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●伝奇ゲームファンのための日本伝奇入門(1)
2004年、伝奇活劇ビジュアルノベルを名乗るゲーム「Fate/stay night」が大人気を博したことは皆さんご記憶でしょう。
ファンディスクである「Fate/hollow ataraxia」が今年中には出そうだというニュースを眺めてるうち、ふと日本における伝奇物語を眺めてみようと思いつきました。
近年、伝奇と呼ばれるジャンルに属する作品が数多く見受けられるようになってきました。「伝奇●●ゲーム」「伝奇●●ノベル」といった表記も珍しくありません。
そもそも「伝奇」とは何か。
一体いかなる作品を指す言葉なのか。
実際のところ、これを語るだけでそれこそ本を書ける奧行きがあります。そこに手間隙をかけていては本末転倒。そもそも私には不可能事です。
この文章は「伝奇ゲームファンのための伝奇小史」ですので、厳密な定義ではなく「伝奇とはこんな作品だよ」位で話を進めていこうと思います。よって、ここでは「伝奇」を
・超常的な力を持つキャラクターが登場する(超能力、魔術、人ならぬ力など)
・非日常的な道具をガジェットとして使用する(日本古来の伝承、過剰に演出された舞台装置など)
・何らかの目的のために戦いが行われる(主にアクションだが、心理的な闘争も含む)
といった要素を含む創作物語といたします。
要するに、念頭に置いているのは伝奇アクションや伝奇ミステリ、あるいはその種の雰囲気をもった作品群ですな。
伝奇を「神話や伝承、民話などをモチーフにした作品」とする説もありますが、これですといわゆる新伝綺を含有することが出来ません。なので上の要素からは除外しました
曖昧な定義ですがお許しください。ニュアンスが解ってもらえれば十分ですので。
では、本邦における伝奇の歴史をさらりと眺めてみます。
前半においては文芸作品を中心に、後半においてはゲームも混ぜて幾つかのメディアを取り扱うことになるかと。
なお、私は只の伝奇ファンですので、以下の文章には間違いや不適切な点があるかもしれません。その際はご指摘くださると幸いです。
それと「何であの作品が入っていないんだゴルァ!」という方。扱う作品は独断と偏見で選んでいるので謝っておきます。御免なさい。
また、文中は全て敬称略です。
■中世/竹取の翁といふものありけり
ここはさらっと流していきます。
小説が元をたどれば神話・伝説に行き着くのは万国共通であると思われます。
我が国では神話を集成したのは、「古事記」「日本書紀」でありました。ここから「日本霊異記」を祖とする説話が誕生し、やがて説話は、作り物語を生み出します。
この<作り物語>こそが、現在に至る多種多様な物語の根源であると申せましょう。伝奇物語の萌芽がそこに求められるのも当然であります。
一般に、我が国初の<作り物語>は、「竹取物語」であると言われています。
10世紀初頭に成立したこの物語は、異常出生、貴種流離譚、難題求婚譚といった口承伝承の要素を複合的に組み合わせ、さらに月世界との繋がりを付与した点に特色がありましょう。
当時の文化や世相を考えると、これほどの物語が成立したのは一つの奇跡であるように思われます。
一読すれば解るように伝奇的な要素(異世界の姫君や月から降臨する迎えの人々、かぐや姫が難題として出した伝説上の宝物など)も多いです。
王朝時代は竹取物語の他にも幾つかの伝奇的物語が散見されますが、説話集としての性格が強いものが大半であり、断片的な印象が免れえません。
中世に入ると、「太平記」「平家物語」などといった軍記ものが流行します。これらの軍記ものは、名だたる武将たちの超人的な活躍や滅ぼされた氏族の亡霊の出現、魑魅魍魎の跋扈など、単純にして明快な形で伝奇的要素を用いておりました。
なお、現代作家が王朝や中世をモデルとして書いた伝奇物語も多いです。山田風太郎や花田清輝などが得意とした手法ですな。
■江戸伝奇/南総里見八犬伝
江戸時代の物語はまさに百花繚乱、我々が想像する「伝奇」は、この時代に全て出揃っていると言っても過言ではありません。
何といってもその長さは実に300年強。この長大な期間の伝奇を一望するなど、言うまでもなく不可能なことです。それこそ、専門の研究者による長大な著作が必要とされましょう。
あくまで「伝奇ゲームファンのための伝奇入門」ですので、ここも軽く見るだけにいたしましょう。
