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●伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門(2)
はい、第二回です。前回の内容はこちらをご覧ください。
今回は1920年代、伝奇の活発化から、1960年代の異端文学復権までを概観しましょう。事実誤認、不適切な記述などありましたらご指摘くださると幸いです。
■1920年代/純文学と伝奇
まずは前回の補遺。
1913年、三島由紀夫が影響を受けたと言われる郡虎彦は、「鉄輪」(「陰陽師伝奇大全」に収録)で安倍晴明と丑の刻詣りを行う怨み骨髄に徹した女を描きました。露骨な伝奇的アクション描写はないものの、稀代の陰陽師と恐ろしい女の怨みと、伝奇の定型を扱っています。
純文学方面からも伝奇的アプローチがあった証拠でありましょう。
さて、1910年代に確立された大衆娯楽小説が山ほど出てくるのがこの時代です。
今では名も残らぬ読み捨て作品が粗製乱造されましたが、市井の人々に、伝奇的な物語は面白いものだ、娯楽的なものだという意識を、改めて植えつけた時代であったと思われます。下地を作ったとでも申しましょうか。
伝記作品を書いていたのは名も無き小説家達だけではありません。
一般には「文豪」であり、純文学作家と思われている芥川龍之介も、1920年前後には神経症的な伝奇作品を執筆しています。特に「邪宗門」(1922年)は、王朝を舞台に、聖母マリア信仰を広めようとする西洋の妖術師と藤原道長の息子である陰陽師の魔術的対決を描く伝奇ロマン。未完ながら、昭和に誕生した伝奇アクションの遥かな先達と言えましょう。
芥川の伝奇的作品には「妖婆」「アグニの神」などがあり、その大半は、「芥川龍之介妖術伝奇集」に収録されています。
他にも、佐藤春夫「病める薔薇」「月光異聞」、谷崎潤一郎の「魔術師」、室生犀星の「幻影の都市」……文壇の旗手たちが、揃いも揃って伝奇的な、怪異的な小説を発表しています。
当時随一の盛り場であった浅草をテーマにした作品も多く、それらは探偵小説やモダニズム文学といった、都市幻想への先駆となりました。
かように1920年代は、純文学作家が伝奇味濃厚な作品に手を染めた時代でありました。これも時代の空気でありましょうか。
勿論、大衆娯楽方面の書き手も負けてはいません。1925年、国枝史郎は「神州纐纈城」を発表。破天荒とすらいえるイメージの奔流により、伝奇的作品の頂点に躍り出ました。近年にも、石川賢の手によって漫画化されています。
この他、稲垣足穂「一千一秒物語」、江戸川乱歩「パノラマ島奇譚」「孤島の鬼」、白井喬二「東遊記」……枚挙に暇がありません。純文学、エンターテイメントといった区別が意味を成さないほどに、多数の幻想的/伝奇的な作品が登場しました。
江戸伝奇文芸が欠いていた、西洋の黒魔術、東洋の謎めいた呪術という道具立てが広まったのもこの時代です。
これにより、伝奇物語の道具立てはほぼ完全に出揃ったと言ってよいでしょう。
■1930年代/幻想ミステリの王国
伝奇味濃厚なミステリが多数発表された時代です。
伝奇とミステリというものは非常に相性がよく、現在に至るまで名作傑作に事欠きません。
夢野久作「ドグラ・マグラ」、小栗虫太郎「黒死館殺人事件」は、この時代の伝奇ミステリの二大巨頭でありましょう。
サスペンスと都市幻想を融合した名作「深夜の市長」もこの時代の産物です。
伝説的雑誌「新青年」の黄金期も丁度この時期であり、猟奇的なモチーフをもった伝奇的なミステリやサスペンスが量産されています。
今ではお馴染みすぎるくらいお馴染みの「吸血鬼」という存在が世間一般に知られたのもこの時代からでしょうか。ちなみに本邦初の吸血鬼小説は、1929年に発表された中川与一の「吸血鬼」です。
