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クトゥルフもの掌編「中間管理職」
お目覚めの時間ですと大声で知らせると、あの方が五月蝿そうに身をくねるのが伝わってきた。不機嫌そうな声がわたしの脳髄を震わせる。
「いきなり言われてもね。この間起きてからまだ百年も経ってないんだ。もう少し寝かせてくれないと困るよ」
相変わらずの大音量にわたしは顔をしかめる。騒音どころの騒ぎではない。聴覚中枢を直接刺激するのはやめてほしいものだ。
大体、寝かせてくれと言われてもこちらは困る。あの方にとっては百年も一瞬も同じだろうが、わたしや信奉者たちにはそうはいかないのだ。素直に言うことを聞いていては、覚醒を待っている間にお迎えが来てしまう。
「星辰が久しぶりに揃いそうなのです。どうかこの機を逃さずに、今一度のお目覚めを。我ら一同、心より願っております」
「揃った、じゃなくて揃いそうなの? せめて、ちゃんと揃ってから呼んでくれないかな。こっちもさ、君たちで言う二十世紀に入ってからは大変なんだよ。星の位置がちょっと変わるだけですぐ起きろと言われるんだから迷惑この上ない。星振が中途半端だと、目が覚めても力が入らないし、お腹も空くし、いいことは何もないんだ。家で寝ていた方がまだいいよ」
「そこを何とかお願いします。供え物もいつもより豪華にしましたから。ほら、生贄も用意してあるんですよ」
表向きは平静に、ローブの下では脂汗を流して語りかけながら、祭壇へと目をやる。
秘密教団の紋様を刻んだ石棺の上には、素裸の青年が四肢を拘束されて横たわっている。敵対する教団の幹部だ。麻酔薬をたっぷりと嗅がせてあるせいか、声一つあげない。
ちらと、あの方が祭壇へと注意を払う気配があった。
「そこそこ高位の司祭だね。どこから連れてきたの?」
「ヨグ・ソトース教団と戦った折に拉致してまいりました。お気に召しましたでしょうか」
「ヨグ・ソトースならいいか。こういう生贄は有り難いけど、ナイアルラトホテップに関係したのは駄目だよ。あいつ、後でうるさいからね」
「承知しております」
取りあえずはおめがねにかなったようだ。
ほっと安堵して、わたしは腰をかがめ念話を続ける。
「して、ご降臨の件なのですが……」
「仕方ないなあ。取りあえずダゴンを送っておくから、それで我慢してよ」
「ダゴン様……ですか」
――眷族だと?
ふざけるな、と叫びたいのをぐっと我慢する。へそを曲げられてはたまらない。
「なんか不満そうだね」
「いえ、そのような筈はありません。強大なる眷族の方をお招き出来るなど、願ってもない幸いです。我ら一同、心よりの感謝を」
「ならよかった。今度呼ぶときはもう少しちゃんと準備してね」
ぶつり、と音がして念話が切れた。同時にあの方の気配も消える。海底の都市でまた眠りについたのだろう。
わたしはきりきりと痛む胃に眉をしかめながら、信者たちを振り向いてローブを大きく広げ、声を張り上げる。
「聞くが良い、我が同胞よ。偉大なる神よりお告げがあった! 早晩、彼の方の大いなる眷族が水底より来たるだろう。大海原はこの汚れた地上を覆い尽くし、最後の審判が行われる。刮目せよ、裁きの日は近い!」
石の洞窟を信者たちの歓声が埋め尽くす。
彼らの狂騷とは裏腹に、わたしの心はさめていた。
この二十一世紀となっては、ダゴン程度ではものの役に立たない。現界して猛威を振るっても、与えられる被害など高が知れている。数時間暴れた後は、いつものように米国海軍か、正義の魔術師か、根性だけは人一倍の探索者が出てきて片が付くだろう。
だが、信者たちにそんなことを言うわけにはいかない。彼らが諦めて貢ぎ物をしなくなったら、わたしが飯の食い上げだ。
小一時間ほどの講話をすませ、洞窟を後にする。潮の匂いがする廊下を通って司祭室へと戻り、ローブを脱ぎ捨てると煙草に火をつけた。煙草をくゆらせながら部下からの報告書に目を通すと、政府のエージェントがアジトの入り口付近をうろついていたとある。となれば、このアジトもそろそろ引き払わないといけないだろう。今の政府機関は優秀だ。拠点の場所さえ判明すれば、わたしたち程度の教団を一網打尽にするのは容易い。引っ越しともなれば信者たちがまた文句を言うだろうが、逮捕されるよりはましだ。
わたしは煙草をもみ消し、じめじめした灰色の天井を仰ぐ。問題は山積みで、信者は自分勝手、神様はそれに輪をかけて我が儘だ。
明日も朝から儀式の準備である。連日の睡眠不足で体力も限界に近い。今夜ぐらいはゆっくり眠らなければ体がもたないだろう。
――まったく、邪神の司祭も楽じゃない。
寝酒のウィスキーを取り出しながら、わたしは大きく溜息をついたのだった。
(了)
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