読書録:おそるべき戦闘精神――「宗教批判をめぐる 宗教とは何か(上)」

宗教批判をめぐる―宗教とは何か〈上〉宗教批判をめぐる―宗教とは何か〈上〉
田川 建三

洋泉社 2006-05
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 新約聖書学者である田川建三の初期著作『宗教とは何か』、その増補改訂版です。
 様々な専門誌に発表された文に手を加え纏めた本であり、各章は独立しています。その上で主張が首尾一貫して全く揺らいでいないのは、思索の徹底性を示していましょう。宗教書と聞いて我々がイメージするものとは全くもってかけ離れた内容であり、その衝撃だけでも読む価値あり。

 著者の主張の眼目は、抽象的な彼岸の救済(=著者が批判する宗教)を一切拒否し、現実そのものを深く広い、まさに現実として知り、理解し、生きるということだと思われます。全編を通じて、繰り返しその種の言葉が語られていることからも明らかでしょう。
 170頁にある以下の文章が、ダイレクトな形で著者の思想を示しています。



もしも人間の魂の救済などがありうるとしたら、それは世界中みんなが同じように豊かに食えるようになる社会関係をどのようにしてつくり出すか、という過程の中にしか存在しない(中略)我々の魂は我々の現実的人間関係以外のところには存在しない。キンシャサの町の最も貧しい人が今の私より豊かに食えるようにならない限り、私の魂の救済などありうるはずがない


 これは恐ろしいほどに戦闘的な思想です。
 世界に山積みにされている問題を正面から引き受け、己の生活とは直接関わりの無い人々の生活における問題に自らが間接的にであれ関わっていることを認識した上で、戦い続ける。つまりは「世界中みんなが同じように豊かに食えるようになる」世界へと変えるべく力を尽くそうというのですから。生半可な覚悟で抱ける思想ではありません。そしてその思想を実践に移すとなるとこれはもう、崇高とも言える戦士の領域です。

 著者はいわゆる宗教性の批判を通して自らの思想を展開していますが、それらの批判においても著者の徹底性と戦闘精神は明確です。田川建三の学問的な土台の確かさには定評があり、中でも第三部の遠藤周作批判はいっそ小気味よい程。
「初出と自己批評」の項で「彼の配慮を感じたことがある」と遠藤に感謝の意を捧げながらも、「書くべきことは情に左右されずに書く必用もあろう」と、遠藤の著作を批評批判粉砕する姿勢にも著者の姿勢が良く現れています。思想と学問とに誠実な態度であり、敬すべきでしょう。

 著者の思想は宗教に救いを求めるそれとは全くかけ離れています。かといって、安易なリアリズムともまた異なります。実現至難だが不可能とまでは言い切れない理想をかかげ、かつ、その理想を現実に叶えることを念頭に動き続ける精神。まさしく茨の道でしょうが、同時に全き人道であります。
 悪戦苦闘しながらもその道を歩き続けようとする著者。そこに私は、救い主キリストではなく人間イエスを範とする、クリスチャン田川建三の苦闘と栄光を見ます。著者の思想に賛成するにしろ反対するにしろ検討するにしろ、強靱な思索は必ずや読み手の糧になりましょう。


<関連リンク>
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投稿者: 日時: 2006年07月07日 21:25 Web拍手

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