまり……でも、雰囲気とかは尿漏らしそうになるくらい好き。マヨイガー。マヨイガー。人造人間マヨイガー(勢いだけで生きてます)。
あと、陰陽座大人気だな、オイ。伝奇好き御用達。組曲・黒塚とか好き。あと妖花忍法帖と甲賀忍法帖は普通に好き。
無駄な事話しました。伝奇関係ねぇけど、ロミオ作品だと最果てのイマとかヤスさん好きそうかなぁと思う。ただ、俺のエロゲNo.1はCROSS†CHANNELだけど。

 明確に雰囲気作品ですからのう。だがそれがいい。
 最果てのイマもやってないですね。やらないと。

こんばんは。不躾ですが、庵主殿の影響で三津田信三氏の作品を読んでみようと思い至りました。もしよろしければ、読み初めにオススメの作品などありましたらご教授願えないでしょうか。全作品が未読なので『首無の如き祟るもの』を読むには少し不安があるのです。

 こんばんは。それでしたら『~もの』シリーズ第一作である『厭魅の如き憑くもの』がよろしいかと。首無に比べると文章は読みにくいものの、ホラーミステリとして高いレベルにある良作です。
 また、講談社ノベルズから純粋なホラーが数作出ています。ただ、それらは入手が少し困難かもしれません。ブックオフ型の新古書店を探すと見つかりやすいかと。

そういえば藤田和日郎先生の『邪眼は月輪に飛ぶ』はお読みになられましたでしょうか?
実にすばらしい『御伽噺』ですので、未読でしたら是非。

 連載時から読んでおりました。
 全編に渡り隙のない名作ですね、あれは。

どうも、稲生です。「神樹」は未プレイですが、人づてに泉鏡花的という評価を聞いていたので、是非ともヤス様の評価を聞きたいところです。
あとスレにあった「AYAME」もかなり素敵そうですわ。こういう物憂げで官能的な雰囲気も伝奇モノには合いそうな気がします。

 まだ途中ですが、文章と雰囲気は絶品です。山中孤界の怪異譚ということもあり、確かに鏡花的ですね。
 AYAMEは隠れた良作ですので是非プレイを。やや舌足らずな所もありますが、土俗的な湿度と古典的な品の良さを両立させたヒロイン、世界観は必見です。

投稿者: 日時: 21:39 | | コメント (0) | トラックバック (1)

読書録「首無の如き祟るもの」

首無の如き祟るもの首無の如き祟るもの
三津田 信三

原書房 2007-04
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 文句なしの傑作

 舞台は奥多摩の孤村、媛首村。村を支配するのは古き血族・秘守一族。戦中戦後という時代背景、田舎の村、旧家の一族という舞台装置から想像される通り、因習、怨恨、伝承がてんこ盛り。秘守一族間の呪術合戦、媛首村に伝わる祟り神・淡首様、正体不明の怪物・首無と、横溝的なキーワードがこれでもかこれでもかと繰り出されます。これらの描写では三津田信三得意のホラー描写が冴え渡っており、たまらない雰囲気を醸し出しております。

 とはいえ、あくまで本作はミステリです。事件部にも手抜きはありません。首無し屍体が戦中戦後の事件共にゴロゴロ転がり、それらの事件はいずれも三重四重の密室状況、関係者は皆アリバイがあるという大盤振る舞い。いわゆる「本格」ファンには垂涎ものかと。

 そして終盤。残りのページ数で山と積まれた伏線を消化できるのかと心配だったのですが、杞憂でした。目から鱗でしたよ。作中で探偵役が述べるように、ある一つの事実に気付くことであらゆる謎が消失するカタルシス。この解決には、優れたミステリ特有の、現実をぐるりと反転させてしまうような心地よさがあります。
 事件は解決したと思わせておいて、さらに二転三転する構成も心憎い。ミステリとホラーを融合させた解決部は見事です。

 世界設定や登場人物の一部は『厭魅の如き憑くもの』、『凶鳥の如き忌むもの』を引き継いでいるものの、関連性は薄く独立した作品として読むことが出来ます。

 文章は読みやすいですね。また、登場人物たちのアリバイや状況を一覧として纏めていることが可読性を高めています。伏線の配置、語り=騙りの手法、仕込みの上手さと、どれをとっても一級の作品。おそらく2007年ベスト級でしょう。

 繰り返しますが、紛れもない傑作。必読です。


●WEB拍手レス

クマムシの存在を初めて知ったのはゲノムでした。すげえや、ちゃんと学習漫画している! ゲノム=学習漫画!

 確かに学習漫画ですが、あれをそう呼んでいいのだろうかという疑問が……

投稿者: 日時: 10:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「クマムシ?!――小さな怪物」

クマムシ?!―小さな怪物クマムシ?!―小さな怪物
鈴木 忠

岩波書店 2006-08
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 クマムシをご存じの方は多いでしょう。乾眠状態ならば極低温や放射能、果ては宇宙線にまで耐え、百年単位で生存するとされる微生物です。
 分類的には緩歩動物門に属するこの動物、名のみ高くして体系的な紹介には恵まれてきませんでした。本書は、おそらく日本唯一のクマムシ専門書です。

 クマムシとは何か、から始まって、クマムシの分類学上の位置、その生活史などが丁寧に述べられていきます。オニクマムシの飼育を確立するまでの記述は試行錯誤が伝わってくるようで、生物を飼うことが好きな方は共感できるのではないでしょうか。
 出色はクマムシ研究の歴史を概観する第3章でしょう。この章で、著者は冒頭に述べたようなクマムシ不死伝説を文献的に追求しています。18世紀の古書から現代の論文までを通して、伝説を検証してゆく過程は小著ながらもなかなかにスリリング。出典となる文献が一々記されており、著者の学問的誠実さが伺えます。

 結論としては「一部のクマムシは乾眠状態となり環境に対して大きな抵抗力を持つことが出来る。ただし、これは抵抗できるというだけであり、乾眠状態から復した後、通常の生活を送ることが出来るとは限らない」というところでしょうか。乾眠状態では体内のグルコースをトレハロースに作り替えるという過程も興味深い。
 なお、クマムシ発見当時の観察図などの貴重な図版も多数収録されています。当時の細密図は矢張り美しい。

 軽快でユーモラスな筆致も好印象。無難すぎる、軽すぎるといった批判もあるでしょうが、一般にアピールする意図もあるならこちらの方が正解かと。
 一時期話題となった本でもあるので、少し大型の書店なら置いてあると思います。是非ご一読を。

<関連リンク>
岩波科学ライブラリ一覧
Wikipediaよりクマムシ
クマムシゲノムプロジェクト

●WEB拍手レス

そういえばブログ2周年、おめでとう御座います。アリスの頃からを考えると、もっとですが、なんにせよ目出度いです。これからも怪奇幻想なブログを楽しませていただきます。

 有り難うございます。
 もう2年か……早いものですね。趣味全開の当庵ですが、今後もよろしくお願いいたします。

連休中にアウレオールスの夜を読み返してみたり。
そういえば型月作品とSIRENのクロスって見かけませんね。
バトル物じゃなくても良いのですが
ED後の須田恭矢ならまともに戦力としていけそうですし。
アウレオールスの夜に出たり……はしないですかね?

 最近はめっきり更新が遅れており申し訳ありません。もっと書かないとなあ。
 SIRENはありそうで無いですね。そういえば零シリーズとのクロスも見ないな。
 出す予定は……今のところないです、はい。

投稿者: 日時: 17:16 | | コメント (0) | トラックバック (1)

読書録「苦悩のオレンジ、狂気のブルー」

苦悩のオレンジ、狂気のブルー苦悩のオレンジ、狂気のブルー
デイヴィッド マレル David Morrell 定木 大介

柏艪舎 2005-08
売り上げランキング : 135068

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 デイヴッド・マレルといえば『ランボー』の原作『一人だけの軍隊』をはじめとする冒険小説の書き手として有名です。ですが、ダークサスペンスやホラーの名手でもあることは案外知られていません。

 それらの作品群は、定期的に『ナイト・フライヤー』のようなモダンホラー系アンソロジーや雑誌に収録されていたものの、まとまった形にはなっていませんでした。本書は、マレルが三十年に渡り書き綴ってきた中短篇を収録した作品集です。

 収録されているのは全十六作品。エッセイである二作を除けば、残りは全てサスペンスかホラーのどちらかです。

 発売当時各地で絶賛されただけあり、収録作品はどれも外れ無し。マレルは長篇においても物語の構成が大変に上手いのですが、短篇になるとそれがさらに際立ちます。初期の作品こそシニカルすぎて少々胃にもたれますが、中期後期の端整な叙情性とでもいうべき世界は本当に魅力的。そのうえ、背筋や胃に残留する恐怖は増す一方なのですからもうたまりません。

 表題作『苦悩のオレンジ、狂気のブルー』が集中ベストでしょう。『ナイト・フライヤー』の隠れ看板的な作品でもありましたが、改訳によってさらに読みやすくなっております。タイトルの響きもいいなあ。

 550ページ近いボリュームでこのお値段というのも素晴らしい。翻訳も良質であり、大変優れた中短篇集であると思います。短編小説やホラー、サスペンスが好きな方は是非ともお手にとってみてください。

投稿者: 日時: 21:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「宗教からよむ「アメリカ」」

 そういえば最近本について書いていない。
 というわけで。

宗教からよむ「アメリカ」宗教からよむ「アメリカ」
森 孝一

講談社 1996-03
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 いかなる社会にも固有の内在論理が存在します。本邦でも諸外国でも例外では有り得ません。その論理は解りやすい形で表に出ているかも知れず、社会の奥底にひっそりと在りながら影響を与え続けているかも知れません。

 そして、米国の持つ内在論理を、キリスト教の観点から解説したのが本書です。
 著者の主張を要約するならば

・アメリカ社会の内在論理は「見えざる国教」である。
・「見えざる国教」とは、過去を共有していないことから生じる、統一的な未来像である。
・その未来像とは、個々人の思想信教の自由を肯定し各人が自由平等幸福を追求出来ると同時に、宗教的に基礎付けられた明確な政治体制を築き上げることである
・だが現在、「見えざる国教」は現実の政治体制との矛盾から危機に瀕しており、アメリカ国内での様々な対立を生んでいる。

 ということになりましょうか。
 米国の政教分離とはいかなるものかから説き起こし、「見えざる国教」とセクト的宗教やファンダメンタリズムとの関係までを論じる著者の筆は高い説得力を有しています。特に大統領就任式が礼拝であることを示すくだりは見事。米国が本質的には宗教国家であることが良く解ります。
 元々が論文だけあって、文章の流れは論理的。読み易いです。

 出版は1996年、クリントン政権時代ですね。ブッシュ政権になって米国が宗教的にどのように変わったか、著者には是非とも書いて欲しい所。
 総じて良質であり、米国文化を理解するには必携と言える一冊。大学によっては教科書として使われているようですね。
 持っていて損無しです。

 最後に、「見えざる国教」が正しいか否かは横に置いておくとして、私たちが問うべきは一つでしょう。
 即ち、私たちが持つ内在論理とは如何なるものなのか? そもそもそのようなものは存在しているのか?
 考え続けなければいけない問題のように思います。


●WEB拍手レス

Ever17はネタバレ厳禁ゲームですので
2ちゃんのスレ、考察系には完全攻略するまで
御覧なさらないよう!
いや、ほんとマジで。

 どこを見ても「ネタバレ厳禁」とあるので情報はシャットアウトしています。
 楽しみだ。

Q38です。いつも楽しませてもらってます。
「H.P.ラブクラフトの脳のSAN値を下げるヴォイニッチ手稿DS」狂うほどやりたいすね!
「トンパ文字DS」とかは普通に発売されそうですね。

 ここはもういっそネクロノミコンDSをですね。

おにがみ です。
いいな と感じるお話しをありがとうございました。
何がどう『いい』のか いまいち自分の言葉で表しにくいのですが、そのように感じました。あえて言葉にすると・・・やめた。『いい ものは いい』でいいか。
ただ、絵でも見てみたい話しだったかも。

 有り難うございます。
 残念ながら私は絵心絶無なのですよ……もう全然ダメ。
 絵を描ける人はそれだけで尊敬してしまいますね。

侍VS西部劇っていうとサムライウェスタンを思い出す。
タイトルからして胡散臭さ爆発のゲームでしたが、まぁ、タイトルくらいの面白さでした。

それから沙耶の唄について。
……確かに嘘は言ってない。ただ、見せてはいけないところまで見せたって感じか?
なんにしても、その悪質さとコンビネーションの凄さに俺が泣いた(二つの意味で)。

 EAST MEETS WESTという映画がありましたな。菊地先生にウェスタン武芸帖という作品もあったなあ……。
 矢張り永遠のロマンなのですよ、多分。

投稿者: 日時: 17:43 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「世界史の誕生」

世界史の誕生世界史の誕生
岡田 英弘

筑摩書房 1999-08
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 私達は「世界史」という言葉に何をイメージするでしょうか。
 各人によって詳細は異なりましょうが、古代から現代まで起こった出来事を、世界各地別に時間軸に沿って記述したもの、という理解が一般なように思います。近代史ともなりますといわゆる「歴史観」が錯綜し混乱してきますが、20世紀直前までならば、ある程度のイメージは共有できるのではないでしょうか。

 しかし、本書は漠然とした「世界史」のイメージを容赦なく、徹底的に破壊します。
 本書の主張は要約すれば「モンゴル帝国が出来上がり、ユーラシア大陸が東西に繋がるまで世界史は存在しなかった」となりましょうか。

 著者は、歴史を、ヘロドトスの「ヒストリア」から始まる地中海型と、司馬遷の「史記」から始まる中国型にと区別し、他国にある歴史は、これらの模倣や流入に過ぎないと断言します。
 前者は各国の興亡を描き、アジア圏を敵と見なした西ヨーロッパ中心史観であり、後者は、世界とは皇帝を中心とした宇宙であるとする中華史観。そして、これら二つの史観は全く相容れないものであるため、現代に至るまで世界の統一的な歴史を記すということは実質不可能になっているとします。

 これを解決する手段として著者が提示するのが、中央ユーラシアを主題とした歴史の記述です。
 さらに著者は記します。チンギス・ハーン率いるモンゴル帝国は、ユーラシア大陸全土を征服し民族や国家の滅亡、移動をもたらしたことによって、草原の道によって東と西を繋いだ。これによって、ユーラシア大陸の東で起きた出来事がただちに西に影響を及ぼすようになった。逆もまたしかりであり、言い換えれば、モンゴル帝国によって、はじめて洋の東西に共通した世界史が生まれたのだと。

 私は不勉強にして、著者の論がどれほど説得力を持つものか判断することは出来ません。ただ、自らの説を示すための多彩な知識に基づいた論証は、かなりの説得力を持つように思います。史学は無論のこと、言語学、地理学、人類学など、多種多様な学問を活かして論を進めており、著者の博覧強記ぶりを眺めるだけでも知的刺激になることは間違いありません。

 構成は整っていますが、情報量は凄まじい密度であり、手応えがあります。一行一行に重要な情報が詰め込まれているため、じっくり丁寧に読んだ方がいいでしょう。

 牽強付会な点(特にトルコをモンゴル帝国の継承国家としたこと)や中国への強烈な蔑視が気になりますが、全体としては刺激的で興味深い論考です。世界史や人類史に興味のある方には必読かと。


<関連リンク>

松岡正剛の千夜千冊『日本史の誕生』岡田英弘

●WEB拍手レス

 いただきました。有り難うございました(私信)。

投稿者: 日時: 23:34 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「本を読む本」

本を読む本本を読む本
モーティマー・J. アドラー C.V. ドーレン Mortimer J. Adler

講談社 1997-10
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 世に読書法を説いた本は山とあります。
 古典的なものに絞っても、加藤周一の『読書術』、個人的に大きな影響を受けた三木清『読書と人生』、『私の読書法』……枚挙に暇がありません。書店にいって少し棚を眺めれば、関連書はそれこそ山と見つかるでしょう。

 山とある以上、それらが玉石混淆であることは必然。そして、玉に属する一冊が本書です。原書は1940年から幾度となく改訂を重ねているというのだから古い。邦訳は1978年に行われ、今では講談社学術文庫に入っています。

 本書の特徴は、その徹底的な実用性にあります。読書を、初級読書、点検読書、分析読書、シントピカル読書の四段階に分類し、それぞれについて、いかなる方法で読書を行うか手取り足取りガイド付きで教えてくれます。例えば、本の概要を掴む「点検読書」では目次の読み方から始まり、1:どんな種類の本か、2:全体として何を言おうとしているのか、3:どのような構成で概念と知識が展開されているか書き留めておけと指示するほどの親切さ。

 実の所、この種の親切さは類書にはあまり見られません。多かれ少なかれ、「読むための方法」を論じながらも精神論が入り込んでしまうものです。読書法というものは個々人の資質によって大きく変わらざるを得ず(極端な話、一読して全てを覚えられる人に読書法は不要でしょう)、それゆえに唯一の解が無い以上、当然かもしれません。
 ですが、その結果として、具体的な読書手順は身に付きにくくなってしまっているように思います。マニュアル的との批判もなさえれましょうが、まずは方法論を身につけるのが一番大事だというのもまた事実。文学の読み方にも一章が裂かれていることですし、本好きな方には是非とも手にとっていただきたい一冊です。

 私自身も読書術の必要性を感じ、最近は本書、三色ボールペン法、そして佐藤優方式を組み合わせた読書法を実践してみています。今の所かなりの好感触であり、そのうちに体系化してみようかと。
 最終的には、自分にあった手段を造り出さなければいけませんしね。


●WEB拍手レス

 是非ともお願いします(私信)。

投稿者: 日時: 23:08 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:千里の道も一歩から――「世界がわかる宗教社会学入門」

世界がわかる宗教社会学入門世界がわかる宗教社会学入門
橋爪 大三郎

筑摩書房 2006-05
売り上げランキング : 105346

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 myamadakgの文献メモで存在を知り、早速購入。
 期待以上の良書でした。後書きによると、9.11の頃はかなり売れたようで、読まれた方もかなりいらっしゃるのではないでしょうか。

