伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門(3)

●伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門(3)




 「伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門」、第三回にして最終回です。
 今回は1970年代から現代までを扱います。この時代の作品になりますと、流石に馴染み深いものが増えてきますね。
 70年代、80年代は小説を、90年代以降はゲームを中心に取り上げます。
 事実誤認や不適切な記述、この部分が物足りないなどありましたらご指摘くださると幸いです。


■1970年代/半村良の衝撃


 1970年代は、60年代に定着した「異端文学」的な要素が、拡大・一般化・通俗化されていった時代と言えましょうか。
 実際に、70年代初頭には、60年代アングラ文化の集大成ともいえた「家畜人ヤプー」がベストセラーとなっています。一部の好事家や目利きのためだけにあった「異端」の世界が、陽のあたる場所に出てきたと言えましょう。
 その風潮を軽薄だと嘆く向きもありましたが、多くの読者が埋もれていた文化の魅力へと目を向ける契機になったことは忘れてはならないと思います。

 伝奇という観点からは、1972年「石の血脈」の衝撃が圧倒的でした。

 新進気鋭の建築家、隅田を襲ったのは恩師の急死と妻の失踪だった。急激な環境の変化にも負けず、自らの才を発揮しようとする彼の周りに、現実を超越した怪事が姿を見せ始める。
 謎の暗殺教団の影、変容した妻、奇怪な性病と不老不死の人間、そして、人類の歴史を陰で動かしてきた秘密結社。
 やがて隅田が知る脅威の現実とは……
 
 とまあ、そういう作品です。
 序盤では現代小説の装いを取りながら、中盤からは明らかな非日常の世界へと突入するといった構成は当時は珍しいものでした。巨石文明、アトランティス、吸血鬼伝説、人狼伝説、妖艶極まる謎の美女、といった「いかにも」な要素が満載の一大伝記絵巻であり、今でも魅力は色あせていません。
 性病が主要なテーマの一つということもあり、濃厚なエロスの描写が読者を引き付ける要素となりました。

 なお、帯において<伝奇ロマン>を銘打った作品は、(少なくともメジャー作品では)「石の血脈」がはじめてであったように思います。
 半村は第二作「産霊山(むすびのやま)秘録」において、<ヒ>と呼ばれる一族を主役とした日本の影の歴史を描いています。これまた評判を呼び、俗に言う「伝奇ロマン」のイメージを形作ったことは間違いありません。

 また、同時期に平井和正によって書かれた「死霊狩り」も重要です。
 超人的な身体能力を持つ主人公たちと、人智を超えた怪物との死闘を描いたこの作品は一躍大人気を博しました。
 秘密組織、超人的な登場人物たち、「ゾンビー」と呼ばれる宇宙からの侵入体、国家的陰謀と、伝奇ロマンと類似しながらも過激さを増した道具に溢れており、伝奇バイオレンスの先駆となっています。

 この他、荒巻義雄や小松左京といったSF畑の作家の活躍が目立つ期間でありました。エロスとバイオレンス、超古代や謎の組織や怪物といった、わかりやすい形での伝奇エンターテイメントの原型は、この時代に出揃ったと言えましょう。


■1980年代/超伝奇バイオレンスの隆盛


 1980年代は、戦後世代が躍進した時代でした。
 SFにおいては山田正紀、新井素子、山尾悠子などの優れた書き手が登場し、幻想文学方面では須永朝彦が活発な活動を見せていました。
 笠井潔が精力的に活動し始めるのもこの時代です。「ファンタジーの遍歴時代」「サマー・アポカリプス」、「ヴァンパイヤー戦争」など、笠井の代表作はほぼ全て80年代に出揃っています。

 伝奇的な観点から見れば、決して外せない二人が現れたのもこの時代。言わずと知れた、菊地秀行と夢枕獏の二大巨頭です。
 菊地は、都市を舞台に超人たちの荒唐無稽な活躍を描くことによって。
 夢枕は、人間の肉体と日本古来の呪術や伝承を組み合わせることによって。
 いわゆる「超伝奇バイオレンス」と呼ばれるジャンルを開拓しました。
 菊地の代表作には「妖獣シリーズ」「魔界都市シリーズ」があり、一方の夢枕は「キマイラシリーズ」「精神ダイバーシリーズ」「陰陽師シリーズ」などを代表とします。
 共に癖のある描写、エンターテイメントに徹した内容、激しいエロスの描写といった要素を特徴とし、一時代を築き上げました。
 実際、本屋のノベルズの棚には、菊地か夢枕の亜流ばかりが並んでいるという時代があったのです。

 我々が想像する伝奇アクションは、この時代に確固たる市場を築き上げたと言ってよいでしょう。先に述べたとおり、伝奇ロマン/伝奇アクションそれ自体は1970年代に確立されていましたが、それと市場の定着とはまた別です。