江戸文芸が形をとり始めたのは元禄の頃。
それまで説話の聞き書きの域を出ないものでしたが、小説作品としての体裁を有するようになります。
改革をもたらしたのが、井原西鶴と、浄瑠璃の近松門左衛門でした。
ただ、西鶴が創始したのはあくまで町人文学であり、伝奇的な所は殆どありません。浮世草子と呼ばれるジャンルであり、「好色一代男」や「日本永代蔵」といった作品は皆さんご存知でしょう。
一方で近松門左衛門は、一般に有名な世話物(「曽根崎心中」や「女殺油地獄」など)の他、伝奇味濃厚な、奇抜なイメージを持つ作品を表わしています。「用明天王職人鑑」に、目玉を飛ばす妖術師や蛇に変ずる女などがいるのが一例でしょう。
江戸の中期になると、庶民を対象とした絵入りの物語が刊行されるようになりました。これらの物語を一般に、草双紙と呼びます。
草双紙には子供のための教育的な「赤本」、浄瑠璃や英雄譚、化け物話などを扱う「黒本」「青本」、それに「黄表紙」がありました。
延享年間の前後に出現した赤本、黒本、青本は子供騙しのようなものであり、語るほどのこともありません。草双紙が十分鑑賞に耐えるものとなるには、安永年間の「黄表紙」の登場を待たねばなりませんでした。
黄表紙は滑稽味があり機知のきいた文章と浮世絵風の挿絵を組み合わせたものです。現代のコミック、あるいはイラストが多様されが娯楽小説と思えばほぼ間違いないです。
ただし、伝奇味を感じる作品は散見されるものの、主流はあくまで世俗を描いたものでした。
伝奇色の濃い作品が多く誕生するのは、江戸も末期、19世紀になってからです。この時代、草双紙数冊を一冊に綴じ、教訓的内容と伝奇色を濃くした「合巻」と呼ばれる物語が出現しました。同時に、「読本」と呼ばれた媒体も、長編を扱うように変化していきます。つまりは、物語の長編化が起こったのです。
この時代の立役者が山東京伝です。
元来黄表紙で活躍していましたが、やがて、長編化していた読本に挿絵の面白さ、合本による物語の快楽を付与し、江戸読者の興味をひきつけた人物です。
ドグラ・マグラの元になったことでも知られる「桜姫全伝曙草紙」、「復讐奇談安積沼」、「昔話稲妻表紙」、(前者二つについては現代語訳あり)など、優れた伝奇物語を多数ものしています。
山東京伝の特質の一つに、正確な考証に基づいた執筆姿勢があります。これは実のところ、それまでの文芸が全く欠いていたものでありまして、その意味でも伝奇物語の改革者といえましょう。
江戸三百年を通じた伝奇物語の代表といえるのは、山東京伝最大のライバル、曲亭馬琴による「南総里見八犬伝」であると思われます。
伏姫が魔犬八房の氣に感応することによって生まれた宿命の八犬士。仁義礼智忠信考悌の仁義八行を司る八犬士たちが数奇な運命を経て一同に介し、やがて主家にあたる里見家を盛りたて巨悪と対峙し、その末路までを描くこの作品。
20年以上を執筆に費やしながら、破綻や矛盾を見せない計算され尽くした構成、今に至るまで多様な解釈を可能とする程巧妙に仕組まれた伏線、心ときめく友情愛情劇に、血沸き肉踊る大活劇。
ここには、ありとあらゆる伝奇的要素が詰まっています。
ゲーム・コミック・小説などで、八犬伝をモチーフにした作品が後を絶たないことからも、その影響力がわかります。
江戸文芸の最高峰と言えましょう。
一時は隆盛を極めた草双紙ですが、天保の改革後は作者に恵まれず、猟奇味や刺激を追及しただけのものと成り果てます。やがて、明治初期に新聞小説が出現することによって、その命脈は絶たれました。
いずれにせよ、江戸伝奇物語は、馬琴、山東京伝という二人の天才をもって完成した感があります。
彼らの作品は今もって再三味読に耐える由、古文にめげずに是非ご一読を。
また、現在使われがちなガジェット――陰陽術、人ならぬ美女、人と人外の交流、剣戟などなど――は、既にしてこの時代に出揃っていることにも注意する必要があります。このことを考えれば、伝記作品における剽窃の議論など、ほぼ無意味ですな。
なお、中世から江戸にかけての文芸史を一望するには、須永朝彦「日本幻想文学史」が便利です。
■1890~1910年代/遠野からの呼び声
江戸時代が少し長くなりすぎました。ここから明治時代に入りましょう。
さて、明治期に入ると、江戸後期の荒唐無稽な物語は一旦なりを潜めます。これには文明開化の影響が大であると思われます。過去を捨て、ただひたすら前に走ったこの時代には、江戸時代の遺産など古臭いだけのものだったのでしょうか。