それぞれの宗教は発想が違う。ロジックがまるで異なる。そこを理解できれば、目的は達したようなものである。(p. 283)

 とある通り、「宗教社会学とは何か」から始まり、ユダヤキリスト教、宗教改革、イスラーム、仏教、儒教、尊皇攘夷と、各宗教のロジックについて解説しています。

 元々は大学での講義だっただけあり、叙述は簡にして要を得ています。一つ一つの宗教に裂かれているページ数は20-30というところですが、情報密度は大変に高い。
 例えば、イエスがユダヤ教徒エッセネ派であったと思われる理由、イエス存命当時の社会的状況、ユダヤキリスト教における預言者の機能など、それだけで本が一冊書ける内容が数ページに詰め込まれています。平明な文体に惑わされて気を抜くと、大事な情報を見落としかねません。

 著者が指摘しているように、私たちは兎角宗教を軽視しがちです。まずはその姿勢を改め、各宗教、各社会が有する論理を理解することが大事なのでしょう。昨今の国際情勢を考えれば、宗教なんて知らないよと嘯いていられないのは自明の理です。

 入門書という性格上、宗教学や社会学をある程度学んでいる方には今更と思われる内容が多いかもしれません。とはいうものの、私には大変勉強になりました。知っているつもり、というのは何につけても多いものですしね。

 お勧めです。

●WEB拍手レス

どうも、稲生です。
少し遅いですが、なのは繋がりでこちらも……
METAL GEAR なのは
実に、男らしい、アニメ映画ですねこれは。

 これは素晴らしかったですね。台詞が合いすぎ。
 ニコニコ動画によってMADが色々と再発掘されているようで、有り難い限りです。

投稿者: 日時: 21:53 | | コメント (0) | トラックバック (0)

070212の読書

 実用書+αで二冊ほど。

原稿用紙10枚を書く力』(齋藤孝/大和書房)

 三色ボールペンで名前が売れた齋藤孝による、文章の構成の仕方教授本。
 齋藤孝は本を粗製濫造しすぎなのですが、文章構成方法と文体の手に入れ方という点に限って言えば本書は有益です。

 といいますのも、原稿用紙10枚程度の短文の組み立て方に絞って解説しているからですね。
「テーマを決めて、キーフレーズを三つ見つけ、論理を通せ」という主張は単純であるだけに、実効性は高い。レポートや論文を書くことに馴れている方には今更でしょうが、はじめに読む分には大変良いかと。ありがちなレポートの書き方本より有用です。名著『理科系の作文技術』と併読すると良さそう。

 SSを書く上での参考にもなりますね。いかなる文章も最後は骨格ですから。


日米開戦の真実 大川周明著『米英東亜侵略史』を読み解く』(佐藤優/小学館)

 毀誉褒貶の激しい大川周明の代表的著作の復刻+佐藤優による注釈+佐藤優による今後の日本の進むべき道論。

 英米との開戦に至る論理を明晰に語っており、興味深い内容です。思想内容や論理に賛否はありましょうが、大川周明が当時一級の知識人であったことは間違いありません。その彼の主著(今迄入手困難でした)を注釈付きで読み込むことは、思考を鍛える上でも有益です。
 なお、内容が内容だけに、批判的な読みが必要なのは言うまでもありません。
 本書に限ったことではありませんが、唯一解の無い文章に触れる場合、理解した上でクリティカルに読む技術は必須です。

 ただ、留意点が一つ。
 本書の二章と四章、それに序章は佐藤優の論が展開されています。佐藤はおそろしく鋭敏な頭脳の持ち主であり、発表する媒体や出版社によって論調を変えている節があります(『獄中記』と本書、それに『ナショナリズムという迷宮』あたりを読み比べてみれば一目瞭然でしょう)。その上で己の主徴を首尾一貫させているあたりが凡手ではないのですが、それは余談。
 本書においてはその傾向が顕著であり、本論から外れた箇所において妙に威勢の良い意見が見られます。おそらく、かなり計算して書かれていると思われます。

 そのためか、amazonのレビューやネット上の書評では本書を元に「東京裁判史観」や「自虐史観」を攻撃している論が散見されます。それらの論の当否はともかく、安易な即断は大川にとっても佐藤にとっても本意ではないだろうということだけは心に留め置く必要がありそうです。

投稿者: 日時: 23:21 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:中東理解への歩み――「イスラーム主義とは何か」

イスラーム主義とは何かイスラーム主義とは何か
大塚 和夫

岩波書店 2004-04
売り上げランキング : 114567

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 良書です。新書のイスラーム本では、『イスラームとは何か―その宗教・社会・文化』と本書がベストじゃないかな。

 一般に、中東各国における過激な運動は、「イスラーム原理主義」という言葉で一くくりにされがちです。著者はこの単純な理解を強く批判し、「イスラーム主義」と「イスラーム復興」という概念を提示します。前者は、近代化を取り入れながらもあくまでもイスラームに基づく共同体を構築しようとする試みのこと。対して後者は、イスラームの伝統的な文化の復興を示します。イスラーム主義は政治的活動、イスラーム復興は文化的活動といえましょう。

 本書は五章構成になっており、一章から三章では、十八世紀から二十世紀前半におけるイスラーム共同体内部の改革運動を概観し、それらが二十世紀後半からのイスラーム主義運動へと受け継がれていることが示されます。
 四章ではイスラーム復興について述べ、五章ではそれまで個別に論じてきた運動に対して総合的な分析をくわえています。
 章の構成と論述の進め方は丁寧であり解りやすい。新書という制約あるサイズで、これほど整った論を書ける方はなかなかいません。索引も充実しており、著者の学問的誠実が窺い知れます。

 これらの章を通じて著者が提起するのは、近代化=西洋化という「常識」への疑義です。欧米的西洋化の他にも多様な「近代」が存在し、さらにイスラーム内部においても独自の「イスラーム的近代」が様々に在るのではないかということです。
 この指摘は実に深く、重いものがあります。一般に私たちは、自分が属しない文化への想像力を失いがちです。友人たちとのグループのようなレベルですら、他グループとの見解の相違に悩まされることはありましょう。地域や国家の単位ならばなおさらです。
 大切なのは実証的な理解であるとの強調は、考えてみれば当然のことだけに重いものがあります。

 イスラームの歴史を学ぶ上でも有用。スンナ派を中心に手堅くまとまっており、特にサウディアラビアについての記述に優れます。教科書的にも利用出来るのではないでしょうか。

 なお、五章後半から終章にかけて、イスラームと近代の関わりを今後いかにして考えてゆくか論じられています。興味深い指摘が多々あるのですが、ページの制約もあったのか詰め込みすぎて理解しにくいものとなってしまっています。他の著書を読んでくれということなのかもしれませんが、もう少し分量がほしかったですね。

 巻末には参考文献が多数。中でも、『民族とナショナリズム』と併読するのがお勧めです。

 最後に印象に残った文章を一つ。

なぜならば、われわれはイスラームという呪文を唱えれば、十三億の同時代人の世界観や行動様式がすべてわかってしまうという幻想にとりつかれているからである。たしかに彼/彼女らは、たとえばキリスト教徒や仏教徒と比較した時には、ムスリムとしての共通性をもつであろう。だからといって、彼/彼女らが常に同じパターンで世界を認識し、同一の行動をとっている、と思い込むのは間違いである。(pp.188-189)

 イスラームに限った話ではありません。
 心に留め置きたいところです。

投稿者: 日時: 21:48 | | コメント (0) | トラックバック (1)

読書録:男たちの矜持――「死にゆく者への祈り」

死にゆく者への祈り死にゆく者への祈り
ジャック・ヒギンズ 井坂 清

早川書房 1984-01
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<あらすじ>

 凍てつく雨の中、鈍い銃声が響いた。脳漿を散らし倒れる犠牲者を、男は無表情に見つめていた。彼の名はマーチン・ファロン。悪魔のように蒼白な面貌をした元IRAの天才ガンマン。
 意に沿う仕事ではなかった。イングランド北部を牛耳るジャック・ミーアンから仕事を請け負ったのも、逃亡用のパスポートと切符のためだけだった。だが、教会の神父であるダコスタに犯行を目撃されていたことから状況は一変する。神父と姪を始末しろというミーアンの要求を、ファロンはあくまで撥ねつけたのだ。業を煮やしたミーアン一味は、ファロンに死の銃口を向けてきた……




鷲は舞い降りた』で有名な冒険小説家、ジャック・ヒギンズの隠れた名作。ヒギンズ自身が最も気に入っていた作品というだけのことはあり、プロット、人物造型、雰囲気、その全てが素晴らしいです。

 基本プロットはまさにあらすじの通りで、強大な組織を率いる帝王と孤高の天才ガンマンの対決といったところ。背景となる街の描写は一部を除いて弱く、ファロン、ミーアン、ダコスタ神父、そしてファロンを追う鬼刑事ミラーといった四人のやり取りに頁の多くが割かれています。

 ファロンの人物造型が本当に魅力的。神学や音楽に通じ、ユーモアを解しながらも冷笑的な態度を崩さない全てに絶望したペシミスト。それでいながら、未だ熱いものを捨てきってはいないという、実に正しい冒険小説の主人公。
 自らを死者と称し、ダコスタ神父が「あの男は、絶えず死神を探し求めているのだよ、アンナ。死神は腕をひろげて歓迎してくれるだろうとね」と評する孤高の気色には一読の価値があります。

 元空挺隊員であり、神に深く帰依しながらも必要とあらば力の行使を辞さない熱血漢ダコスタ神父とファロンのやり取りは、緊迫感を孕みながらも、不器用な男たちの友情という趣があります。融通の利かない性状故に場末の崩壊寸前の教会に飛ばされながらも、強靱な意志、優れた知性、深い慈愛を失わない神父はもう一人の主人公と言えましょう。

 ダコスタ神父の姪、盲目の美女アンナとファロンのロマンスも盛り込まれていますが、扱いはわりと軽め。ファロン、ダコスタ、ミーアン、ミラー。これら四人の強力な個性を持った男たちの物語という印象ばかりが残ります。

 プロットは単純ながらも強力、人物は魅力的、深い余韻を残す終局と、文句なしの冒険アクション。美しく乾いた文章も素晴らしい。大変お勧めです。


●WEB拍手レス

 熱の入った長文をいただいたので少しお待ちを。

投稿者: 日時: 22:30 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:多層化された世界――「獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE 」

獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE
押井 守

角川書店 2002-07
売り上げランキング : 101271

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<あらすじ>

 1969年。学生運動華やかなりし時代。
 高校生活動家、三輪零は機動隊に追われて逃げ込んだ路地裏で恐るべき斬殺死体を目撃する。そこで零が出会ったのは、獣の眸を持つセーラー服の少女だった。
 この邂逅を皮切りに、零の周囲に奇妙な者たちが現れ始める。人が変わった活動家・青木。胡散臭い刑事・後藤田。そして、小夜という名を持つあの少女――やがて零は、否応なく非日常の世界へと巻込まれてゆく。



 凄い
 どこがどうBLOOD THE LAST VAMPIREなのかはともかく、類を見ないノベライズなのは確かです。BLOODの企画協力とはいえ押井やり過ぎ。

 本筋はあってなきが如し。零と仲間たちの異様にリアルな生活描写と、学生運動理論に関連した蘊蓄の奔流が延々続きます。BLOOD(+を含む)という作品群の擁するパーツを個別にまで分解し、一人の学生運動家を主軸として結実させる手腕は流石です。
 高校生三輪零の日常生活、学生運動という日常と融合した(していた)非日常、BLOOD世界という非日常という3つの世界が多層的に絡み合っており、物語の構造には大変魅力的なものがあります。特に最終章「総括」は絶妙。

 押井一流の小気味よい語り口で展開されるペダントリーは健在。特にクライマックスにおける大人二人の衒学的なやり取りは圧巻です。まさか肉食と狩猟文化に関する講義があれほど続くとは。一応伝奇アクションじゃなかったのかBloodは。
 小説と呼ぶか講義と呼ぶべきか迷いますが、押井守以外には書けない作品なのは間違いないかと。

 好みは大変別れるでしょうが、個人的には傑作とみました。文章の魅力とは即ち語り口であるということも実感させてくれます。

 いやあ、読んで良かった。

投稿者: 日時: 21:17 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:廃園に眠る――「ベクシンスキー」

ベクシンスキーベクシンスキー
ズジスワフ・ベクシンスキー

河出書房新社 2005-07-09
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 ポーランドの画狂、ベクシンスキーの唯一の邦訳画集。
 長らく絶版でしたが、昨年復刻されました。私も今になってようやく購入。

 この画集に関しては、私は語るべき言葉を持ちません。黙示録的な風景は病的なまでに暗鬱でありながら、奇妙に人を惹き付けます。
 グーグルのイメージ検索結果を一瞥すれば、言いたいことが解っていただけるかと。

 例えば廃墟が有するある種の暗さ。そのようなものに心惹かれる方ならば、持っておいて損のない画集です。反面、苦手な方はとことん苦手でしょう。ベクシンスキーを扱ったサイトは多いので、一度検索してみると良いと思います。

 なお、現在(2006/12/11)アマゾンさんでは人をなめくさった値段で出品されています。
 出版元のエディシオン・トレヴィルに在庫があるようなのでそちらで購入することをお勧めします。こちらにも記載がありましたが在庫の有無は未確認。


●WEB拍手レス


>皆川博子の美文は見るだけでなく読んだ際の音読の美しさもありますね。久生十蘭や泉鏡花にも勝ると劣らずかと。ところでヤス様は「皆川博子作品精華」はお読みでしょうか。私は値が張るため二の足を踏んでおります。

 作品精華は全て揃えました。
 お値段は確かにそれなりですが、バーゲンブック.jpで在庫処分半額でしたよ。
 在庫僅少のようなので早めの購入をお勧めします。

>おにがみ です。
>本日(というより時間的に前日になりましたが)買ってまいりました。吸血大殲 最終巻ネットで知ってからすぐ家を飛び出しアキバへ行きました。バイトに遅刻しそうになりましたが・・・
>朝 起きてからじっくり読みます。楽しみだなぁ。

 出ていましたねー。私も早く買わないと。
 大殲は矢張り金字塔だと思います。

投稿者: 日時: 19:40 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:狂乱都市の幻想――「伯林蝋人形館」

伯林蝋人形館伯林蝋人形館
皆川 博子

文藝春秋 2006-08
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<あらすじ>

 軍人の道を歩むはずが、ジゴトとなり死の生を送るアルトゥール。ロシアからの亡命者であり、シナリオライターを目指す娘、ナターリャ。ルンペンからナチ党員へと這い上がり未来を掴もうとする男、フーゴー。大富豪となるユダヤ人、ハインリヒ。阿片を常用し、夢と現実の境に生きる人形師、マティアス。カバレットの看板歌手、ツェツィリエ……第一次大戦後、狂乱と喧騒の伯林で六人の男女が織り成す幻想の輪舞曲。


 色々な意味でいつもの皆川博子作品です。

 ミステリとしての体裁をとってはいますが、実際には現実と幻想が絶え間なく交錯する浪漫文芸。
 各章の前半は語り手の独白体、後半は三人称の作者略歴という面白い構成をとっています。独白の内容は相互に関係しながらも細部が異なっており、どこまでが妄想や幻覚で、どこからが真実なのか判然としません。作者略歴を付き合わせてゆくことによって、全体像が少しずつ明らかになります。
 やがて明らかになる真相も、どこか抽象的で曖昧。読了しても謎が解かれたという印象はなく、蜃気楼のようにぼやけた心像だけが残ります。これ、好みが別れる所だろうなあ。

 全編を排他的かつ耽美的な空気が覆っており、熱を持った物憂げさが好きな方にはたまらないのではないでしょうか。ミステリ的興味は弱いため、文章によって構築される世界に浸りたい方に向いています。
 個々の場面には印象的なものが多いですね。蝋人形を演じていた少女が、ギロチンにかけられながら微笑むシーンがお気に入り。

 文章は相変らず驚くべき美しさ。現役の作家でこれほどの美文が書ける人はもう殆どいないのではないでしょうか。
 文筆に興味のある方は、本書に限らず皆川作品は読んで損がないと思います。

●今日の隆慶

花の慶次誕生秘話(WEB拍手より。有り難うございます)

 ……何度読んでも泣ける……


●WEB拍手レス

>どんな格好いいバナナマンだよ。
>「あどでー、うんとでー」なんて言えない。

 下手なこと言ったら斬り殺されそうですよ。
 恐るべし勝新。

>ウチも先日TVが壊れました(ノД`)
>まだPCモニタにコンポネ接続出来たので助かりましが。
>毎年年末は何かと厄月ですよのぅ。

 長年使うといきなり壊れますからねえ……
 年末は何かと厄介ですな。私も早めに対策とらなきゃ。

投稿者: 日時: 21:41 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:天翔る龍――「戦塵外史 野を馳せる風のごとく」

戦塵外史 野を馳せる風のごとく戦塵外史 野を馳せる風のごとく
花田 一三六 廣岡 政樹

ソフトバンククリエイティブ 2006-10-12
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 あらすじについてはアマゾンさんを参照してください。

 物凄い作品です。
 凄いというかひどいというか。褒め言葉としての「ひどい」ですが。
 元々は角川スニーカー文庫で1996年に刊行されています。今年になって、GA文庫で復刊されました。
 冒頭から飛ばしています。
 一応はライトノベルのレーベルだというのに

 国がひとつ、死に瀕していた。
「面白かったな」
 というのが、国の最高権力者アバール大公の感想である(中略)だが、当代の権力者というのは、みな、このような性質の連中だったのだ。

 ですよ。
 紛う事なき時代小説文体。それも隆慶一郎。
 カバー裏の紹介文も

一陣の風のごとく戦場を駆け抜ける赤毛の巨馬。騎乗する男が振るうのは、一スタルト(約3.6メートル)はあろうかという"削り出し"の大槍だ。それに触れた五人の兵士の首が一度に飛ぶ。人間業ではない

だしなあ。この文章見ただけで読みたくなりますよ。

 内容もやっぱり隆慶でした。登場人物は

・全てにおいて規格外な亡国の世継ぎ、ダリウス。豪放磊落、一瞬一瞬を最大限に生きる漢の中の漢。
・その主に仕えるいくさ人な戦士二人。
・気丈でタフで格好良い美女。ダリウスの内縁の妻。
・ダリウスたちに助けられる純真で大胆不敵な亡国の皇女、フィアナ。