 また、忘れてはならないのが1985年、荒俣宏の手になる「帝都物語」でしょう。
 明治から昭和初期にかけての一大超能力戦争を書いたこの作品の影響力は甚大です。
 それまで一部の好事家や研究者だけが知るものであった、陰陽道、阿部晴明をはじめとする日本の呪術的伝承を一般に広めた功績は計り知れないものがありましょう。こと伝奇エンターテイメントに関する限り、現在に至るまで、帝都物語を超える影響力を持った物語はおそらくありません。伝奇を語るとき、決して避けては通れぬ作品です。

 なお、荒俣は帝都物語と同時期、「本朝幻想文学縁起」において、日本古来の怪異と伝奇の世界を幅広く紹介しています。これまた、一部の研究者や好事家だけが持っていた知識を広めたという意味で重要な著作です。

 純文学方面からも伝奇的要素を強く持った作品が発表されています。中でも大江健三郎「同時代ゲーム」は、四国の山中にある、異界としての神秘的な村を舞台とし、「異貌のものたちの歴史」という濃厚な伝奇的要素を有しています。


■1990年代/伝奇の停滞


 1990年代に入ると、伝奇物語は停滞の時期を迎えます。
 どのようなジャンルも活性化の後は停滞か衰亡を迎えますが、伝奇も例外ではなかったということでしょう。ただ、衰退ぶりは、80年代の伝奇の活発さを証明するものでもありました。
 先ほども述べた超伝奇バイオレンス、ひいてはエンターテイメントとしての伝奇小説がジャンルとして定着してしまったことも原因でしょう。ブームの後、ファンに支えられて定着したジャンルは、完全に消え去ることこそありませんが、本屋の片隅で細々と生き残ってゆくだけになることになるものです。

 もっとも、話題性/革新性のある伝奇的な小説作品が全く無かったわけではありません。

 1988年頃から1990年代前半は、ジュヴナイルを中心とした作品が量産されていました。現在「ライトノベル」として知られる物語の原型の多くは、この時代に求められます。水野良「ロードス島戦記」が若年層の間で圧倒的な支持を得たのが典型ですね(ロードス島戦記そのものは1988年の開始ですが)。
 ただ、この当時は西洋的世界観を基にしたファンタジー作品が主流であり、本文で述べているような伝奇的な作品は少ないです。

 また、1994年に、京極夏彦が「姑獲鳥の夏」で鮮烈なデビューを果たしました。
 発表当初こそ然程注目されませんでしたが、第二作「魍魎の匣」で各界の圧倒的支持を獲得。京極夏彦はこの後も伝奇味の強い作品を連続して発表し、伝奇ミステリの世界に大きな足跡を残しています。

 しかし、90年代の伝奇物語は、小説の世界においては矢張り隅に追いやられていた感が否めません。朝松健のような作家が奮闘してはいましたが、大きな支持を得ていた作品は見当たりません。
 この時代の伝奇物語で注目すべきは、むしろゲームというメディアでしょう。

 1994年、チュンソフトが「かまいたちの夜」において、ノベルゲームという新しい形式を切り開きました。
 音楽とグラフィックを効果的な演出に用い、ゲームの本体はあくまで文章部分という形式は、当時非常に斬新であり驚きをもって迎えられました。選択肢によって結末が大幅に変わるシステムも目新しかったのでしょう。
 これによって、ノベルゲームの手法は一気に浸透してゆきます。

 1996年、Leafは、その影響下に、ビジュアルノベルシリーズ、「」、「」(リンク先はリニューアルパッケージ)を発売。この二作は幅広い人気を獲得します。
 特に、「痕」は、日本古来の土着的な田舍町という舞台、鬼の伝承と猟奇殺人という装置、さらにSF的な味付けと、伝奇の幕の内弁当とでも言うべき作品。後発の作品群に、大きな影響を与えました。現在に至るまでその影響は残っています。

 1998年には転生を主題にした伝奇恋愛アドベンチャー「久遠の絆」が発売。
 同年、学園伝奇ジュヴナイルを謳った「東京魔人学園剣風帖」が登場します。
 魔人学園シリーズには、江戸時代を舞台とした「東京魔人学園外法帖」、同一世界におけるジュヴナイル伝奇「九龍妖魔学園記」といった系列作品があり、幅広い展開を見せています。

 これらの作品群により、夢枕獏、菊地秀行以来後継をもたなかった「現代を舞台に若者たちが超人的な活躍を繰り広げる」というジャンルが確立されたのでしょう。
 事実、東京魔人学園シリーズには、「魔界都市<新宿>」に代表される菊地秀行ジュヴナイルの影響が大です。


■2000年代/伝奇の復権


 1990年代後半、幾多の伝奇ゲームの登場で基礎体力を養ったのか。2000年代に入ると爆発的な広がりを見せます。
 一般小説よりも、ライトノベル界、コンシューマゲーム界、美少女ゲーム界といった、俗に言うサブカルチャー的分野の作品においてその傾向は顕著でした。
 いえ、今でも顕著です。少し大きめのショップの棚を眺めてみれば一目瞭然でしょう。