イギリスの隠秘学研究者M・サマーズの著作を再構成した研究書、日夏耿之介「吸血妖魅考」が出版されたのが1931年。これにより、多くの人々が吸血鬼という概念を手に入れました。吸血鬼に関心がある方なら、今でも必読の資料です。
日夏は「サバト恠異帖」などの著作によりオカルト的題材を日本に輸入した先駆者と言えます。江戸文芸西洋文学両面にわたる圧倒的な博識をもって知られており、現在に至るまで我々は日夏が切り開いた魔術的迷宮でうろうろしているとすら言えるかもしれません。伝奇や魔術などが好きと名乗るからには、日夏の著作には一度は触れねばならないと思います。
なお、海外でも「コナン」シリーズのR・E・ハワードや、かのH・P・ラヴクラフトが活躍しておりました。洋の東西を問わず、伝奇と怪異の世界が活発化していたと言えましょう。
■1940~1950年代/戦争の暗い影
1940年代は伝奇暗黒時代でした。
不穏な世界情勢と国内情勢、太平洋戦争の開戦、敗戦から窮乏を極めた戦後と、日本全体が暗い雰囲気に覆われていたこの時代、目ぼしい伝奇作品は数えるほどしかありません。日常と非日常の境が曖昧になり、食うや食わずやの毎日では、絵空事にうつつをぬかす暇などなかったのでしょうか。
軍部の統制が厳しくなっていた時勢では物語の幅も必然的に狭くなり、作家たちは秘境冒険もの、時代小説、民話を基にした小説などに活路を求めることとなります。
秘境冒険ものの中でもとりわけ伝奇的な色彩の濃い、「魔境もの」と呼ばれたにおいては、海野十三、小栗虫太郎、久夫十蘭らが活躍。
地底や海の果ての謎の王国で少年少女や探検家が荒唐無稽な活劇を繰り広げる――というのが主な筋立てであり、道具立ては伝奇的です。ただ、荒唐無稽に過ぎ、再三味読に耐えるとは残念ながら申せません。やっつけ仕事の感があります。
一方で時代小説には特筆すべき作品がありました。横溝正史の「髑髏検校」です。ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」を換骨奪胎し、幕末を舞台とした伝奇時代劇。暴虐な魔王ドラキュラがいかにも日本的な湿気のある悪となり、原作でただただ怖いだけであったドラキュラの従者も、横溝一流の筆によって異様な艶のある美女たちへと変容しています。絶海の孤島という舞台装置とストーリーテリングの巧みさも相俟って、純粋な娯楽小説としては原作より優れていましょう。富士見・角川・講談社と各社から文庫により出版されていましたが、絶版なのが惜しまれます。
そして日本は終戦を迎え、戦後、状況は一変します。
1946年、横溝正史「本陣殺人事件」により、知らぬ人はない名探偵、金田一耕助が登場します。
本陣殺人事件は、西洋本格ミステリに、我が国伝来の猟奇と怪奇、土俗的な恐怖と伝承を組み合わせた、実に伝奇的な作品でした。
江戸文芸、江戸川乱歩と継承されてきた土俗的伝奇とも言える世界観は、横溝の手により新しい生を得、広く一般に普及します。
その影響下に、高木彬光「刺青殺人事件」が誕生したのも重要です。高木は怪談や伝説を背景として用いることに長けており、「成吉思汗の秘密」などの伝奇ロマンも発表しています。戦後の伝奇を語る上で避けては通れない作家ですな。
後年の推理小説ブームを支えた人材の多くもこの時代に登場しており、中でも山田風太郎は1958年に「甲賀忍法帖」を発表。史実と奔放な想像力を絶妙に組み合わせた作品群により、世に言う「忍法帖ブーム」を作り出しました。
山田の忍法帖シリーズが、これ以後の伝奇アクションや時代伝奇に与えた影響については今更論じるまでもありますまい。端的な例で言えば、一般には菊地秀行が始祖と思われている「極細の糸を武器として使う」も山田作品が元です。山田風太郎がいなければ、日本伝奇の歴史は間違いなく変わっていたと思われます。