 の五人がメイン。他に、覇王の名が相応しい皇帝(ニヤリと笑って『虎は飼えるが龍は飼えぬ』と云ったりする)、食わせ物の強欲商人、文武に長けた切れ者政治家と、魅力的な面子揃い。キャラのやり取りだけでも楽しめます。

 ストーリーは単純です。
 舞台はどこか土俗的な匂いのする架空の大陸。フィアナに請われ、ダリウスたち五人が一国を奪いにかかる武勇伝ですな。
 当然のように一行は大暴れ。戦闘シーンは「ダリウスが槍を振るうと、はたして兵士たちは皆死んだ」の勢い。素晴らしい。こうでなければ。

 作者が後書きで述べているように、若書きであり構成も筆致も荒削りです。玄人の筆とはとても呼べません。
 ですが、無性に面白い。細かいことを気にせずぐいぐいと読ませるパワーがある。物語にとってはある意味一番大事なものを持っていますね。

 ブレイド・オブ・アルカナで隆慶一郎やったらこんな感じなんだろうな。
 時代小説好き、毛色の変わった小説好きにお勧めです 

投稿者: 日時: 21:37 | | コメント (0) | トラックバック (0)

061111の読書

 『これが憲法だ!』を読んでおります。かなりダメのダメダメな朝日新書にあっては、例外的に良書。まあ、長谷部恭男と杉田敦だしなあ。この二人が関わっているなら間違いはないですね。

 対談レベルは大変高いです。正直とっつきにくいほど。
 長谷部本なら『憲法とは何か』、杉田本なら『デモクラシーの論じ方―論争の政治』など、入門書的なものに目を通しておかないと論点が理解しにくいかもしれません。

 対談なのに馴れ合い的な印象が薄いのもいいなあ。杉田の突っ込みはかなり容赦なく、長谷部の論理に鋭く切り込んでいます。
 ページ数が少ないせいでかなり駆け足になっているのが残念。
 出来ればハードカバーで読みたかった。


●今日のZ級ホラー

『プレスリーvsミイラ男』公式サイト赤兜

 公開されるのかこれ!
 見たいような見たくないような……うーん……

●WEB拍手レス

>「マーベル・ゾンビ」という本をご存知でしょうか?アメコミのヒーローやヴィラン達がT-ウィルスの様な物に感染してゾンビ化(!)して人間たちを食いまくるという悪夢の様な本です。
>そして今度アメリカでその世界で人間たちが滅んだ後で「死霊のはらわた」の主人公のアッシュがその世界に現れてゾンビたちと戦うという悪夢すら軽く凌駕した作品が発売されるそうです。
>「マーヴル・ゾンビーズ」を生んだ作者、ロバート・カークマンはもちろん『キャプテン・スーパーマーケット』の大ファン。
>とある情報サイトによるとースーパーヒーローやスーパーヴィランたちが謎の伝染病のせいで一律ゾンビになった世界。生者を襲って肉をむさぼり、同士をも喰らう恐ろしいアンデッドになったにも関わらず、彼らはまだスーパーパワーを持っている…。そこに時空を超えてたどり着いたチェーンソー&ショットガンのゾンビキラーとの攻防やいかに!?ー
>なんか知らないがマーベル社は本気だ。

 おお、タイトルすら知りませんでした。情報有り難うございます。
 話をきくだけで凄い内容だ……気になるなあ……
 アメコミに詳しい友人知人にあたってみます。

>マーケットプレイスの価格が時々ありえないのは判ります。以前「ブレインデッド」が10万円なんてのがありましたし。……それにしても「アタック・オブ・ザ・キラートマト」がDVD化するんだったらこれも再販してほしいですねえ。

 ミミズバーガー、キラートマトに続き、今度は悪魔のいけにえが再DVD化されるらしいですな。ブレインデッドにも期待しましょう。

投稿者: 日時: 20:32 | | コメント (0) | トラックバック (0)

061102の読書

 ウィルマ・ジョージの『動物と地図』が面白すぎて読みふけっています。

 動物の生態・分布に重点を置いた地理学、即ち動物地理学に関する本なのですが、ただの学術書とは一味違う。
 古代から近代の世界地図には多くの動物が描かれています。従来は未知地域の穴埋めと目され無視されてきました。しかし、著者はこれらの動物図が、実際の動物相を反映していると主張し、丁寧な検証でそれを裏付けてゆきます。

 中世の地図におけるゾウの描写は、古代のそれより遙かに不正確だったなど、興味深い記述も多く、読み応えあり。
 ユニコーン=サイ説を、動物地理学の観点から反駁するあたりは面目躍如ですね。

 原著の刊行は1960年代ですが、内容は古びていません。訳文はこなれていませんが、原文はラテン語や古英語満載ということを考えると仕方ないところでしょう。なお、人名、動物名、事項名それぞれに索引があります。素晴らしい。

 絶版のようですが、古書店で容易に入手できると思います。
 お勧め

投稿者: 日時: 21:20 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:幻想の系譜――「単一民族神話の起源」

単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜
小熊 英二

新曜社 1995-07
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「異なるものと共存するのに神話は必要ない。必要なものは、少しばかりの強さと、叡智である」


 大日本帝国時代から現在にかけて、日本人起原論が如何にして誕生し、どのように変遷してきたかを丁寧に検証した労作。
 明治維新から太平洋戦争時までは、日本混合民族論が主流であり、敗戦を経てそれまで傍流だった単一民族起源論が隆盛となる過程を綿密に解きほぐしています。また、混合民族論が台湾や朝鮮への同化政策も混合民族論の流れの上にあったことが記されており、当時の思想の背景を知る上でも示唆に富みます。

 全体的に大変丁寧な仕事をしています。戦前から戦後にかけての多様な言説を収集し、安易な価値判断や偏向を排した議論を展開しているあたりは敬服の他有りません。これぞ良い意味での学者の仕事。

 要所要所の指摘も鋭く、耳を傾けるに値するものが多いです。
 中でも

日本に限らず、ほとんどの国民国家は、自分たちの起原の神話をつくっている。だが、多くの神話の雄大さとは裏腹に、神話を求める心理の背景にあるものは現在からの逃避である

 という言葉は肝に銘ずべきでしょう。

 結論の章における抑制のきいたメッセージは感動的ですらあります。
 歴史的名著。
 絶対のお勧めです。


●WEB拍手レス

>バッチグー。>振り仮名

 いや良かった。
 ご指摘有り難うございました。

>宵闇眩燈草紙七巻発売。……完結しましたなぁ。
>一番の問題は、六巻買ってなかったってこと。いつ出たんだ?
>というわけで、注文してきました。あぁ……早くデブで吸血鬼で幽玄道士なあの人の活躍をしっかり見たい。

 出ましたねえ。私も早く買ってこないと。
 宵闇は矢張り良い作品ですね。大好きですよ。

>まさかここでショゴスが現れるとは。地下から登場というモンスター映画のような展開がなんともたまりません。思わずグラボイズやチャドみたいな類のが出てくるのではと勘ぐるほど。この窮地をいかに乗り切るか、楽しみにしております。しかし妙法蟲聲經義疏……ここで黒い仏の名前を目にするとは。

 モンスターは地下から出るのがお約束ですし。あとチャドいいですよねチャド。
 妙法蟲聲經義疏は……まあ、お約束として。

投稿者: 日時: 23:08 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:記憶と時間の迷路――「月光とアムネジア」

月光とアムネジア月光とアムネジア
牧野 修

早川書房 2006-08
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<あらすじ>

 “レーテ”。それは、入り込んだ者の記憶を三時間毎にリセットし、重篤な認知障害を引き起こす特殊な空間である。60年間謎であり続けた伝説的殺人者、町田月光夜が“レーテ”に入り込んだのだ。県警と犯罪組織の命を受け、捜査部隊は月光夜を追って“レーテ”に進入する。そこで彼らを待っていたのは、謎の少女をはじめとする数々の怪奇現象だった……




 牧野修ならではの作品。
 一見するとサスペンスですが、“レーテ”という奇妙な現象、“レーテ”内に存在する独特の生物群、終盤に炸裂する超絶論理など、性質的には幻想SFに近いものがあります。解説にある通り、作者得意の博物誌的SFとも言えますね。
 
 独自の用語や難解な設定が散見され、語るのが困難な作品です。ただ、「三時間ごとに記憶がリセットされる」という設定を物語の根幹と関わらせているのは流石。数々のガジェットとストーリーが有機的に結びついており、完成度は高いですね。また、終盤のサスペンスには手に汗握るものがあります。

 癖の強い用語や文体も良し。このあたり、さすが牧野修と言えましょうか。
 余談ですが、腐り姫やクロスチャネル系のギミックを有したノベルを上手く小説にするとこの作品のようになるのかもと思いました。そういう意味でも参考になりそう。

 しかしタイトルがいいなあ。『月光とアムネジア』。この響きだけで売れますよ。


<関連書籍>
稲生平太郎『アムネジア』
菊地秀行『風の名はアムネジア』(『インベーダー・ストリート』に収録)


●WEB拍手レス

>私も「東方の快男児」読みました、濃いお話でしたね、少佐とかもろ好みです(笑)列車を変形させたり、クトゥルー系の話に出てくる人を出したりと最高な作品でした、小説版とか出ませんかね?

 いや、少佐は最高でしたね。あの口調に大笑い。
 小説は出て欲しいなあ……

投稿者: 日時: 20:57 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:快男児、欧州を駆ける――「ダブルクロス・リプレイ・トワイライト 東邦の快男児」

ダブルクロス・リプレイ・トワイライト 東邦の快男児ダブルクロス・リプレイ・トワイライト 東邦の快男児
F.E.A.R. 田中 天

富士見書房 2006-09-20
売り上げランキング : 358

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<あらすじ>

 大戦前夜。ナチス・ドイツはその超技術と魔術をもって、欧羅巴に陰謀の芽を張り巡らせていた。ナチス秘密諜報部が目を付けたのは、ムー帝国の遺産、そして、可憐なる皇女マリア・グレイス。
 東邦の快男児・天花寺大悟が皇女と出会うとき、欧州を股にかけた一代冒険劇が幕を開ける!



 いやあ、これは良い! 大変好みです。
 明治冒険小説、戦前戦中の異境もの、近年では赤城毅の諸作を思いださせる古き良き伝奇大活劇です。平然と「ナチス魔術」とか書いてあるあたり最高。『有翼騎士団』の雰囲気に近いですね。

 ストーリーはあらすじから想像出来る通り、単純にして明快な活劇。大陸横断鉄道、複葉機、飛行船と、お約束なガジェットも満載。そこかしこに歴史ネタも詰め込まれており、田中天氏の博識が伺えます。

 キャラは皆魅力的なのですが、ギヨーム・ド・ノートルダムがお気に入り。外連味があって良いなあ。設定のトンチキぶりも素敵。
 あと超少女クリステルは大変な萌えキャラだった。中の人のことはこの際置いておく。

 かなり読み物寄りなリプレイであり、好みが別れる点もあると思います。ただ、上質な娯楽作なのは間違いなし。TRPGゲーマー、大衆小説ファン、伝奇ファンは買っておきましょう。

投稿者: 日時: 20:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

海外小説読書録

 読了はしていたけど書いていなかった小説について。
 全て海外冒険もの、ミステリものです。

ケネス・ゴダード『殺戮者』

 ロサンゼルス南に位置する小さな街、ハンティントン・ビーチ。この平穏な街で一人の警官が殺された。その事件を皮切りに、一人、また一人と警官が殺されてゆく。市民からの執拗な批判と不信、組織に蔓延する疑心暗鬼に警察機関は窮地に陥る。
 事件の背後に蠢くは、凄腕のテロリスト“タナトス”。そして、彼が導く陰謀<ベイルファイア>とは?


 単独のテロリストvs警察機構という設定がまず秀逸。テロリスト側、警察側、両面から丁寧な描写がなされるため、双方に感情移入して読むことが出来ます。“タナトス”ただ一人によって混乱させられてゆく警察機構の描き方が実に上手い。
 刻一刻と<ベイルファイア>へと向かうストーリーもスリリング。“タナトス”がこの手の小説ではありがちな完全無欠のスーパーマンではないのもいいですね(極悪非道の犯罪者ではありますが)。
 中盤以降ダれてしまうのが残念。ちょっと長すぎた印象があり。とはいえ、緊迫感に満ちた良作です。


ケン・グリムウッド『リプレイ』

「一人の人間が同じ期間を延延と繰り返す」という基本コンセプトと、終盤に炸裂するアイデアが卓抜して秀逸。これだけでも読む価値はありましょう。
 ただし、作者の資質なのか、中盤以降が大変退屈です。話の力点が、時間のループをいかに利用するか、から主人公とメイン・ヒロインの心の交流へと移るのですが、これがまあ冗長で冗長で……
 長さをもう少し切りつめた方が良い作品になった気がしますね。惜しい。


ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』

 イギリスの片田舎。「うちのニワトリ」が荒らされていることに気付いた農夫は、ショットガンを手に鶏小屋に飛び込んだ。彼の前に現れた「そいつ」が持っていたのは鋭い爪、巨大な顎、長い尻尾。そう、それは遠い古代に滅びたはずの恐竜、ディノニクスだったのだ! やがて、何処かから大量に現れた奴らは、街を、人々を襲い始めた……


 ただひたすらに恐竜が暴れ、人々が逃げまどうだけのパニック小説です。恐竜が出現した理由も脱力ものであり、紛う事なきボンクラ小説。
 だが、それがいい!
 いや面白いんですよこれ。最初から最後まで恐竜が暴れ回るため、読んでいて気が抜けませんし。ライオンや虎が恐竜に追い回されて喰われるシーンとか最高。
 実際に展開の疾走感と、テンポの良さはかなりのものです。読者を退屈させない、という点では一級品でしょう。
 なお、出版時期は『ジュラシック・パーク』より先だったりします。

投稿者: 日時: 21:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:今、空にある危機――「超音速漂流」

 ちゃんと感想を書いていない小説があったので今日はそちらを。
 冒険小説・サスペンス小説好きな方にとっては大メジャーといえる、航空密室サスペンスです。
 というわけで……


超音速漂流超音速漂流
ネルソン デミル トマス ブロック Nelson DeMille

文藝春秋 2001-12
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<あらすじ>

 トランス・ユナイテッド航空の誇る最新鋭機、ストラトン797。オートパイロットによって成層圏を飛行するこの超音速機を大惨事が襲った。
 軍によって誤写されたミサイルがストラトンを直撃したのだ。機長は死亡し、乗客たちは酸欠によって脳細胞を破壊され凶暴化する。無傷の生存者たちは様々な困難と闘い、必死に生還を目指す。だが地上では、事故隠蔽のために生存者もろともストラトンを撃墜しようとする計画が進んでいた……




 掛け値無しにサスペンス小説の傑作。
 舞台設定からして上手い。超音速機が成層圏で制御不能、機体の土手っ腹には大穴が開き、パイロットは死亡か意識不明、乗客の大半も凶暴化という、進むも地獄、戻るも地獄。おまけに外は当然空中なので脱出も出来ない……とまあ、世に密室は数あれどここまで絶望的な状況はなかなか無いでしょう。

 中身はサスペンスの定石通り。一難去ってまた一難、が繰り返されます。機体をコントロール可能になったと思ったら乗客が暴れ出し、地上と通信が回復したと思ったら地上側は地上側で妙な企みをしており、頼みの綱の軍に至っては陰謀を張り巡らせている最中という、登場人物たちにとっては泣き出したくなるような展開が続きます。その分読者は一瞬たりとも気が抜けず、手に汗を握りっぱなし。

 主人公サイド、航空会社サイド、軍サイドと、各方面に渡って丁寧な心理描写と情景描写が為されているため、物語に没入できます。リーダビリティの高い文章も好印象。
 情報もかなり密度が高く、サスペンスとしては一級品でしょう。ここまでいくと、映像化は不可能……とは言いませんが、極めて困難であろうと思われます。それは勿論、『超音速漂流』という作品の誉れに他なりません。

 一気読み保証。お勧めです。

投稿者: 日時: 21:45 | | コメント (0) | トラックバック (0)

簡易読書録二冊

 むっちゃ忙しないのですが読書だけは欠かしません。
 簡易的に二冊。

アイザック・アシモフ『はだかの太陽』


 モニターを介してのみ人と人が接触する惑星ソラリア。そこで起きた、起きるはずもない殺人事件。
 殺人現場に残されていたのは、被害者の死体と故障したロボット。ソラリアでは人と人が直接会うことはほとんどない。ロボットは三原則により人間を害することは出来ない。そのうえ、凶器らしい凶器も現場には残されていなかった。
 だが被害者は確かに殺された。誰が、どうやって、何のために?
 地球から派遣された私服刑事イライジャ・ベイリ、人間そっくりのロボット、ダニール・オリバーと共にこの難事件に挑む。


 実は読んでいなかったので。
 いや面白い。基本中の基本といえる作品ですが、流石アシモフです。年月を経ても全く古びていません。
 不可能犯罪としか思えない事件の真相に、少しずつ迫りゆくベイリの手腕が読みどころ。トリックそのものは程ほどに単純であり、読者の盲点をつく類のものです。こういう仕掛けが一番好きかな。
 終幕では単なるミステリを超え、人類の未来に思いを馳せることになるのもSFならではの魅力。
 SFミステリの傑作です。


三土修平『靖国問題の原点』

 素晴らしい。発売時に各地で絶賛されていたのは伊達ではありませんね。
 いわゆる「靖国派」「反靖国派」という二項対立を超え、現代の靖国論議の難しさが何処にあるかを丁寧に解き明かしてゆく良書。靖国神社の創設時まで遡り、時系列順でその変遷を示していっています。巻末の年表は労作。

 靖国神社問題が現在抱える困難さの元凶を、靖国が形式上はあくまで私的な宗教施設でありながら、同時に戦前から続く公的性質を内包している点に求めているのは卓見でしょう。
 後半やや筆が滑った感もありますが(特に天皇における「公」と「私」の問題)、靖国問題について考える際は避けて通れない本でしょう。議論をする際に基礎となるであろう歴史的事実も丁寧に紹介してありますし(言うまでもなく、この種の問題に関する議論は、事実から出発しないと意味がありません)。

