読書録「人間を守る読書」

人間を守る読書 (文春新書)人間を守る読書 (文春新書)

文藝春秋 2007-09
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「本の本」を読むのは楽しいものです。一口に「本の本」といっても色々ありまして、いわゆる書評本、網羅に徹したブックガイド、推薦を第一義とした紹介文、「自分がどのようにその本を読んだか」を押し出した読書本と様々。「狐」こと故・山村修による書評集などは、書評そのものが読む喜びを与えてくれます。「本の本」は百花繚乱、玉石混淆のジャンルだといえましょう。
 その中にあって、本書『人間を守る読書』は出色の一冊です。

 取り上げられた本は多彩です。エンターテイメント方面は手薄ですが、『自省録』のような古典から、『ロリータ』の新訳 まで目配りは広い。単にブックガイドとしても優秀ですね。
 ですが、本書の読みどころは、めぐる思索に重きが置かれていることにあります。著者が自分の立場を前に押し出しているとも言えますね。これはデリダをめぐる体験(pp. 95- 100)などを読めば明瞭でしょう。

 著者が言うように、書物とは「何かを伝えようとする意志」です。ならば読者はその意志を受け取る者であり、その先にはまた新たな体験と意志とが構築されましょう。すなわち読書とはコミュニケーションなのです。単に情報を受け取るだけの作業ではありません。
 ならば、本書を読むという行為もまた、一つの体験に他ならないと言えましょう。

 著者は「後記」で書きます。

書物を手にとって読むというのは、人間のあらゆる知的活動のうちにあって、もっとも基本的なものである。インターネット時代に書物などもう古いという人がいたら、わたしは尋ねてみたい。いったい牢獄にパソコンを持ち込むことができるかと。電気が断ち切られてしまった難民キャンプで、キーボードが打てるのかと(p. 314)。

 この指摘はまったく正しい。
 私は電子書籍を全面的に支持しますが、最後の拠り所となるのはやはり本、さらには記憶だと確信しています。記憶さえあれば、読書という魅惑的な体験を享受することは可能なのです。
 アルベルト・マングェルは「暗く、何の希望も慈悲もない場所で、求めに応じては、頭の中にあるウェルギリウスやエピリデスの書物を広げ、古典作家が残した言葉を、書物を持たぬ人々に向かって朗読する老人」について記していますが(『読書の歴史―あるいは読者の歴史』p. 81)、これなどはまさにその実例でしょう。紙の形をした書物がなくとも、「何かを伝えようとする意志」があり、その意志を受け取りまた発信する読み手がいる限り、読書という行為は成立するのです。

 本書を手にとることで、読書をめぐる思索と体験とに誘われることになるでしょう。
 お勧めです。

投稿者: 日時: 2010年05月21日 23:13 Web拍手

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