戦時中に何があったのか、作風を一変させた作家も少なくありませんでした。
それにより、自然主義文学の大御所、正宗白鳥が「お伽噺・日本脱出」という異世界を舞台にした伝奇ファンタジーを記しています。
伝奇からは少々離れてしまいますが、少女小説の大御所だった吉屋信子がオカルト方面に傾斜したのも一例ですね。
なお、この時代になると、私たちにも馴染み深い、伝奇の書き手たる方々が産まれてきています。1948年に笠井潔、1949年に菊地秀行、51年には夢枕獏と高橋源一郎。52年には村上龍と田中芳樹、54年には竹元健治に友成純一、56年に朝松健……中でも1947年は、荒俣宏、景山民夫、梶尾真治、金井美恵子、須永朝彦とまあ、凄まじい面子。
新しい時代の到来を顕著にしめしていますね。
この時代の作品は近年復刊が盛んであり入手が容易であるため、気になった方は大きな書店で探してみることをお勧めします。
■1960年代/異端の復権
60年代は何故か、エンターテイメント的な伝奇物語は余り見ることが出来ません。この期間を特徴付けるのはむしろ、澁澤龍彦の音頭による、「異端文学」の復権でしょう。
澁澤は1961年の「黒魔術の手帖」を皮切りに、戦争によって雌伏を余儀なくされていた文化の復権にかかります。
日夏耿之介らのオカルトを代表に、シュールレアリスム、サディズムにエロティシズム、モダニズム、「新青年」が得意とした怪奇幻想文学……澁澤の尽力がなければ、これらの豊穣な文化は失われたままだったかもしれません。
文学の美食者を自認していた澁澤だからこそ出来た一大事業だったと言えます。澁澤の諸著作が今もってオカルトや幻想文学、異端文化への最良の手引書であることからも、その量と質とが良く解ります。
この復活運動が頂点を迎えるのは1960年代後半です。澁澤の手帖シリーズやアンソロジーの影響下に、桃源社は「世界異端の文学」と「大ロマン・シリーズ」を開始。
前者ではユイスマンス「さかしま」、クロソウスキー「肉の影」、シェーアバルト「小遊星物語」など、翻訳もほとんどなく、等閑視されていた世界文学の数々を邦訳。70年代に荒俣宏により広がった、いわゆる「幻想文学」ブームの先駆となりました。現在でも翻訳が「世界異端の文学」にしか無い作品は多く、古書でも相応の値段がしたりします。
伝奇的見地からみれば重要なのは後者でしょう。「大ロマン・シリーズ」が最初に復刻したのは、1920年代の箇所でも言及した「神州纐纈城」でした。これが各界の話題を呼び、埋もれていた伝奇的作品が改めて日の目を見ることとなるのです。
1960年に「SFマガジン」が創刊されたのも大きな事件でした。
これにより日本SFが本格的に始動。星新一、筒井康隆といった大物はこの時代に既に活躍を始めています。なお、筒井を発掘したのは江戸川乱歩です。流石の慧眼といえましょうか。
SFの誕生により、既存の文学の枠にとどまらない物語の受け皿が出来上がりました。先ほどの述べた異端文学の復権とも相俟って、今まで等閑視されてきた種の物語を発表する場が整いつつあったのです。そこには当然伝奇物語も含まれました。
そして、この時代のカウンター・カルチャーが1970年代に一般化・通俗化し、エンターテイメントとしての多様な伝奇物語を生み出すことになるのです。
盛りだくさんの時代が続いたため、少々駆け足になってしまいました。
今回はこのあたりといたします。
次回に1970年代、半村良の登場から、2000年代、伝奇ゲームの隆盛までを概観して終わりといたしましょう。
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