 それにしても無宗教的な追悼施設を作るという案がGHQ側から出ていたとは知らなかったなあ。


●WEB拍手レス

>伍長可愛いよ伍長
>足洗いはもう少し広まってもいい気がする。
>でも単行本化してない作品が多いので何とかして欲しいなぁ。

 どうにもこうにもマイナーですね……出版社もあるのかな。
 いい作品なのですが。

投稿者: 日時: 21:00 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:「ナショナリズムの克服」、"THE STRANGE CASE OF THE WALKING CORPSE"


ナショナリズムの克服ナショナリズムの克服
姜 尚中 森巣 博

集英社 2002-11
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 行動する政治学者と国際的ギャンブラー兼作家という異色の対談。
 本邦におけるナショナリズムの流れ、著者二人の青春に引き寄せてのナショナリズムとアイデンティティの関係論、そして、いかにして民族概念を克服するかというテーマについて語っています。
 森巣博の誘導の上手さとやや感覚的ながらも鋭利な指摘、そして姜尚中の優れてリベラル的な思索が融合した良書。中でも第一章と第四章は読み応えがあります。
 また、注釈を豊富に用意することで、新書という形態の弱点(つまり情報量の不足)をある程度カバーしています。このおかげで関連した資料を探すのが容易。
 労作であり、ナショナリズムに関する優れた入門書ですね。
 なお、発刊は2002年。この種の本は2-3年間をあけると、質の良し悪しがはっきりと解ります。時流に関する批評を含む以上、一定の普遍性と深度を持たない本の場合、内容がすぐに風化するのです。
 流石というべきか、本書は手際の良いまとめと、質の高い思索によって現在でも十分読むに耐えるものとなっています。


Strange Case of the Walking Corpse: A Chronicle of Medical Mysteries, Curious Remedies, and Bizarre but True Healing FolkloreStrange Case of the Walking Corpse: A Chronicle of Medical Mysteries, Curious Remedies, and Bizarre but True Healing Folklore
Nancy Butcher

Avery Pub Group 2003-08-21
売り上げランキング : 52288

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いや面白い!
いわゆる「奇病」、怪しげな治療法などについて簡潔にまとめた本。文体もエッセイ風で、専門書特有のとっつきにくさはありません。その分、細かい情報はありませんので、より詳しく知りたい場合は医学書必須。
表題にもなっている"THE STRANGE CASE OF THE WALKING CORPSE"とか凄いですな。自分が「歩く死体」だと確信しており、自分が死んでいることを証明するためにあらゆる試みを行う男性について紹介されています。
 それにしても、病というものは奥が深い……
 文中では黒死病やペストについても頁をさいており、単なる興味本位の読み物になっていません。この点も好感を持てます。
 翻訳して欲しいなあ、これは。


●WEB拍手レス

>本日のトリビア
>『実はアッシュはフレディとジェイソンに勝っていた!』
>いや、フレディVSジェイソンVSアッシュなるトンチキ映画の企画があったそうで、Sマート・クリスタルレイク支店やエルム街支店で、店にやってきた連中をショットガンで撃退したり、チェーンソーで撃退したり、という……まあ、殺すまではいかない、という脚本だったのだそうですが
>やっぱアイツ最強ですわ

 ああ、『フレディvsジェイソン』の後に企画されていたものですね。
 かなり期待していたのですが、実現されそうになく残念。強すぎるのは、まあ、アッシュだしなあ……

投稿者: 日時: 00:16 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:骨髄に徹して――「黒髪に恨みは深く」

黒髪に恨みは深く―髪の毛ホラー傑作選黒髪に恨みは深く―髪の毛ホラー傑作選
東 雅夫

角川書店 2006-07
売り上げランキング : 116324

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 古来、髪の毛には魔力が宿ると信じられてきました。特に、フレイザー言うところの感染呪術に多く用いられてきています。牛の刻参りの際、呪いの藁人形に対象の髪の毛を詰めこむのが典型例ですね。
 また、いわゆる巫女さんが黒髪を長く伸ばすのもそのためです。呪術的観点からすれば、髪は長ければ長いほど、黒ければ黒い程良いもの。短髪の巫女さんが、儀式に際には付け毛をするのもこのためでありましょう。
 髪は鴉の濡羽色、という表現があるように、艶のある黒の長髪はそれだけで良いものです。

 さて。そんな黒髪にまつわる怪奇小説を集めたアンソロジーが本書「黒髪に恨みは深く」です。
 お岩様から貞子まで、文豪モーパッサンの小品「幽霊」なども交え、近現代の黒髪ホラーが一同に会したこの書、東雅夫が手がけたことだけのことはあり、外れ無しの珠玉の一冊となっています。

 冒頭の『エクステ怪談』はちょっと蛇足の感がありますが、その直後に、少年の一人称でもって黒髪纏わりつくアニマ的妖女を描く伊東人誉の名品『髪』を配するのが素晴らしい。『髪』で少年が恐怖をもって語る妖女の描写は実におどろおどろしく、編者が解説で指摘するように、怪魔メドゥーサの面影すらあります。
 他にも都市伝説の先駆ともいえそうな泉鏡花の『黒髪』、すさまじいばかりの描写と語り手のどこかとぼけた味わいがたまらない皆川博子『文月の使者』など、どの短編から読み始めても満足できることでしょう。また、巻末に配された論考『貞子はなぜ怖いのか』は、怪談やホラー小説の変遷に興味のある方は必読かと。

 読んでいるうちに髪の毛の文化的変遷に興味が湧き、『貞子はなぜ怖いのか』でも紹介されている『髪の歴史』を注文してしまいましたよ。今日届いたのですが、中々素敵な写真が満載なのでこちらも後日紹介します。

 表紙を飾るのが上村松園の「焔」というのも秀逸。手元に置いておきたい一冊です。

投稿者: 日時: 18:51 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:おそるべき戦闘精神――「宗教批判をめぐる 宗教とは何か(上)」

宗教批判をめぐる―宗教とは何か〈上〉宗教批判をめぐる―宗教とは何か〈上〉
田川 建三

洋泉社 2006-05
売り上げランキング : 21730

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 新約聖書学者である田川建三の初期著作『宗教とは何か』、その増補改訂版です。
 様々な専門誌に発表された文に手を加え纏めた本であり、各章は独立しています。その上で主張が首尾一貫して全く揺らいでいないのは、思索の徹底性を示していましょう。宗教書と聞いて我々がイメージするものとは全くもってかけ離れた内容であり、その衝撃だけでも読む価値あり。

 著者の主張の眼目は、抽象的な彼岸の救済(=著者が批判する宗教)を一切拒否し、現実そのものを深く広い、まさに現実として知り、理解し、生きるということだと思われます。全編を通じて、繰り返しその種の言葉が語られていることからも明らかでしょう。
 170頁にある以下の文章が、ダイレクトな形で著者の思想を示しています。



もしも人間の魂の救済などがありうるとしたら、それは世界中みんなが同じように豊かに食えるようになる社会関係をどのようにしてつくり出すか、という過程の中にしか存在しない(中略)我々の魂は我々の現実的人間関係以外のところには存在しない。キンシャサの町の最も貧しい人が今の私より豊かに食えるようにならない限り、私の魂の救済などありうるはずがない


 これは恐ろしいほどに戦闘的な思想です。
 世界に山積みにされている問題を正面から引き受け、己の生活とは直接関わりの無い人々の生活における問題に自らが間接的にであれ関わっていることを認識した上で、戦い続ける。つまりは「世界中みんなが同じように豊かに食えるようになる」世界へと変えるべく力を尽くそうというのですから。生半可な覚悟で抱ける思想ではありません。そしてその思想を実践に移すとなるとこれはもう、崇高とも言える戦士の領域です。

 著者はいわゆる宗教性の批判を通して自らの思想を展開していますが、それらの批判においても著者の徹底性と戦闘精神は明確です。田川建三の学問的な土台の確かさには定評があり、中でも第三部の遠藤周作批判はいっそ小気味よい程。
「初出と自己批評」の項で「彼の配慮を感じたことがある」と遠藤に感謝の意を捧げながらも、「書くべきことは情に左右されずに書く必用もあろう」と、遠藤の著作を批評批判粉砕する姿勢にも著者の姿勢が良く現れています。思想と学問とに誠実な態度であり、敬すべきでしょう。

 著者の思想は宗教に救いを求めるそれとは全くかけ離れています。かといって、安易なリアリズムともまた異なります。実現至難だが不可能とまでは言い切れない理想をかかげ、かつ、その理想を現実に叶えることを念頭に動き続ける精神。まさしく茨の道でしょうが、同時に全き人道であります。
 悪戦苦闘しながらもその道を歩き続けようとする著者。そこに私は、救い主キリストではなく人間イエスを範とする、クリスチャン田川建三の苦闘と栄光を見ます。著者の思想に賛成するにしろ反対するにしろ検討するにしろ、強靱な思索は必ずや読み手の糧になりましょう。


<関連リンク>
田川建三からのお知らせ
キリスト教思想への招待(田川建三の著作では最もお勧め)

投稿者: 日時: 21:25 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「夢幻紳士 幻想篇」

夢幻紳士 幻想篇夢幻紳士 幻想篇
高橋 葉介

早川書房 2005-04-08
売り上げランキング : 3061

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 高橋葉介のライフワークであるともいえる夢幻紳士シリーズ。冒険活劇から怪異譚、帝都東京から現代の小学校まで、夢幻魔実也の活躍する場は多彩ですが、本作は帝都東京(大正~太平洋戦争戦前あたりか?)が舞台となっています。
 内容は、連作短編型の正調幻想譚。夢見がちで線の細い青年「僕」が度々遭遇する奇怪な出来事。それらを「僕」に寄り添う黒い守護天使――夢幻魔実也の「影」が鮮やかに解決してゆくという趣向になっています。

 奇妙な事件の数々を経るにつれて、幾重にも病んでいた「僕」が静かに癒されていく過程は感動的。伏線も巧妙に仕組まれており、二転三転するトリックが仕掛けられています。ちょっとしたミステリの趣もあり、好印象。「僕」が出会う事件の多くが倒錯的であり、さかしまであるのは、終盤のどんでん返しを考えれば必然でありましょう。

 語り部としての「僕」と、文字通りの守護天使としての夢幻魔実也。一見すると同性愛的ですらある二人の関係は、終盤に近づくにつれて変容を見せます。
 ともすれば夢幻魔実也一人舞台と化してしまう傾向もある夢幻紳士シリーズですが、本作は二者の関係を複層的なものとすることにより、その難を免れ得ました。高橋葉介版「君の名は」であり、夢幻紳士シリーズでも屈指の名作といえましょう。

 水墨画のような印象すらある流麗な筆先、良質な怪異幻想譚、幕切れの鮮やかさと、怪奇党にはたまらない一冊です。


●WEB拍手レス

>毎度。きょーげつです。
>機神飛翔クリアしたようなので、手製の飛翔壁紙送っておきました。
>……いや、ホント面白かった。
>そして、アウレオールスも面白かった……ってーか、なんてとこで止めるんですか、あなたは。
>寸止めか? 寸止めなのか? 生殺しなのか?
>次回がえれぇ楽しみです。ではまた。

 壁紙いただきました。有り難うございます。
 アウレオールス、寸止めは定番かと。次回からはバトル開始の予定です。
 のんびりゆっくりお待ちください。

>小器用なヤンキーはお話の中ですか、しょんぼり
>…本当だったとしても、嫁と娘を想いながら死ぬのはいやですし、まぁ、いいか

 流石にあのヤンキーになると読んでいる人自体が少なそうですしね……
 好きですが。

投稿者: 日時: 18:54 | | コメント (0) | トラックバック (0)

6/27簡易読書録

 最近読んだ本で良かった物を幾つか。
 お馴染み、簡易型読書録です。どれも読んで損なしですよ。


・「種村季弘のネオ・ラビリントス 綺想図書館

 種村季弘の代表的著作を編纂したシリーズの一巻。タイトルから解るように、様々な作家やその著作について語った文章を集めています。書評というより書に関するエッセイですね。全部で52編。花田清輝や島尾敏男など、「いかにも」な方ばかりです。
 それにしても種村文体は読んでいて心地良い。澁澤・種村亡き今、こういう文章を書ける方はいないだろうなあ。


・「幽 2006年 08月号

 やっと出ました、怪談専門雑誌「幽」の五巻目。四巻までの作家特集とは趣を変えて、猫特集です。猫紙芝居の魅力的な紹介、猫神様の島への紀行文、幻の名作「私は呪われている」の抜粋、猫文学ブックガイドなど盛りだくさん。連載部分はどのページを開いても、実話怪談と怪奇短編ばかりという素晴らしさ。いやあ、癒されます。
 猫好きと怪奇好きは買っておきましょう。


・「悪魔憑きの目覚め―デモンパラサイト・リプレイ

 グループSNE期待の新作、デモンパラサイトのリプレイ。
 異能の力を持つ面々、新たに異能に目覚めた二人の少女を主人公とし、力にとらわ、闇に蠢く者たちを敵とした、鉄板的な現代伝奇もの。
 突出した点はありませんが、安定して面白いです。良い意味でゲームの紹介になってるな。ルールブック購入意欲があがりました。
 ちなみに一番面白いのはGMの力造氏。


・「ノエルと翡翠の刻印―アリアンロッド・リプレイ・ルージュ

 傑作
 簡易な取り回しと安定した挙動で知られるTRPG「アリアンロッド」の新作リプレイです。プレイヤー、キャラクター、シナリオ、マスタリング、ギミック、あらゆる要素が絶妙に噛み合っており、いわゆるきくたけリプレイの中でも指折りの出来でしょう。
 起承転結や緩急の付け方が実に見事であり、最初から最後まで揺らぎのない素晴らしいリプレイ。
 TRPGゲーマー必読。

投稿者: 日時: 20:03 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「ダ・ヴィンチ・コード最終解読」

ダ・ヴィンチ・コード最終解読ダ・ヴィンチ・コード最終解読
皆神 龍太郎

文芸社 2006-04
売り上げランキング : 6153

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(本項にはダ・ヴィンチコードに関するネタバレが含まれます)


 人は「隠された真実」という謳い文句に弱いものです。偽書偽伝の類、現代医学否定論、陰謀説の氾濫。「この世界の裏にはこんな真実があった!」と主張する本は、それこそ毎月のように書店に並びます。多くは打ち棄てられ忘れ去られますが、極一部が巨大な流行を作り出すこともありましょう。数年前に「神々の指紋」が大ブームとなったことをご記憶の方も多いのではないでしょうか。

 さて、ダ・ヴィンチ・コードは、小説という形状をとることで、近年稀に見る規模でこの種の流行を巻き起こしました。全世界では数千万部という大ベストセラーになっており、我が国でも売れ続けています。
 やや動きが落ち着いてきたとはいえ、関連本の出版も留まるところを知りません。駅前の小さな本屋でも、文庫版ダ・ヴィンチコードの周辺に、蘊蓄本、謎解き本が山ほど積まれているのが確認できます。

 そんな中、冷静かつ理性的にダ・ヴィンチコード批判を展開したのが本書です。日本語で読め、かつ一定以上の質を保った批判書は現状これくらいでしょう。
 批判書といいましてもそこは皆神龍太郎、安易な感情論ではなく、一々論拠をあげてダ・ヴィンチコード本文中に記された虚偽を攻撃、排斥して行きます。原作における不正確な点や事実誤認を暴き、ダン・ブラウンのネタ元を明らかにしていると思えばいいでしょう。

 第一章で、ヨハネ=マグダラのマリア説、そして「最後の晩餐」に秘められたメッセージという主張を、明快な筆致で一刀両断。返す刀で「二枚目のモナ・リザ」を紹介したテレビ特番も斬って捨てます。小気味よい語り口が清々しい。

 第二章以降が本番であり、「ダ・ヴィンチコード神話」における中核とも言えるシオン修道会の真偽を丁寧に解説して行きます。修道会そのものが20世紀になってから捏造された文書からとられた、半ばお遊びのようなものであったという暴露をはじめとし、シオン修道会が纏った意匠をはがして行くプロセスにはなかなかの知的興奮があります。
 最終的に明かされる「驚愕の事実」の腰砕けぶりは必読。

 超常現象や不思議現象好きな方にはお馴染みレンヌ・ル・シャトー伝説と、シオン修道会の繋がりは読みどころ。虚偽が虚偽を呼び、偽史が形作られ流布してゆく過程には単なる謎解きを超えた魅力があり、個人的にはその部分に最も興味をそそられました。偽史というものが何故これほどまでに人々を惹き付けるのかは一つの命題であるように思われます。

 優れた良書。
 こういう話が好きな方は読んで損なしです。


関連リンク
Wikipedia シオン修道会
priory of sion(シオン修道会に関する貴重な資料の宝庫)
レンヌ・ル・シャトーの財宝伝説(翻訳書。レンヌ・ル・シャトーとシオン修道会について詳しく知りたい方は必読)

投稿者: 日時: 18:20 | | コメント (2) | トラックバック (0)

読書録「詞華美術館」

「詞華美術館」

塚本邦雄

1978/文藝春秋


 先日購入したと書きましたが、改めて読書録を。アマゾンさんにデータが無いのでリンクはありません。
 2005年に亡くなった歌人・塚本邦雄の手になる卓越した精華集(アンソロジー)です。



古今東西の、詩歌を中心とした、名作の一篇もしくは部分を、一つの主題の下に選んで拾ひ、趣向を凝らして配合し、その人工的な邂逅によって醸し出される不思議な味はひを樂しんで来た


 という著者の言葉に、この本の魅力は集約されていましょう。
 内容的にはまさに「美術館」であり、構成は端正の一言。考え抜いて美術品を配置した美術館そのものです。
 本文は三章三十一項目に分かたれており、各項目に「鳥うたむ」「無明の花」「流扇興」「瑠璃甲冑」などといった、魅力的な題を配置。さらに、項目に適した詞/詩/小説の断片を複数配置し、最後に塚本自身が解説とも随筆ともつかぬ文を記すという形態をとっています。