 2000年冬、コミックマーケットにおける「月姫」の発表が一つのターニングポイントであったと思われます。
 現代を舞台に異能力者――吸血鬼、殺人鬼、魔術師たちの戦いを描いたこの作品は、凄まじい勢いで界隈を席捲しました。ネットの普及とも相挨って、その流行の度合いは爆発的ですらありました。今に至るまで人気は衰えていません。
 月姫のシナリオライター、奈須きのこ執筆の同人小説「空の境界」は商業出版され、新聞紙上などでも話題となりました。
 漫画のようだ、子供騙し、既存作品の剽窃の固まり、盲目的な信者が迷惑……などといった批判も良く聞かれますが、月姫の流行が伝奇というジャンルを各方面に知らしめたことだけは間違いありますまい。

 事実、この後、ゲーム媒体における伝奇物語の充実には目を見張るものがあります。
 ここで注意して頂きたいのは、私は様々な作品が月姫の影響を受けていると言っているわけではありません。
 90年代に見たように、伝奇的な主題を扱った作品はこの当時既に量産傾向にありました。PCにおいてもコンシューマにおいても、優れた作品が90年代後半から2000年までにも多数出現しています。
 伝奇という物語形態を受け入れる下地はとうにあったのです。月姫の流行によって、伝奇的な作品がさらに作られやすく、受け入れられ易くなったと言いたいのです。

 それは兎も角、実際問題として、これ以後、魔術、超古代に伝承、吸血鬼や鬼といった怪物……物によっては半ば忘れられていた多種多様なガジェットが息を吹き返し、流行すらするようになりました。

 教科書的ともいえる現代伝奇アクション「夜が来る!!」がアリスソフトから発売されたのが2001年。
 翌年には、サークル「07th Expansion」による伝奇味濃厚なサスペンス「ひぐらしのなく頃に」が登場(現在も継続中)。
 2004年にネットを介してブレイクしたのは記憶に新しいところです。

 2003年には、18禁ゲームメーカーニトロプラスの大作、「斬魔大聖(機神咆哮)デモンベイン」が話題を呼びました。
 今年に入ってからですと、ニトロプラスの「塵骸魔京」、Propellerの「あやかしびと」、アプリコットの「AYAKASHI」など、枚挙に暇がありません。

 コンシューマにおいても「」シリーズなどがありますね。
 ただ、物語性を重視した伝奇作品はPCゲーム界に比べるとやや少ない印象があります。強いて言うならば、ホラーが多いのが特徴でしょうか。ユーザー層の違いもありましょう。

 ライトノベル界でも、現代を舞台にした伝奇物語――その多くは伝奇アクションですが――は氾濫しており、確かな1ジャンルを形成した印象があります。
 どの作品も一定水準の質を保ち魅力的な反面、似たような素材が多くマンネリになりがちな所も、1980年代の伝奇バイオレンスの隆盛を思い出させます。
 今後の動向が注目されます。


■終わりに


 かなり駆け足ながら、日本伝奇の歴史を概観してみました。お楽しみいただけましたでしょうか。
 取りこぼした作品は山のようにありますし、90年代以降の記述がゲームに偏ってしまったなど、反省点は多々あります。特に江戸時代と伝奇ミステリについての記述は拡充させたいところ。次の機会があればもう少ししっかりまとめたものを提供出来ればと思います。

 最後に、伝奇を知るための文献を幾つかあげておきます。私の本棚見ただけでも山ほどあるので、特に有用で目ぼしいものだけをピックアップ。


・幻想文学33号 日本幻想文学必携

・幻想想学38号 幻魔妖怪時代劇

永遠の伝奇小説BEST1000

大江戸小説・実況中継

ファンタジー・ブックガイド

他多数


 ここまで読んでいただき有難うございました。
 ご意見ご感想など頂けると幸いです。


(終)

投稿者: 日時: 2005年08月01日 21:08 Web拍手

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コメント: 伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門(3)

ご講義楽しく読ませていただきました。

自分が伝奇に嵌るきっかけになったのは、半村良先生でした。「妖星伝」の前半部分を読んだ衝撃は忘れることが出来ません。やはり偉大な作家であったのだなあ、という感を新たにいたしました。

さて、私が着目しているのは70年代に子供向けに出版された
「ドラゴンブックス」&「ジャガーブックス」の両シリーズです。妖怪・悪魔・吸血鬼・心霊・怪奇現象・UMA・・・伝奇の素材となる基礎知識を子供に広く伝播した両シリーズ。
80年代以降の作品はこの“水と肥料”を糧に花開いたものだ・・・と、私は考えております。

以上、70年代当時に無駄な知識を刷り込まれた者の意見でした。

投稿者 ハーバード・西 | 2005年08月01日 23:05

>ハーバード・西さん
常々お世話になっております。
確かにおっしゃるとおり、子供向けの資料本の存在は外せませんね。
妖怪やら幽霊やらについても充実していたように思います。
そっちの方面はすっかり取りこぼしていました。ご指摘有難うございます。

投稿者 ヤス | 2005年08月03日 00:11

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