 取り上げられている作品は幅広く、源氏物語があるかと思えば唐代の七言律詩、現代詩にヨハネの默示録、さらにはヴィリエ・ド・リラダン(無論のこと齋藤磯雄の飜訳です)と実に多彩。
 古今和歌六帖とマラルメを並置するあたりなどはとても良い。

 抜粋の後に配された塚本自身の文章も、繊細かつ鋭利な知性が窺い知れるものばかり。音読した際の言葉の響きや漢字の選定などへの気遣いは、優れた歌人ならではのものでしょう。

 全編旧字体なのも嬉しいところ。こと視覚的な美しさに限っては、旧字に一日の長があると私は常々思っております。本書が「美術館」である以上、旧字が採用されているのは必然の道理かと。

 無人島に持っていきたい一冊です。詩やアンソロジー好きな方は是非お手元にどうぞ。
 割合に入手しやすい本のため、日本の古本屋で探せばすぐに見つかると思います。


●今日の書籍

三省堂書店神田本店で「東大出版会在庫僅少本フェア」実施中東京大学出版会

 三省堂神田本店にて、東大出版界のフェアが行われているようです。大学出版会の本は品切れになると一気に入手困難になるため、お気になる方はチェックしてみてはいかがでしょう。
 開催時期は6/30まで。私も行ってみようかと思います。

投稿者: 日時: 20:33 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「憲法とは何か」

憲法とは何か憲法とは何か
長谷部 恭男

岩波書店 2006-04
売り上げランキング : 3345

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 非常に素晴らしい。
 国家間の緊張を受けてか、最近憲法関連の新書が多く出ていますが、その中でベストに近い一冊です。

 憲法の根底となる思想である立憲主義の成立から話をはじめ、リベラル・デモクラシーの勝利としての冷戦のとらえ直し、立憲主義と民主主義の関係など、様々なトピックを通じて、憲法とは何なのか、いかなる思想により作られたものなのか、憲法が存在する意義は何なのかといった命題に迫ってゆきます。
 最終的には国境はなぜあるのか、国境とは何か、という点までを論じています。国境とは原理的かつ一般的な回答に従ってひかれたものではないがゆえに、一旦後退をはじめれば踏みとどまることが出来る線は存在しないという論は示唆に満ちていましょう。

 多角的、かつ冷静に様々な議論を展開している中でも、憲法第九条に関する著者の意見は含蓄に富みます。
 著者は、立憲主義とは、人生の意味・宗教的思想の正しさ・人間の正しい生き方といった唯一無二の答えが出ない諸問題――すなわち「比較不可能な価値の争い」を私的領域で扱い、公的な方面では、公正かつ公平な社会的枠組みの構築を目指す思想であるとします。
 立憲主義の文脈から見れば、憲法第九条は「原理」を表現したものであり、自衛のための軍備の保持とは矛盾しないとする著者の論理は極めて強靱です。

 本来、立憲主義における憲法の役割は,公権力を制限して国民の権利を十全に保障することにあり、昨今の憲法改正論議はむしろ国民を縛る方向に向かっているという著者の批判には説得力あり。

 全編にわたり、「もっともらしく見える」議論がいかに怪しげであり、憲法本来の意義から見れば信たり得ないことを明確に示しています。古今の哲学理論、法学理論に対する幅広く深い知見から紡ぎ出される論理は強靱かつ明快であり、読者の思考をも高みに引き上げてくれます。

 折り返しに「大人のための憲法再入門」とありますが、むしろ学生時代に読みたい一冊。買って損無しです。
 新書サイズながら名著と呼べましょう。憲法について冷静に考えたい方は必読。

 なお、姉妹編「憲法と平和を問いなおす」では立憲主義の成立や憲法第九条についてより深く解説しています。あわせて読むのが良いでしょう。


●WEB拍手レス

>浅学非才な我が身にご教授願い申します、Sマートとはいったい何なのでございましょうか?
>何かの映画か小説でございましょうか?

 はっ、ブルース・キャンベル主演「死霊のはらわた」シリーズにおいて、主人公・アッシュが勤務するスーパーの名前です。
 ショットガンもあるでよ。


> ”ワルプルギスの御老体”
>最初は、「某巨乳古書店主の顕現の一つかしらん」とか、偏った知識のもとにおりましたが、検索してみて、そういうキャラであったかと、認識できました。
>”Sマート倫敦支店の日用品係”
>チェーンソーとショットガンはいいねぇ。
>人類の生み出した文化の極みだ。
>「かみ」くらいなら、一撃で屠れます。
>ではでは

 御老体は確かにニャル様っぽいですねえ。あのお方、どこにでもいるからな。
 あと「かみ」といえばチェーンソー。これは鉄板です、市民。


> 久方ぶりの九朔がツンデレに見える狂月です。
>>機神
>葉月よりもむしろ教授にハァハァしてますが何か? っていうか、もう、ホントあの二人はたまんねぇ。著しくたまんねぇ。
>>アウレオールス
>今回も堪能させて頂きました。……まさかあの御方が出てくるとは。出てくるだけでドキドキ。一番油断ならない人だからなぁ。でも、あの人が自分で端役と言っているのだからあまり出ては来ないのだろうなぁ……残念だ。
>そして、遂に出てきた最強の日用品係。奮える。次回も楽しみにしております。それでは。

 ううむ……そそられる…… <教授とハヅキ
 それとあのお方はあまりにも便利すぎるので、完全に端役の予定です。あまり出し過ぎるのも何ですし。

投稿者: 日時: 20:14 | | コメント (0) | トラックバック (0)

簡易読書録:雑誌やラノベなど色々

Role&Roll Vol.21

 デモンパラサイトとカオスフレア目当てで購入。
 デモンパラサイト、現代異能バトルという、狭いパイを食い合いになりがちなジャンルでどう既存作品と差別化をはかるか楽しみにしていたのですが、全員が変身するバトルアクションの方向性できたか。仮面ライダーですね。
 リプレイも面白かったし、現代異能伝奇は大好物。文庫とルールブック、両方買おうと思います。
 変身アクションといえば、懐かしの名作ラノベ、ミュートスノート戦記を思いだします。ああいうプレイも出来そうだな。

 カオスフレアはヴィーキングのデータが良かった。これで疾風魔法大戦も出来るよ!
 また、富嶽/オリジン(武士/ヴィーキング)で新撰組一番隊沖田艦長をやりたいですな。台詞は当然「バカめと言ってやれ」でお願いします。

 全体的に買って満足。しかし記事の質が安定しないな、この雑誌は。特にリプレイ系はもう少し選んだ方がいいのではないかと。良い作品とそうでない作品の差がありすぎる。

読書家の新技術(呉智英/朝日文庫)

 最近また注目を集めているらしい、呉智英初期の作品。丁度渡辺昇一批判を積極的にしていたころかな。
 書かれたのが20年近く前ということもあり、言及されている思想や論壇の状況は古ぼけてしまっています。トピックもかなり偏っており、そういう意味では急いで読むほどのこともありません。
 ただ、探書手帳やカード整理といった完全な「技術」の部分は今でも示唆に富みます。コンピューターやネットの活用と組み合わせれば(例えば呉が提案しているカード整理は、今ならコンピューターで行った方が効率的です)、かなり有効に活用出来る本ではないでしょうか。

青空の見える丘feng

 久しぶりにオーソドックスなADVをプレイ中。
 これまでそれなりに人気はありながらも今一パッとしなかったfengですが、本作では良い意味で手堅くまとめてきています。シナリオ、キャラ共に一定以上の水準があり、レビューサイトや2chでも人気の模様。
 個別シナリオが短すぎるという不満はありますが、期待以上の出来です。次回作も楽しみになってきたな。
 あと伊織かわいいよ伊織。看板に偽りありで非ツンデレだけどそれでもかわういよ。

帝立愚連隊(水城正太郎/竹書房)

 時は大正。「大東流合気銃術」(要するにガン=カタ)の使い手である主人公と、大正天皇の義理の妹である剣術使いヒロインが、アレイスター=クロウリー(がモデルの魔人)によって魔界転生されたルドルフ=シュタイナー(と思しき怪人)と戦う話。
 この基本ラインは◎。ライトノベルでここまでやろうとした心意気を買いたい。
 ただ、ページの制約か作者の力量によるものか、どうにも盛り上がりに欠けます。キャラは決して悪くない分残念。特に終盤、主人公が覚醒するくだりはもっと練り込み、書き込んで欲しかった。
 文章も微妙なところがあり、判断に困る作品。うーん、設定や雰囲気は好きなんだがなあ。続くようなのでそちらに期待しましょう。

●ハンニバルの象(ギャヴィン デ・ビーア/博品社)

 カルタゴの名将・ハンニバルがアルプスを越えたルートを検証した博物学書。著者は20世紀前半に活躍した優れた生物学者であり、博識で知られる人物です。
 いや素晴らしい。動物学、地理学、歴史学、言語学に渡る多彩な知識と優れた読解力を生かし、一次文献と先行研究を活用しハンニバルの侵攻ルートを解明してゆく手際は実に見事。
 かなり微に入り細を穿った検証をしており、読み応えがあります。反面、ある程度ローマ史やラテン語に関する知識がないと読みづらいかも。
 とはいえ、博物学好きなら読むべき一冊。付録で検討される「ハンニバルの使った象はインドゾウだったかアフリカゾウだったか」という命題も興味深いです。概念ではなく、地形、植林、当時の生物分布といったデータに基づく論理は、生物学者ならではの手腕だな。
 絶版ですがアマゾンさんで思索社版が安く売っています。タイトルは違いますが中身は同じ。
 お勧め。
 余談ですが、ハンニバルが生物兵器を使っていたとは知らなかった。毒蛇をツボに詰め込んで敵の船に投げ込んだそうな。

投稿者: 日時: 22:30 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:最近読んだ本三冊

 最近読んだ本で興味深かったものを簡易的に紹介。
 簡易版読書録というところです。


・「日本のミイラ信仰

 著名な写真家であり、在野の民俗学研究者である内藤正敏の代表的著作の改訂新版。
 即身仏を代表とする日本のミイラについて、民俗学、科学、歴史資料など多方面から多角的に研究・概説した本。即身仏に限らず、入水入滅や火葬入滅など、信仰の発露としての死にも多くのページを割いています。
 著名な即身仏や即身仏が出来るまでの科学的プロセス、それに即身仏にまつわる伝承など話題は広いです。
 なぜ即身仏信仰が発生したのか、その信仰の意味は、という謎の解明に力点が置かれており、その手の疑問に興味のある方にはたまらないでしょう。天明の大飢饉と即身仏の関係を論じたあたりは凄まじい迫力があり、一読の価値ありです。
 個人的には、練丹術を化学的な視点から解析した章が興味深い。予想以上に複雑な反応だったんだなあ……


・「日本の偽書

 竹内文書、東日流外三郡史をはじめ、超古代史について記した偽書の数々と、偽書が流行した原因などについて概説。リファレンス的な資料ではなく、偽書成立の背景と思想についての解説書というべきでしょう。
 著者が専門的な研究を行っているだけのことはあり、新書サイズにも関わらず密度と情報量はかなりのものです。記述も一部では相当突っ込んでおり、予備知識がある程度ないと退屈かも知れません。
 偽書や超古代史に興味ある方は持っておいて損がないかと。安いし。
 なお、戸来村に現存するキリストの墓についても興味深い謎解きがなされています。


・「民主主義とは何なのか

 制度としての民主主義ではなく、思想としての民主主義を、古代ギリシャ語、ギリシャ思想にまで遡って徹底的に検証した書。
 正直言いまして、非常に評価しにくい内容です。民主主義を原義から問い直し疑義を呈する著者の方法論には反発を感じる人もいるでしょう。方法論そのものに問題がないかと問われれば、首を捻らざるを得ない点もあります。
 ですが、著者の徹底的な思索は一読の価値あり。言葉一つおろそかにしない、恐怖すら感じさせる強靱な思索と読み込みは感動的ですらあります。好悪は抜きにして、考えるという行為に興味のある方には是非読んでいただきたい一冊。

投稿者: 日時: 21:32 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「ハイデルランド英雄譚」

ブレイド・オブ・アルカナ The 3rd Edition リプレイ ハイデルランド英雄譚ブレイド・オブ・アルカナ The 3rd Edition リプレイ ハイデルランド英雄譚
菊池 たけし 稲葉 義明/F.E.A.R 田口 順子

エンターブレイン 2006-04-28
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 ブレイド・オブ・アルカナ3rd、待望の文庫リプレイ。菊池たけし「ディングレイの魔殻」と、稲葉義明「まことの騎士」の二作を収録しています。最近は文庫リプレイが定期的に出ているなあ。本当にいいことだ。

 さて、「ディングレイの魔殻」はいつものきくたけリプレイなので置いておくとして、本書の見所は「まことの騎士」でしょう。
 流石はシリアスリプレイの名手・稲葉義明。1040年、ハイデルランド併合戦争に伴って発生した小国の興亡を見事に書いています。
 滅亡を目前にした国を守り続ける気丈な姫君、ひょんな偶然から彼女を助けることになった騎士もどきの無頼漢、そして二人と手を結び一国の興亡に関わることとなった二人の騎士……といった構図。話の展開、人間関係、台詞回しなど良く練られており、小説寄りのリプレイですね(勿論編集はしていましょうが)。
 PCたち三人の配役も上手く、根っからの悪人ではない盗賊騎士、死に場所を求める忠義の騎士、最強と謳われながらも実は知性が武器の騎士と、三者三様の魅力を放っています。“忠義の騎士”バルバロッサの格好良さは特筆もの。
 1040年を舞台にした変則リプレイというプレイスタイルは、エピックプレイをする上での参考になりましょう。
 田口順子による挿絵も美麗の一言。TRPGゲーマーのみならず、ファンタジー好きは買って損無しですよ。


●今日の人間臨終図鑑

米経済学者、ガルブレイス氏が死去

『不確実性の時代』などの著作で知られ、一時代を築いた経済学者が亡くなりました。ご冥福をお祈りいたします。


●WEB拍手レス

>イカスぜ!

 イカれた展開を頑張ります!

投稿者: 日時: 18:49 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:最近の査収本

美の死―ぼくの感傷的読書』(久世光彦/ちくま文庫)
陛下』(久世光彦/新潮文庫)
少女怪談』(東雅夫編/学研M文庫)
マッド・サイエンティストの夢―理性のきしみ』(ディヴィット・J・スカル)


『美の死』以外は古本屋で購入。『マッド・サイエンティストの夢』は普通に買うとちょっと値がはるので助かりました。半額以下だもんなあ。

『美の死』は久世光彦が1990年代後半~2000年前後にかけて書いた書評や解説を集めたもの。吉村昭の『少女架刑』の解説文、感傷的な熱がこもっていて素晴らしい。探して読もう。
 しかしこの人、いわゆる普通の書評はさっぱり面白くないですな。自分の世界に埋没して陶酔的、感傷的に語っている書評の方が断然出来が良い。

『陛下』。二・二六事件を背景にした恋愛物語。主人公の軍人、剣持梓と遊女である弓、そして「陛下」への思慕を軸とした甘美な恋愛譚……ではあるのですが、本質的には久世光彦が己の懐古的幻想を小説に託して語った作品のように思います。昭和天皇、失意の軍人を父に持つ青年、遊女、狂女、聖ニコライ堂の絵……久世随筆でお馴染みのモチーフがしとどに濡れた美文で綴られてゆきます。好きな人にはたまらないかと。
 文庫カバー裏の紹介文も綺麗で◎。「陛下、金木犀の香りに包まれて、あなたに愛されたい……」

『少女怪談』は題名通り「少女」をテーマにした恐怖譚集。著者のラインナップも山尾悠子や小池真理子など、良質保証な人ばかりなので安心して読めます。村田基の美しくグロテスクな佳品『白い少女』と、山尾悠子の和製ジェントル・ゴースト・ストーリー『通夜の客』がお気に入り。
 少女と怪談という組み合わせは抜群に相性がいいのか、収録作品以外にも名品が多いですね。ニトロプラス作品では最愛の『沙耶の唄』も優れた少女怪談だなあ、考えてみると。

『マッド・サイエンティストの夢』は、マッド・サイエンティスト幻想を通じた科学論・文化論。現在進行形で読んでいますが、マッド・サイエンティストたちのカタログとしても読めますね。資料としても良いのではないでしょうか。

投稿者: 日時: 18:36 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「ホームズのヴィクトリア朝ロンドン案内」

ホームズのヴィクトリア朝ロンドン案内ホームズのヴィクトリア朝ロンドン案内
小林 司 東山 あかね

新潮社 1993-03
売り上げランキング : 160,062

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 タイトルの通り、ホームズの活躍したロンドンの景観を、ヴィクトリア朝倫敦の写真と現在のロンドンの写真とを対比させることによって追ってゆく本です。言わずと知れたベイカー街221B、ワグナーのオペラをみにいったロイヤル・オペラ・ハウス、ワトスンとの運命的な出会いを果たしたセント・バーソロミュー病院etcetc……ホームズ物語の上で重要な場所はほぼ網羅されていると言って良いでしょう。

 写真は非常に豊富で、眺めているだけでも楽しめます。『海軍条約文章事件』の舞台になった外務省の変わりない姿や、『赤毛連盟』が存在したフリート街などを見ると、ロンドンという都市がいかに伝統を大事にするか、その一端が解る気がしますね。良否はともかく、変化を続ける我らが首都東京とは正反対です(もっとも、私はその有為転変故に東京という街を愛して止みませんが)。

 実はSSを書くための資料として買ったのですが、予想以上の良書でした。寝転がって観光気分に浸るにも最適です。

 ロンドン全体をAコースからHコースに区分しているため、手軽な観光案内としても使えます。特に、ホームズを尋ねるロンドン旅行などを企画する場合には必須の資料でしょう。

投稿者: 日時: 14:59 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「地政学 アメリカの世界戦略地図」

 最近ぐだぐだ気味でしたがほぼ回復。
 何が原因か考えてみたら春だということに気付きましたよ。そう、春といえば花粉症です。私、花粉症の時期は頭痛と怠さに襲われるのですな。咳や鼻水は殆ど無いのですが。去年一昨年あたりは然程きつくなかったんだけどなあ。実家の方が関西より花粉きついんだろうか。


 さて、本日の読書録はこちら。


地政学―アメリカの世界戦略地図地政学―アメリカの世界戦略地図
奥山 真司

五月書房 2004-10
売り上げランキング : 32,123

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 書店ではビジネス書のコーナーに置いてあることが殆どですが、実際には、「日本語で読める現代地政学の教科書」です。
 地政学の成り立ちを序盤で概説した後は、アメリカ政府が地政学のいかなる理論を採用し、政策を立案してきたかに焦点を当てて解説していますね。

 なお、地政学がどのような学問についてはWikipedia参照です。

 本書を一貫する主張は「アメリカに限らず、諸国は地政学を背景に政策を決定してる。そのため、政策の裏を読み対抗手段を得るために地政学を学ばねばならない」というものです。主張の当否は兎も角、本邦で広く教えられているわけではない学問の体系を掴むことは重要でしょう。
 また、姿勢としては地政学の基礎知識を伝えることに徹しているため、思想的に偏向した記述が少ないです(絶無ではありません)。米国政府や有力団体が関わっているとされる陰謀論を意識した記述や、反地政学的な立場の紹介などもあり、ただの教科書には終わっていません。
 日本語の地政学のまともな本は少ないうえ、冷戦後にまで触れたものは殆どありません。そういう意味で本書は貴重です。

 多少筆が滑ったと思われるところがあり、剽げた記述も散見されます。このあたりは好みが別れるところでしょう。最も、一歩間違えるとトンデモや陰謀論に足を突っ込む羽目になりかねないこの分野、多少軽い調子で書いたほうが間違いないのかもしれません。
 個人的には、日本でおきたスキャンダルや米国の外交政策に関する新しい見方を得られたことが収穫でした。

 国際政治や現代地政学、それに戦争という行為と背景に興味のある方にお勧め。いわゆるミリタリー・マニアの方にこそ手にとって欲しい一冊です。

投稿者: 日時: 15:58 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「秘密の動物誌」

秘密の動物誌秘密の動物誌
ジョアン フォンクベルタ ペレ フォルミゲーラ 管 啓次郎

筑摩書房 1991-12
売り上げランキング :

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 何年も前からの愛読書なのですが、読み直したら矢張り素晴らしかったのでこちらで紹介。

 博物学的幻想を扱った奇書です。
 
 タイトル通りの動物誌なのですが、扱っている動物が奇妙なことこの上ない。
 ペーター・アーマイゼンファウヘン博士が世界中で発見した

・炎を吐くトカゲ、ピログリファス・カタラナエ
・伝説上のケンタウロスに酷似した哺乳類、ケンタウルス・ネアンデルタレンシス
・翼を持つ大型猫科動物、フェリス・ペンナトゥス

 といった動物たちが、写真と詳細な解説と共に記されています。
 アーマイゼンファウヘン博士が遺した書類が偶然発見されたという背景のためか、写真だけ掲載されている動物も数体。当然というべきか、学会で公認された動物は一体も居ません。どれもこれも、既存の生物学的常識を覆すような奇怪な生物です。

 ここまででお解りの方にはお解りでしょう。
 amazonでの「この本を買った人はこんな本も買っています」が

平行植物
鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活
宮崎駿の雑想ノート

 であることから明らかなように、本書は正しく幻想博物誌です。
 本書は「鼻行類」ほどの生物学的迫真性は有りませんし、「平行植物」の持つ美学的精神からも遠い位置にあります。
 ですが、それ故に幻想としての博物学の魅力を最大限引き出せているように思います。
 ページをめくる度に飛び出てくる、奇妙奇天烈な生物たち。写真の適度な紛い物ぶりや各生物の怪しげな来歴が、その驚きをいや増します。

 架空の生物を、まるで実在のものであるかのように語り記すという試みは、現在でこそ成立する遊びでしょう(この試みにおいてはTRPG「蓬莱学園の探検!」が高い完成度を示していました)。
 大博物学時代には、異国からもたらされる報告一つ一つが素晴らしい刺激でした。かつて日常茶飯事だった、観たことも聞いたこともない驚異の生物たちを知る喜び。
 今となってはその驚きと喜びを幻想にしか求められないのは悲劇かもしれません。ですが、幻想と化した故に、永遠に歓喜と驚異を汲み出せるようになったと考えることも出来ましょう。
 事実は小説より奇なりと申しますが、想像力は事実より奇なりというのもまた真実なのです。

 本書は残念ながら絶版ですが、ネット古書店やamazonのマーケットプレイスで容易に入手可能。幻想の喜びを愛する人全てにお勧めです。


●WEB拍手レス

 私信:丁寧なコメント有り難う御座いました。当方も気をつけます。今後ともよろしくお願いいたします。

>こんにちは、管理人様。
>「アウレオールスの夜に」はもの凄く楽しくて早く続きが見たいです(^^
>無理なお願いですが、次辺りの回にこんな生物兵器を出して欲しいのですが――

 スペックなどは省略させていただきました。
 は、大変申し訳ありませんが、プロットは一応決めているため、要望にはお応え出来かねます。ご容赦下さいませ。

>「厭魅の如き憑くもの」はもうお読みになられましたか? 良い物を薦めて頂きました。有難う御座います。こちらの書評はツボなものが多く役に立ちます。

 厭魅は積んでます……早く読まなければ。
 書評は気に入った本だけを紹介しているため、少しでもお役に立てれば幸いです。

投稿者: 日時: 20:21 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「凶獣リヴァイアサン」

 シグルイスレまとめを、ゴルゴ31さん独り言以外の何かさんBWS@HyperEditionさんたなか日記さんidolinglifeさんまとめレーダーさん提督の野望 海軍広報さんBLUE ON BLUEさんサザンの力は認めざるを得ないよねさん怪的生活さんに紹介していただきました。有り難う御座います。
 アクセス数が大変なことにっ。

 また、シグルイスレまとめに、シグルイ風にアイドルマスターを語るスレを追加しました。通りすがり氏、高城邸ブログさんご指摘有り難う御座います。


 さて、本日の読書録はこちら。

凶獣リヴァイアサン〈上〉凶獣リヴァイアサン〈上〉
ジェイムズ・バイロン ハギンズ James Byron Huggins 中村 融

東京創元社 2003-04
売り上げランキング : 288,181

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凶獣リヴァイアサン〈下〉凶獣リヴァイアサン〈下〉
ジェイムズ・バイロン ハギンズ James Byron Huggins 中村 融

東京創元社 2003-04
売り上げランキング : 303,782

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<あらすじ>

 アイスランド沖の孤島。その地下に広がる洞窟。
 そこでは、合衆国政府と巨大企業ステイジャン・エンタープライズが提携し、ある生物学的軍事計画を進めていた。
 暗号名「リヴァイアサン」。コモドドラゴンに特殊な遺伝子改造を施し進化させた怪物は、10メートルを超える体躯、M1エイブラムスをも倒しきる戦闘能力、火炎放射能力を併せ持つ、究極の生物学的兵器である。
 だがそれは、開発チームすら知らぬ能力を発現させ、自らの意志で行動を始めた。
 絶望的な戦いに立ち向かうのは開発陣と保安要員たち。そして、島の孤島で一人暮らす巨躯の北欧人、トールだった。




 とりあえず↑の文庫表紙を見てください。
 ……はい、“そういう”小説です。

 つまりはSFミリタリー怪獣パニック冒険小説(誇張無し)。
 謎に満ちた島、国家と企業の秘密計画、遺伝子改造されたコモドドラゴン、おまけに島の爆発まで24時間という、どこからどう見てもB級にしかならなそうな要素を詰め込みながら、手に汗握る傑作冒険小説となっています。

 一難去ってまた一難、という言葉がぴったりくる展開に、一本芯が通っていて魅力的な登場人物たち。「極北のハンター」で知られるハギンズの手腕が存分に発揮されています。実に、良い意味でわかりやすい。

 作品の軸は要するに「鋼の意志を持つ人間達 vs 巨大コモドドラゴン・リヴァイアサン」というもの。リヴァイアサンは全身あますことなく凶器といえるほど強化改造されているうえ、人間以上の知性を持ち、火まで吐くという優れものです。
 対する人間たちも、有能でタフな軍人、死ぬまで諦めない電気技師、そして、身長2メートル40センチの巨人・トールと強者揃い。
 心優しく知性と力に満ちた巨人、トールが鋼鉄の戦斧のみを頼りにリヴァイアサンに挑むシーンは本書の白眉です。もう燃え死ぬ。

 善悪二元論的説教臭さが微妙に見られますが、些細な問題でしょう。
 怪獣やらどんぱちやら決死行やら冒険小説やらがお好きな人に強くお勧めします。


●今日の東方シリーズ

幻想郷mixi三丁目だったところ

 目の付け所がお見事。日記がAAになっているあたり芸が細かい。
 しかし、アリスのマイミク数が……哀れな……

投稿者: 日時: 13:43 | | コメント (2) | トラックバック (0)

読書録「なめくじに聞いてみろ」

なめくじに聞いてみろ―昭和ミステリ秘宝なめくじに聞いてみろ―昭和ミステリ秘宝
都筑 道夫

扶桑社 2000-10
売り上げランキング : 316,064

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<あらすじ>

 未だ戦後の面影を残す昭和の半ば。銀座四丁目にふらりと現れた謎の青年、桔梗信治。一見すると山出しの田舎者にしか思えない彼には奇妙な背景があった。信治の父は殺人方法考案の天才であり、かつてナチスに協力し、通信教育で殺し屋を育成していたのだ。信治の目的は、それらの殺し屋を見つけ出し、始末すること。不案内な都会で、顔も名前も、人数すら判らない殺し屋たち相手に、信治はどう戦うのか?




 軽ハードボイルド・アクションの名品です。
 ストーリーのメインは、カードや時計の歯車、マッチといった日常品を道具とする殺し屋たちと、桔梗信治の対決です。対決の基本はアタック・アンド・カウンターアタック。攻防が目まぐるしく入れ替わり、多彩なアイデアが惜しげもなく繰り出されます。山田風太郎の忍法帖と似たような構成ですね。

 形式は連作短編に近いです。序章から第13章の計14章から成り、各章に個性的な殺し屋たちが登場。正体不明な殺し屋たちの素性をいかにして暴き、どのようにして倒すかというのが本作の読み所。優れた娯楽小説ではお馴染み、ハウダニットの方法論です。

 登場人物たちも魅力的。一見ただの田舎者ながら、優れた殺人の技と洒脱な精神を併せ持つ伊達男、桔梗信治。信治を兄貴と慕うチンピラ、大友。腕利きのスリであり和風美人のお竜さんと、奔放な啓子という二人のボンド・ガール。作品全体のテンポの良さもあり、彼らの生き生きとした動きには良い意味の軽さがあります。

 書かれた時代が時代だけに風俗の描写は古くなっているのは否ません。が、その上で十二分に楽しめるということは、作品の優秀さの証明でしょう。文章は軽快ながら熟練のもの。「なめくじに聞いてみろ」という表現からして気がきいている。

 読んで損無しの娯楽作。一冊お手元にどうぞ。


●WEB拍手レス

>アリシアさんがライダーで、アリア社長を召還
>「騎英の手綱(ぷいにゅ~)!」

 ペガサス=アリア社長……
 よ、弱い……弱すぎる……!
 可愛さだけはEXですな。

投稿者: 日時: 17:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「真夜中のデッド・リミット」

真夜中のデッド・リミット〈上巻〉真夜中のデッド・リミット〈上巻〉
染田屋 茂 スティーヴン ハンター

新潮社 1989-04
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真夜中のデッド・リミット〈下巻〉真夜中のデッド・リミット〈下巻〉
染田屋 茂 スティーヴン ハンター

新潮社 1989-04
売り上げランキング : 269,618

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<あらすじ>

 アメリカ・メリーランド州山中。その地下深くには、核ミサイル単独発射機能を持つ軍事基地があった。
 その基地が、謎の集団に占拠された。一端核ミサイルがソ連へと発射されれば、第三次世界大戦が勃発し世界は終末を迎えるだろう。
 発射阻止のためには、基地へと侵入するしかない。管制官が命をかけて守ったミサイル発射キーを敵が手にするまでは18時間。歴戦の勇将プラー大佐率いる特殊部隊デルタ・フォースは、決死の戦いに臨むこととなる。




 凄まじく面白い

 軍事サスペンス小説の傑作です。1人~複数人のスーパーマン型兵士が敵の陣地に潜入して大暴れする冒険小説とはひと味もふた味も違う、文字通りの戦争小説。味方側の最終的な犠牲者が三桁を超えているところなど驚くべきです。犠牲者数が圧倒的に、味方>敵なんだもんなあ。
 
 英雄劇ではなく群像劇であり、登場人物も多数。
 難攻不落の要塞に挑むデルタ・フォース、廃鉱から基地に潜入しようとするトンネル・ネズミたち、基地を守るプロテクトを解除しようと知力の限りを尽くす研究者……たった一人のスーパーヒーローではなく、高い誇りを持つプロ中のプロたちが、自分たちの領域で難題を解決しようと死力を尽くし続ける展開は感動的ですらあります。

 基地突入作戦を多方面から書いているため、ボリュームの割に読みやすいのが好印象。戦場、廃鉱、基地周辺と、時間軸に沿ってシーンがさくさくと変ります。それらの舞台一つ一つに、並の小説を優に仕上げられそうなサスペンスが盛り込まれているのだからこたえられない。最後の最後まで、息つく暇がありません。

 きびきびしたテンポの良い文体も心地良いです。ハンター一流の文体もさることながら、訳者である染田屋氏の功績も大でしょう。

 ハンターといえば「極大射程」が有名ですが、本作も負けず劣らずの出来。是非ご一読を。

投稿者: 日時: 18:10 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「花と火の帝」

 講談社で時代小説フェアを開催しておりました。
 良作傑作が無数にあったわけですが、今回はフェア開催作品でも一押しのこちら。


花と火の帝〈上〉花と火の帝〈上〉
隆 慶一郎

講談社 1993-09
売り上げランキング : 42,459

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花と火の帝〈下〉花と火の帝〈下〉
隆 慶一郎

講談社 1993-09
売り上げランキング : 38,660

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<あらすじ>

 戦国の世が終わり、太平の世と変りつつあった江戸時代初期。後水尾天皇は僅か16歳で即位された。
 しかしこの当時、既に徳川幕府の力は天皇家を圧していた。
 徳川家の圧力により、天皇は2代将軍秀忠の娘、和子を皇后とすることを余儀なくされる。
 帝の味方は極僅か。少数の忠信たちと、鬼の子孫とされる八瀬童子の直系・岩介が率いる“天皇の隠密”たち。
 しかし、後水尾天皇は史上最も気性が激しいとされた傑物だった。帝は権力に屈せず、自由を求めて、幕府の強大な権力と闘う決意をする





 ある意味で隆慶一郎的大妄想が極点に達した傑作です。
 本作のキーワードは“過剰”の一言に尽きます。

・プロットが過剰
・呪術も過剰
・何といっても登場人物造形が過剰

 まずはプロットが過剰。
 要約してみましょう。

「巨凶徳川秀忠率いる悪の巨大組織徳川家。その暴虐とすらいえる力は、公家社会を破滅の危機に追い込んでいた。誇りある公家社会――天皇家もこれまでか。誰もがそう思う中、二人の男が立ち上がる。朝鮮に渡り異能の力を身につけた超人・岩介。そして、江戸三百年間を通じて最も苛烈と云われた天皇・後水尾天皇。彼らは志を同じくする仲間を集め、徳川家に対し絶望的な抵抗戦を開始した」

 誇張無しです。
 全く恐ろしい。今まで天皇家(正義) vs 徳川家(巨悪)という構図を真剣に、しかも娯楽要素満載で書いた作家がいただろうか。

 呪術についても同様です。
 本作以前の隆慶一郎作品に登場する呪術といえば、せいぜいが、松永誠一郎シリーズ(吉原御免状かくれさと苦界行のこと。本来は四部作の予定だった)にみられる過去視・未来視・予知能力程度でした。

 ですが「花と火の帝」はひと味違う。
 結界やテレキネシスは基本、読心術に心の壁、完全記憶に呪術返し、果てはテレポーテーションまでと、ほとんど超伝奇アクション小説の世界。
 主人公である岩介からして作中最強クラスの術者のうえ、天皇を「日本最高の呪術者」としているという呪術尽くし。
 柳生宗矩率いる裏柳生軍団が、岩介の呪術にこてんぱんにされるあたりは爆笑してしまいました。哀れ宗矩。

 そして最後に人物造形。

 岩介は豪放磊落でいつでも死ぬ覚悟が出来ている男の中の男な「いくさ人」とまあ、隆先生お馴染みの造形なんですが、主役である後水尾天皇が凄い。
 華道茶道をはじめとした公家の作法に精通し、岩介手ずからの鍛錬により武芸の達人でもあり、さらには日本最高の呪術者でもあるという八面六臂キャラ。しかも隆先生的な「いい男」なので、言動が一々男らしすぎてたまりません。裂帛の気性と反骨精神、そして天から愛された運の強さを持つ天皇の言動は痛快このうえなし。
 帝をはじめとする公家たちは、徳川に与する「いくさ人」たちと好対照を成しており、読ませます。

 天皇家の敵となる面々も多種多様ですが、輝いているのは何といっても秀忠でしょう

 そう、隆慶一郎作品を愛する方にはお馴染み、悪の帝王徳川秀忠です。
 本作の秀忠の悪ぶりは実に素晴らしい。影武者徳川家康で見せた粘着的へたれぶりに匹敵する情けなさ + しつこさ。天皇の寵愛する女御に対する非道な仕打ちも相まって、完全無欠の悪役となっております。
 隆先生の作品を読む度に思うのですが、先生は徳川家を愛しすぎです。そうでなければここまで徹底して悪役を割り振りませんよ。

 他にも岩介の兄貴分にあたるインド人やら、無頼の修験者やら。まるっきりアンドロイドみたいな怪物まで出てきます。もうやりすぎ。

 そして本作の陰の主役、柳生宗矩。
 キングオブやられ役です。もうこてんぱん。可哀想なくらい良い所なし。影武者徳川家康の宗矩だってもうちょっと見せ場あるぞ。
 主要作品ほぼ全てに登場し、その大半で悲惨なまでのやられ役を演じる宗矩。もしかしたら隆先生は宗矩が一番好きなのではないかと思わせる位です。好きな相手ほど意地悪したくなるというアレ。

 是非とも石川賢に漫画化して貰いたい一品であります。どう考えても漫画雑誌には連載出来ないでしょうけど。
 未完であることが心底悔やまれます。


●WEB拍手レス

>今回のお勧めの本はまた、ようございますなぁ。これにメディアファクトリーからの「怪談双書 怪談の学校」をつければ完璧であります。ところでやす様は漫画の「蟲師」はお読みでしょうか? あれも大変良いものです。

 怪談の学校は昨日届きました。いや、あれはいいですね。収録作や添削された怪談もいいし、京極夏彦の序文も素晴らしい。「開校の辞」が一番怖かったりします。
 蟲師も良作ですね。アニメも好評らしいので見てみようかと。

投稿者: 日時: 20:52 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「イローナの四人の父親」

イローナの四人の父親イローナの四人の父親
A.J. クィネル A.J. Quinnell 大熊 栄

新潮社 1992-08
売り上げランキング : 425,524

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<あらすじ>

 1956年、ブダペストは動乱に揺れていた。
 美貌の女、エヴァ・マレイターは生活のため、米国、独逸、ソ連、英国の男たちに1回ずつ身を売る。そして、それきりで稼業をやめにした。
 二週間後。
 エヴァは何とかして男たち四人を集め、告げた。
「私妊娠しました。中絶するつもりはありません。あなた達のうち誰かが父親よ」
 困惑し驚愕する四人。しかも困ったことに、四人のうち三人はスパイ、残るソ連の男は特殊部隊の隊員だったのだ。
 議論の末、四人はそれぞれ距離を置いてエヴァと子供を見守ることにする。

 十四年の時が過ぎた。
 国家間陰謀の最前線で活躍していた四人の前に、一通の手紙が届く。
 差出人の名はイローナ。かつて彼らが父親となることを誓った少女。
 やがて男たちはイローナに会うべく一堂に会する。
 だが、時同じくしてイローナが何者かに誘拐された。
 誰が? 何のために?
 CIA。MI6。スペッツナズ。BND。各々に所属するプロフェッショナル四人は国家の利害を超えて手を組み、必死の追撃を開始する。





 いやもう、作品の根幹をなすアイデアに脱帽です。
 こんな突拍子もないプロットはそうそう思いつくもんじゃない。流石は名手クィネル(映画「マイ・ボディガード」の原作である「燃える男」で有名)。

 あらすじにも書いた衝撃的な出だしの後、米ソ独英の男たち四人のスパイとしての活動や私生活が丹念に書かれます。
 このため、読者は無理なく四人に感情移入して読み進めることが出来ます。四人が四人ともいい味出してるんだこれが。特にスペッツナズ所属のソ連軍人、ミハイル・セーロフの格好良さは必見。

 何者がイローナを誘拐したのか?
 何故、各国の凄腕を敵にまわしてまで誘拐を決行したのか?
 フーダニットとホワイダニットが適度に組み合わされたミステリ的興味。さらに、プロフェッショナル四人の追跡や侵入といったアクション部分の面白さ。紛う事なき、一級のエンターテイメントです。

 荒唐無稽な設定もリアルさを失っていません。クィネル特有の丹念に書き込まれた文章によるところ大でしょう。
 一気読みを保証。
 お勧めです。


●WEB拍手レス


>これは買いですね。
>いつもいいブツを紹介してくれて感謝の極みですな。
>楽しみだのう。

 いや本当に楽しみです。
 最近は怪奇幻想ものが好調で嬉しいですね。

投稿者: 日時: 18:44 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録番外:最近読んだ新書

 今回はいつもの読書録とは少し趣向を変えて、羅列形式でいってみます。
 容易に入手できて手頃に読めるものを、ということで、ここ最近読んだ新書に絞ってみました。
 書名、出版社、お勧め度となっています。
 お勧め度は記号で記しており、以下のようになっております。

◎:絶対お勧め ○:かなりお勧め
△:まあ興味が湧けば ×:お勧めできません

 なお、このお勧め度は私見であることをご了承下さい。


・「ホラーハウス社会―法を犯した「少年」と「異常者」たち」(講談社プラスアルファ新書):◎

 社会が少年犯罪者や精神疾患を持つ犯罪者を「怪物」として排斥するようになった過程と現状について鋭利、かつ得難い論理を展開しています。特に、終章の「地域が一体になった防犯活動がエンターテイメントとして浪費されている」という指摘は貴重。
 ただ、その指摘に反発を覚える人は少なからずいるでしょう。また、統計的なデータを参考文献に頼らず、実際に記載したほうが良かったように思います。


・「超バカの壁」(新潮新書):×

 養老孟司老いたり。


・「国家の品格」(新潮新書):×

 感情的なお説教と理論的背景を持たない意見で国が良くなるなら苦労はありません。日本「論」と名乗るからには、主張に相応の根拠が必要でしょう。


・「使える新書―教養インストール編」「使える新書 21世紀の論点編」(WAVE出版):△

 amazonでは不評ながら、紹介点数が多いため、相応に使えます。ただし、著者らが各章冒頭で述べている意見にはさして見るべき点がありません。また、「教養」や「論点」をうたっている割には、首を捻らざるを得ない文章が散見されます。
 カタログ代わりと割り切るべきでしょう。


・「元禄御畳奉行の日記―尾張藩士の見た浮世」(中公新書):◎

 古典的名著。元禄時代の尾張藩御畳奉行、朝日文左衛門の記録を編集したもの。元禄太平男とでも言うべき、文左衛門の生き方と記録から、華やかなだけではない元禄の姿が見えてきます。
 古典とされるだけの魅力はあります。今回一番のお勧め。


・「ゲームとしての交渉」(丸善ライブラリー):○

 多様な具体例と、歴史上の実例を用いて、様々な交渉の形態を分析記述した本。著者が現職の弁護士であり経験豊かな交渉家であるだけあり、記された交渉の実例には興味をそそられます。内容的にはゲーム理論の丁寧な解説ですね。


・「ローマ教皇とナチス」(文春新書):△

 その有能さと徳で知られた教皇ピウス十二世――エウジェニオ・パチェリが、ナチスのユダヤ人迫害を知りながらも沈黙を保った理由を追う本。
 残念ながら明確な答えは出せていません。また、最新の研究を利用していないという批判も散見されます。
 概説書としては有用でしょう。


・「大江戸死体考―人斬り浅右衛門の時代」(平凡社新書):○

 江戸時代の死体事情を皮切りに、据物切りの名手として知られた“人斬り浅右衛門”こと山田浅右衛門一族の歴史と周辺情報について概説しています。
 語り口も砕けており、すらすら読めますね。手頃な一冊。

投稿者: 日時: 21:45 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「戦争の日本近現代史」

戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで
加藤 陽子

講談社 2002-03
売り上げランキング : 17,752

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 良書です。ここ数年で出版された日本近代史を題材とした新書でも有数の出来でしょう。
 全九講から成り、それぞれ「軍備拡張論はいかにして受け入れられたか」や「日本にとって朝鮮半島はなぜ重要だったか」といった副題が付けられています。各講では、それぞれの副題に対応した時代の歴史の流れをおさえ、そのうえで副題に対する、非常に筋の通った解答を与えています。

 例えば、明治初期の征韓論・対外拡張論は一般に、士族の内乱を防ぐために対外侵略をガス抜きとして使用したとされています。ですが著者は、当時征韓論が幅をきかせた理由として、「(欺瞞に満ちた明治維新の結果により)正理真道から遠く離れてしまった日本を、名分論によってどうにか救うにはどうしたらよいかという、むしろ、自己本位な動機からきていました」と述べます。

 この解答へ至る論理の展開は理路整然としており、読んでいて快感ですらあります。歴史的な背景と多数の資料により、感情論や印象論に流されずに緻密な論理を展開する著者のやり方は心地良い知的刺激を与えてくれます。もう一度歴史を勉強したくなること請け合い。
 各章末には参考文献が記されているため、各講の主題をより深く調べたい場合に便利です。このあたりは心遣いは流石。

 冒頭で著者は

為政者や国民が、いかなる歴史的経緯と論理の筋道によって、「だから戦争にうったえなければならない」、あるいは、「だから戦争はやむをえない」という感覚までをも、もつようになったのか、そういった国民の視覚や観点や感覚をかたちづくった論理とは何なのか、という切り口から、日本の近代を振り返ってみようというのが、本書(講義)の主題となります(pp. 8-9)

 と述べています。
 この試みはほぼ成功していると言って良いでしょう。自信を持ってお勧めできます。

 それにしても「東大式レッスン」とかいう安い副題はどうにかならなかったのでしょうか。加藤陽子氏自らが「書いた本人さえ何度見ても顔が赤らむ副題」と仰っているので編集部の意向だとは思うのですが。


関連リンク
日本史近代を楽しむ野島研究室のページ(著者、加藤陽子氏のホームページ)


●今日の修羅の刻

ジンガイマキョウさんで葉月

 美麗で格好良い葉月がトップに。
 こうやってみると姫カットに結わいた髪と、破壊力あるなあ。

●WEB拍手レス

>六条御息所って、場合によっては人外属性つきますよね。生霊

 思いっきり生き霊になりますからなあ。
 貴人、年上、未亡人、嫉妬深い、人外。詰め込みすぎだろ。

投稿者: 日時: 20:52 | | コメント (2) | トラックバック (1)

読書録「修羅の刻 第十五巻」

修羅の刻 15―陸奥圓明流外伝 (15)修羅の刻 15―陸奥圓明流外伝 (15)
川原 正敏

講談社 2006-01-17
売り上げランキング :

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<あらすじ>


 江戸時代。無類と称された力士がいた。名を雷電為右衛門。六尺五寸という体格と、人間離れした膂力を誇る相撲史上最強の男。
 雷電の伝説がはじまったのは寛政二年。土俵入り早々に圧倒的な強さで勝ち進んだ雷電は、快進撃を続ける。そして寛政六年、押しも押されもせぬ天下無双の力士となっていた雷電の前に、一人の男が姿を現した。
 陸奥左近。徒手空拳で無敗を誇る、陸奥圓明流の正当後継者。しょぼくれた四十男にしか見えないその男は、正しく鬼だった。
 足かけ三十年に及ぶ雷電と陸奥の物語が、ここに幕を開ける。




 伝奇もの、ということで「修羅の刻」最新刊をご紹介。
 今作は素晴らしいです。「修羅の刻」は話による出来のばらつきが大きいのですが、この雷電篇は、名作と名高い幕末篇・アメリカ篇に次ぐ出来。
 
 陸奥の一族は当然出てきますし相変らずの容赦ない強さ。とはいえ、今作は陸奥の強さが主題ではありません。主役はあくまでも雷電為右衛門、そして陸奥左近の娘、葉月の二人です。

 本質的にはこの話、格闘物語ではありません。雷電vs陸奥のシーンにも多くのページが割かれていますが、突き詰めれば雷電と葉月のプラトニックラブストーリーであると感じます。二人の交流が直接描かれたページは然程多くないのですが、それ故に互いの存在の大きさが感じられる出来となっております。キャラクターの描写は上手いですね、矢張り。

 終盤に登場する葉月の息子、陸奥兵衛の描写が薄いのも、雷電と葉月の物語にケリをつけるための舞台装置としての役割を担っているせいかもしれません。

 常々思うのですが、「修羅の刻」シリーズは、歴史上の人物を主役にし、さらに陸奥がその脇を固めるという構図が一番面白い気がします。坂本龍馬と陸奥(第二巻)しかり、ネイティブ・アメリカンの勇者やワイアット・アープと陸奥(第四巻)しかり。力点が歴史上の人物とその動きにかかるため、陸奥の時に傍若無人ですらある最強ぶりが目立たないせいもあるのでしょう。

 久々に読んで満足な修羅刻でした。

投稿者: 日時: 21:06 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「キャスコ湾乗っ取り作戦」

キャスコ湾乗っ取り作戦キャスコ湾乗っ取り作戦
ボブ ライス 大貫 ノボル

扶桑社 1987-08
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<あらすじ>

 1942年、アメリカの連合軍参戦にヒトラーは危機感を抱いていた。アメリカを封ずるには、世論を参戦ではなく専守防衛に傾けてしまえばよい。そう考えたヒトラーが目をつけたのは、米メイン州・キャプテンズ島に設置された巨砲二門だった。この巨砲をもって、英国へ向かう米輸送船団を沈没させてしまおうというのだ。

 この作戦のために選ばれたのは、米国人傭兵ジョン・ライカー。心身共に鍛え上げられた、望みうる限り最強にして最良の男。そして彼が率いるのは、一騎当千のドイツ軍決死部隊40人。

 ライカーに率いられたこの部隊は、島に首尾良く上陸するや否や、米軍警備兵149人を瞬殺してしまう。
 島に残された軍人は、トーマス・ハイドン中尉ただ一人。高い素養を持つものの、上院議員の子として産まれ、親の命によりただ一度の実戦経験も持たない男。

 プロ中のプロ40人とアマチュアただ1人。絶体絶命の抵抗作戦が、始まる。




 いや、予想以上に楽しめました。
 ぐぐっても殆ど引っかからないマイナー作品ですが、なかなか。思わず一気に読んでしまいましたよ。

 作品の基本プロットは、要するに『ナヴァロンの要塞』の逆パターンです。そして、ジョン・ライカーの造形はほとんどそのまま『鷲は舞い降りた』。ところがただの剽窃では終わっていない。

 骨格は傑作戦争小説のいただきなのですが、これがどうして面白い。ライカーの島への侵入プロセスやその後の隠密作戦行動もしっかり描写されていますし、決死部隊の面々も魅力的。特に、薄汚れた格好をし、メタルフレームの眼鏡を神経質にいじりながら一々気のきいた台詞を吐く副官、通称“教師”はいい味出してます。

 米軍側のキャラも立っています。主人公トーマス・ハイドンは、坊ちゃん育ちのヘタレに見えながら、その実やる時はやる男。島という地理的な利点を生かし、独逸兵とただ1人で戦うあたりは、中々手に汗握らされます。正統派のヒーローですね。ヒロインであるコリス・ケリーとのロマンスが蛇足っぽいのはまあ、ご愛敬。
 描写は少ないながら、素朴で単純だが芯が強い村人たちにもつい感情移入してしまいますな。

 そして何より、プロ40人 vs アマ1人という燃えシチュエーション。しかもプロ側――つまり敵側のボスであるライカーは、冷静沈着、格闘射撃サバイバル全てに精通した凄腕。それに対するアマチュア、トーマス・ハイドンは、才能こそあるものの実戦の経験は絶無。この舞台設定で燃えない人間がいようか。いやいない。

 独逸軍の島占拠までにページを使いすぎて、肝心の40vs1が薄味な気もしますが、これはしょうがないかなあ。あんまり派手にやりすぎると、それこそランボーか沈黙の戦艦になってしまいますし。

 文章はリーダビリティが高くすらすら読めます。作品の構成が荒かったり、時間軸が多少解りにくかったりもするのですが、まあこれくらいは仕方ないかなあ、といったところ。サンケイ文庫というマイナー文庫で出版されたせいか殆ど話題にならなかったようですが、文春あたりから宣伝付で出せば結構売れたんじゃないかな。

 絶版ですが、ネットの古書店でも格安で入手可能。アマゾンさんのマーケットプレイスや、古本市場などにも在庫がありました。ブックオフ型の新古書店でも探せば見つかると思います。
 興味をもたれた方は是非どうぞ。

投稿者: 日時: 22:35 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録:「日本怪奇小説傑作集3」

4488564038日本怪奇小説傑作集 3
紀田 順一郎 東 雅夫

東京創元社 2005-12-10
売り上げランキング :

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 明治以降の日本怪奇幻想小説を編んできたこのシリーズもとうとう完結。
 今回は高度経済成長期、1960年から21世紀も目前だった1993年までの作品を収録しています。
 このシリーズは一巻、二巻と、数ある怪奇幻想小説から鉄板中の鉄板作品をセレクトしてましたが、三巻においてもその方針は変らず。名作、良作ばかりがセレクトされています。タルホの「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」が収められているのは嬉しいですね。つい先日まで、入手しやすい文庫では読めなかったので(最も、今年になってちくまの稲垣足穂コレクションに収録されてますが)。

 小松左京作品はおろか、日本怪奇小説上でも屈指の傑作「くだんのはは」、幻想と現実の境目があやふやになり、次いで確かな現実が浮かび上がったかと思うと最後の最後にそれがひっくり返される赤江瀑「海贄考」、日本の田舎が持つ湿度の高さと不気味さを浮かび上がらせた傑作、高橋克彦「大好きな姉」と、絶品揃いです。
 怪奇幻想というジャンルの作品は文章力が命なので、磨き抜かれた日本語を読みたい方にもお勧めですよ。「大好きな姉」の幕切れの文書の見事さには本当感心した。あやかりたい。

 碩学・紀田順一郎と、名アンソロジスト・東雅夫の解題解説も冴えております。作品を手当たり次第に放り込んだだけの手抜きアンソロジーとはひと味もふた味も違いますな。アンソロジーの魅力は矢張り、多用な作家の作品を一同に会させ、新しい魅力を発見させる点にあると思うのですよ。

 なお、収録作は以下の通り。

「出口」(吉行淳之介)/「お守り」(山川方夫)/「山ン本五郎左衛門只今退散仕る」(稲垣足穂)
「くだんのはは」(小松左京)/「名笛秘曲」(荒木良一)/「楕円形の故郷」(三浦哲郎)
「はだか川心中」(都筑道夫)/「箪笥」(半村良)/「門のある家」(星新一)
「影人」(中井英夫)/「幽霊」(吉田健一)/「遠い座敷」(筒井康隆)
「縄」(阿刀田高)/「海贄考」(赤江瀑)/「ぼろんじ」(澁澤龍彦)
「風」(皆川博子)/「大好きな姉」(高橋克彦)

投稿者: 日時: 20:18 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「珍説愚説辞典」

4336045291珍説愚説辞典
カリエール ベシュテル

国書刊行会 2003-09-20
売り上げランキング : 208,137

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 サイトリニューアル前に一度取り上げたのですが、ちゃんとした形で書いてなかったのでこちらで。
 大作家から大学者、ローマ法皇から大新聞、古今の教養人が書き残した言説を集大成した事典です。B5二段組みで750ページ、総項目3500以上というボリュームを誇り、内容も値段もヘビー級。普通なら只の教養書ですが……奇書万国奇人博覧館の著者が手がけているとなればただですむはずがありません。

 本書に収められているのは、その全てが珍説愚説の類です。表紙には『世界史や個人の伝記にまつわる、わけのわからない言葉、間違い、誤綴、莫迦げた考え、大胆すぎる仮説を含む。それに加えてかなりの数の愚かしい言葉、ありとあらゆる種類の狂気や空想、空疎な駄弁もあり』とあり、内容もその言葉と一言一句違いません。
 記された「珍説愚説」は

【ピカソ】
典型的な分裂病患者の作品だね。(カール・ユング)
面白いよ、君。君は劇画に専念すべきだと思うね。(フェリックス・フェオネン)

やら

【ピアノ】
どのメーカーのものであれ、如何に贅を尽くしたものであれ、ピアノの形は醜悪である。音楽家の想像力がどれほど飛翔してゆこうが、ピアノの形は依然としておぞましいままだ。その対極にあるのが、審美的にも美しいパイプオルガンである。(エミール・バイヤール)

やら

【二】
厳密に言えば、政体というのは二つしかない。万人のための政体、あるいは少数者のための政体、そしてただ一人のための政体である。(コテュ『青少年のための政治入門』)

やら延延この調子。全編に渡り、的はずれだったり愚かしかったり理解不能だったりする言葉がひたすら続きます。言葉の主は当時屈指の教養人ばかりというのがまた何とも。

 抱腹絶倒の一冊ですが、愉快なだけの本ではありません。序文には、珍説愚説辞典を貫く思想が明確に語られています。
 編者たちは序文で「一番いいものしか入っていない」「選集や名作集」を強く批判します。成程、天下りの「贅沢品のカタログ」からもたらされるのは、何も彼もが正常で知的な、おそるべき古典主義世界でしょう。其れはディストピアに他なりません。
 編者は言います。

そう、我々は愚かしさに苦しんでなどいない。まったく逆である。我々は愚かしさを愉しみ、自らの栄養としているのだ。豊穣であること、それこそが明らかに、愚かしさの最高にして最大の得なのである

 正直理解しがたい内容も多々ありますが、読んで損はない一冊です。

投稿者: 日時: 21:12 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「ウィルソン氏の驚異の陳列室」

4622046490ウィルソン氏の驚異の陳列室
ローレンス ウェシュラー Lawrence Weschler 大神田 丈二

みすず書房 1998-11
売り上げランキング : 430,389

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 ロサンゼルス郊外に位置する博物館「ジュラシック・テクノロジー博物館」があるそうです。この博物館に展示されているのは、実に奇妙な物ばかり。
 ある種の胞子を吸い込むと頭から角を生やし、あらゆる義務を放棄してひたすら木に登り詰め、やがて死亡し、角から再び胞子を撒き散らす蟻――メガロポネラ・フォエテンス。あるいはコウモリ学者ロナルド・R・グリフィスにより報告された、紫外線を放射することにより飛行するコウモリ――マイオーティス・ルーシファーガス。
 驚異的な展示物についての記述が続くにつれ、読者はある疑問を持ち始めるでしょう。そう、果たしてこれらは、どこまでが真実なのか?

 当然著者も同じ疑問を抱き、博物館館長ウィルソン氏への聞き取り、関係調査機関への問い合わせなどを通じ、展示物の真贋を問い合わせます。その結果は驚くべきことに、いかにも本当そうに見える展示物がでっちあげであり、どう考えても与太話な展示物は細部まで本物だったというもの。ジュラシック・テクノロジー博物館では、何が正しく、何が虚偽かという境界線を引くことが出来ません。針の穴の内側に刻み込まれた、僅か30ミクロンのヨハネ・パウロ二世の彫刻。それは博物館が語るように、あるヴァイオリン教師により手ずから作られた芸術作品なのか? それともただのでっちあげで、そんなヴァイオリン教師など存在しないのか? 真実と虚偽の境界を歩き続けるうち、著者も読者も幻惑の中に落ち込んでいきます。

 実際、博物館を見学したある人は、事務室に置いてあったなんの変哲もない鉛筆削りから目が離せなくなってしまったそうです。只の鉛筆削りにしか見えないそれが、実は途方もない秘密を秘めているような気がしてきて仕方なく、ついには鉛筆削りから目が離せなくなってしまったというのですね。
 この本は――いや、我々の見ている事物や現象は、どこまでがフィクションでどこまでがノンフィクションなのか。現実と幻想の境界とは何なのか。そもそも我々の存在とはもしかするとフィクションではないのか。
 読了した折の、混乱と浮遊感、現実からの解離感が実に心地良い一冊です。
 いや、いい読書体験でした。

●WEB拍手レス

>呪紋大三郎復活キター!! 白き医師は出るようですが煎餅屋はどうなんでしょ?

 「ぼく」「私」の人は出ない予定です。流石にあの人まで出すと収集付ける自信がないという……

>用語辞典を読んだのですが、ガレーンって魔法使いクラスの人なのでは?

 実力的にはそうかと思うのですが、魔法使いの存在はTYPE-MOON世界設定の根幹に関わりかねないため、魔術師の一柱ということにしてあります。ご了承ください。

>(アドレス省略)
>そちらのアドレス先のものを見てください。とても素敵にシュールなCMです。

 む、ページが存在しないようです。URLが変ったのかな。
 本体ページの方には行けるようですので、そちらから探してみますね。

投稿者: 日時: 23:31 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「カネが邪魔でしょうがない」

4106035537カネが邪魔でしょうがない 明治大正・成金列伝
紀田 順一郎

新潮社 2005-07-14
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 いやもう、圧巻でした。流石は近代日本黎明期の成金たち、色々な意味でスケールが違いすぎる。

 本書の主役たちは以下の通り


 ・鹿島清兵衛
 ・鈴木久五郎
 ・大倉喜八郎
 ・岩谷松平
 ・雨宮敬次郎
 ・その他、明治大正を彩った無数の成金たち


 彰義隊と互角に渡り合う程の胆力を持ち、白刃をかいくぐり、ついには近代日本産業の立役者となった大倉喜八郎、絵に描いたような「成金」であるタバコ王岩谷松平など、その生涯はひどく魅力的です。

 中でもとりわけ異彩を放つのが、豪商に婿入りするも夫婦仲が上手くいかず商売人にも徹せなかった鹿島清兵衛でしょう。

 清兵衛が婿入りしたのは、江戸の下り酒問屋、鹿島屋。幕府御用達であり、江戸でも屈指の商家です。本来ならば栄達の道が約束されていた清兵衛ですが、諸処の問題が重なり、商売に対し熱意を喪失。腐っていたところ、番頭の薦めにより、美術品や工芸品に熱中することになったようです。
 元々蔵に眠っている骨董品や工芸品で審美眼が鍛えられていた上、清兵衛には天性の器用さをあったようです。おまけに桁外れの財力があったのだから鬼に金棒でしょう。

 そして清兵衛は、当時最新のテクノロジーであった写真にはまりこみます。これがまあ、並大抵の入れ込みではない。写真館を建立するわ技術者を欧羅巴に留学させるわ、逆に技術者を招くわという徹底ぶり。日本近代の写真は、清兵衛によって発展したと言っても過言ではありません。

 当時評判の芸妓、ぽん太を得てからは凄まじい遊興を重ねます。
 明治時代に京都まで列車を仕立てて、お座敷列車へと改装し、さらには当時最高峰の料理人や音楽家を招いて移動大宴会を催したというのだからまあ、生半可ではない。こんな金の使い方、当時の「成金」しかしませんし、出来ませんよ。現代のIT長者ではやれと言ってもやらないでしょうし、世間もそれを許容しますまい。

 ただ、本書によると、清兵衛は遊興の真っ最中でも、どこか遠くにいるような佇まいで冷め切っていたようです。傍観者をもって自認していた鴎外が「同類」と感じているほど。実際に、当時の一般的な成金と違って、自分から率先して騒いだり金をばらまいたりするなどということは無かったようです。
 今に残る写真を見ても、線が細く神経質そうな面持ちをしてますな。成金、という言葉をイメージするのが難しい面構えです。

 あまりの遊興ぶりに本家から離縁されてからは没落の一途。子供を養子に出さねばならぬほどの貧窮ぶりであり、流転の末に家族は崩壊し、1924年に死去。最後まで共にあったぽん太も翌年没しています。

 凄まじい豪遊→凄い勢いで没落して世間から忘れられる、というパターンを辿った成金は山ほどいますが、今になって彼らの生涯を見直すと、そこには、そこはかとない滑稽味があります。
 おそらく、成金を見て羨望と共に滑稽さを感じる心理は当時の人々にもあったのでしょう。だからこそ、彼らは嘲笑されながらも、劇画化され愛されたのです。

 ですが、清兵衛にはその滑稽さが無い。心の隙間を埋めるための手段として豪遊をしながら、最後の最後まで傍観者でしかなかった清兵衛。高いインテリジェンスの持ち主であった彼の生涯は、成金という言葉のイメージとは程遠い寂寥感に包まれています。
 そこが寂しくもあり、また同時に興味をひくところでもありましょう。

 清兵衛の話ばかりになってしまいましたが、当代きっての碩学、紀田順一郎による博覧強記の記述も健在。
 近代の成金たちの、まるで泡沫の如き生き様に浸るもよし、国家と彼ら成金との関係から、近代国家に成立について思索するもよし。
 読みでのある良書です。選書サイズなので分量、お値段も手頃。
 お勧めですよ。

 ……しかし大倉喜八郎のように、幕末から明治を生き抜いた人は凄い面構えしてるな。本当に自分たちと同じ人種なのかと思うほどだ。時代の違いかなあ。


●WEB拍手レス

>しかしUMAて嘘くさいですけど何かときめくものがありますね。個人的にメガロトンが生きていたら最高です
>巨大生物は堪りません……!

 全面的に同感です。UMA、嘘くさいんですが、やっぱり浪漫がありますね。
 メガロドンいいなあ。海の底にいないかなあ。

投稿者: 日時: 19:38 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>」

4560720800アウシュヴィッツと(アウシュヴィッツの嘘)
ティル・バスティアン 石田 勇治 (他)

白水社 2005-06-07
売り上げランキング : 27,784

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 ナチス、ホロコースト問題に関する最良の入門書であり、基本文献の一つです。
 アウシュヴィッツ強制収容所についての基礎事実と、アウシュヴィッツ――というよりも、ホロコーストを無かったことにしようとする人々、通称「修正派」への反論を収録。
 タイトルにある「アウシュヴィッツの嘘」とは、アウシュビッツで行われたユダヤ人虐殺を無害化し、否定し、歴史を偽造しようとする試みのことですな。

 世界的に見られるこの種の動きに抗するため、著者は第一部でアウシュヴィッツの通史と論点を手際よくまとめ、第二部では修正派の論点をまとめ、一つ一つ検証・論破してゆきます。
 感傷的にも感情的にならず、淡々と事実を積み重ねてホロコーストに向き合うスタンスのせいか、内容は非常に重い。
 修正派の論旨を一々丁寧に検証してゆく第二部など、いわゆる「論破」の爽快さは欠片もなく、ただただ重苦しさがつのります。久しぶりに読んでいて居住まいを正されるなあ、と。

 印象的なのが「何故この種の本が必要なのか」という問いに対する著者の答え。少し長いですが以下引用。
 文中の、「ロイヒター・レポート」というのは、米国人エンジニア、フレッド・A・ロイヒターが1988年に刊行した、強制収容所の「鑑定書」です。修正派にとっての基本文献の一つ。



私が思うに、こうした対決を避けて通るわけにはいかない。なぜなら、『ロイヒター・レポート』の本来の読者である右翼急進主義者たちはどんな反論にも耳を貸さないが、それ以外の多くの人間がこうした書物に出会った場合、きちんとした反論がないと不安に陥るからである。このレポートを詳細に検討したヴェルナー・ヴェークナーが強調しているように、こうした場合、いくら道徳的・政治的な主張をふりかざしても「こちら側の論拠が薄弱なのではないかという印象を植え付けるだけである。このディレンマを避けようとすれば、絶滅収容所のありさまとそこで起きたことを余すところなく解明しようとしなければならない。」


『アウシュヴィッツと<アウシュヴィッツの嘘>』P94


 慧眼です。
 実際のところ、ホロコースト問題に限らず、ある種のドグマを信じている人々を説得するのはほとんど不可能に近い。
 重要なのは、彼らの論に惑わされる人を出来る限り減らすべく、事実に基づいた的確な反論を行うことなのでしょう。

 第三章として、訳者たちの論文を収録。1995年に起きた「マルコポーロ事件」の際に書かれたものが大半です。
 参考資料も充実。英語やドイツ語のものの他、日本語で読めるものも補填されています。本書が最初に出版されたのは1995年ですが、それ以降の資料も載せているあたり良心的。新書サイズでこういうことをやってくれるのは素晴らしいですな。

 物理的にはコンパクトでも、内容は濃く、重い本。
 読んでおいて損はないでしょう。


●WEB拍手レス

>ルルイエ、吹きました。まさかそうくるとは。これで狂気山脈や南極にある巨大な穴があれば完璧です。

 当然そこらへんも探してみました。南極は解像度が低かったのではっきりとは見えなかったのですが。
 ……つまりあれだな。米国が提供している衛星画像で解像度が低いということは、南極には本当に何かが(ry

>K住職1を見て「ブラックロッド」のガンボーズを思い出したのは自分だけでない筈……

 私も思い出しました。
 住職強すぎ。

>ルルイエキター センスいいですな。毎度毎度。

 有り難う御座います。センスいいって言われることはまずないので、嬉しいですね。

投稿者: 日時: 19:50 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「日々狂々、怪談日和」

4812421772日々狂々、怪談日和。―「超」怖ドキミオン
平山 夢明

竹書房 2005-06
売り上げランキング : 4,256

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★★★
(★1つで1点、☆が0.5点。5点満点です)


 かの平山夢明の新刊。お馴染みの「超怖い話」「東京伝説」とは少々テイストが異なりまして、2002年から2003年にかけて平山先生がWEB公開していた日記を加筆訂正したものです。
 
 日記と名乗っているもののそこは平山先生。虚実が明らかでない程に達してしまった人々との遭遇譚が不謹慎ながらも面白い。


・バス亭に突っ立ってひたすら爪を噛んでは吐き捨てる長い髪の女
・墓にむかって「しっかりしろ!」と叫び続ける浮浪者
・不気味な問答を仕掛けてくるアンバランスな子供
・<ぅはっ!>が口癖の個人経営なラーメン屋の店主


 などなど……
 正直どこまで本当でどこまでがフィクションなのかさっぱり解りませんが、読んでいて興味深いのは確かなので問題無しです。

 そしてそれ以上に凄いのがテンパり具合。怪談本は夏場に集中するため、5~6月にかけて仕事が一気に襲ってくるようです。その頃になると日記の調子が明らかに変わっています。迫力が違う。
 向こう側を覗き込んでしまっている感漂う記述も散見されます。狙ってやってるにしても素で書いてるにしてもたまらんものが。
 問題にならない程度に引用してみましょう。

 よくアパートなので隣の部屋から夏場、生ゴミの臭いがぷんぷんするという苦情がありますが、それらはほとんどが死体です。人間はかなり生ものですので死ぬと生ゴミになるわけで、特に臭いといったものが廊下でも感じる場合にはダーマーさんの時もそうでしたが大抵、下水の詰まりとか生ゴミの処理の不具合ではなく<腐乱ちゃん>なのです。

 この文面が「仕事の終わりが見えてきました(意訳)」に続いて流れるように出てくるあたり、我らが平山先生は健在というところでしょう。
 6/2「え~、死にそうなので」や、6/11「引き続き地獄」もこの系統であり、読ませます。

 良くも悪くも夢明ファンのための一冊です。ファンなら買って損なし。
 個人的には東京伝説や超怖い話よりこっちが好きです。
 後、所々に挿入されたラフな絵は何か妙に神経がささくれ立つなあ。素晴らしい。

投稿者: 日時: 20:55 | | コメント (0) | トラックバック (0)

読書録「心霊写真 不思議をめぐる事件史」

 ふと思い立って日本伝奇について纏めたりしてます。
 こうやってみると1990年代後半あたりからは伝奇ゲームが凄い勢いで増えてるんだなあ。80年代の超伝奇バイレンスを継承すると言わんばかりだ。
 
 それはそうと、今日の読書録はこちら。


4796646884心霊写真 不思議をめぐる事件史
小池 壮彦

宝島社 2005-06-15
売り上げランキング : 5,410

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★★★★☆
(★1つで1点、☆が0.5点。5点満点です)

 怪奇探偵こと小池壮彦の手になる、我が国の心霊写真の通史。タイトルからすると心霊写真を掲載しただけの怪しげな本に思えますが、小池壮彦がそんな凡庸な書物を記すわけがありません。著者自らが言うとおり、類例の無い通史であり、資料的にも高い価値を持ちます。

 幕末日本に輸入されてきた写真は輸入直後は、魂が吸われるとして忌避されたものですが、明治維新の頃になると百を超える写真家が登場、人気役者のブロマイドにファンが殺到するという現象が見られます。
 この頃から既に、「住職の後ろに女の影」といったような、いわゆる「心霊写真」は存在していたようです。その多くは散逸しているものの、著者は明治時代の資料を丹念に掘り起こしてきています。
 この幕末~明治時代を起点とし、現在に至るまでに、「不思議な何かが映った写真」が、いわゆる「心霊写真」へと如何にして変化してきたか通観したのが本書です。

 「幽霊らしきものが映った写真」が「幽霊写真」へ、「幽霊写真」が「念写」の