ただ、明治時代の初期には杉山蓋世「午睡の夢」のような荒唐無稽な伝奇的作品もありました。ナポレオンが諸葛孔明、豊臣秀吉と三つ巴の戦争を行うというトンデモ作品。消化不良ゆえに時代に埋没して行きましたが、このようなバイタリティ溢れる作品があったことを忘れてはなりますまい。
それはさておき、いわゆる私小説の隆盛にはまだ少し間があるものの、純粋にエンターテイメントと呼べる作品もまた少ない時期です。
伝奇という観点からは、幸田露伴、北村透谷といった面々が、古典的教養をもって幻想味の強い作品を発表していたのが目に付く程度でしょうか。
そんな中一人気を吐いていたのが黒岩涙香です。
西洋の作品の翻案を得意とし、「涙香調」と呼ばれた独自の文体は一世を風靡しました。レ・ミゼラブルの翻案「ああ無情」は有名ですね。
「死美人」「幽霊塔」といった、ゴシック・ロマンスを思わせる重厚にして耽美的な世界は多くの読者を魅了しました。
さすがに古臭さはあるものの、今でも十分読め、かつ楽しめるあたりはさすがでしょう。
まとまった形での出版物に恵まれませんでしたが、本年度4月に「明治探偵冒険小説集 (1) 黒岩涙香集」が発売され、作品に触れることが容易になっています。
明治も後半――1900年代に入ると、夏目漱石、森鴎外を筆頭とした「文豪」たちが続々と歴史の表舞台に現れてきます。
これらの文豪にも幻想的、かつ伝奇的な作品はありますが、矢張り泉鏡花の活躍が特筆されましょう。
一般にも名高い「高野聖」に始まり、水をテーマとした幻想譚「沼夫人」、鏡花の最高傑作とも言われる「草迷宮」、連作「春晝」「春晝後刻」といった幻想物語は、江戸の戯作を思わせる怪異と品格のある表現に満ちており、濃厚な伝奇味を醸し出しています。
水滸伝を元とした長編「風流線」に至っては、世間から降りた哲学青年とその恋人である令嬢が、無縁の民と共に、大偽善者たる富豪に立ち向かうという一大伝奇ロマン。典型的なピカレスク・ロマンであり、ヒロインである龍子が禽獣の女王と化すなど、超自然的要素も満載です。構成には破綻がありますが、鏡花にしては文体も読みやすく、純粋なエンターテイメントとしても楽しめます。
なお、鏡花の作品は、ちくま文庫「泉鏡花集成」で容易に入手できます。
埋もれていた日本の伝承を流麗たる美文で復活させたラフカディオ・ハーンこと小泉八雲(代表作に「怪談・奇談」など)を経て、1910年には柳田国男によって「遠野物語」が編まれます。
遠野物語そのものは伝奇作品とは言えません。文学的な装飾が施され、批判も多々あるものの、基本的には岩手県遠野に伝わる民話の集成です。
しかし、後生への影響力は甚大なものがありました。
遠野物語が描き出した土俗的怪異は文明開化の日本がすっかり忘れ去っていたものであります。それを発掘したのが明治の高級官僚たる柳田。各方面の衝撃度はかなりのものだったでしょう。
日本の土俗的文化が伝奇物語のツールとして大々的に使われ始めたのは、この時期からではないかと思います。
その典型例が1912年、中里介山の「大菩薩峠」でしょう。アンチ・ヒーロー机龍之介を主役としたこの一大伝奇時代小説により、近代大衆娯楽小説の世界が確立されるのです。
余談ですが、山田風太郎は「明治シリーズ」において、この時代を扱った伝奇と歴史とミステリの融合した類の無い作品群を作り上げています。
とりあえず今回はここまで。
次回は1920年代からの伝奇を概観しましょう。
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勉強になります。伝奇って歴史古いんですね~。
私のような浅学な輩はこうやって簡単にまとめてもらってやっと学ぶ気力が涌いてくる程度ですから脱帽するほかありません。
第二回を楽しみにしております。
投稿者 toshigo | 2005年07月29日 22:27
うはwwwwwwちょwwwおまwwww
知識垂れ流しすぎwwww
ここまで調べてるんなら中公新書かどっかで本にしてくれんものか。
コネがないのが悔やまれる。
投稿者 小太刀右京 | 2005年07月30日 12:04
>toshigoさん
有難うございますー。
第二回、第三回もすぐアップできると思いますので少しだけお待ちください。
>小太刀
この程度では本にも何にもならんだろう(笑)
この手の話題、マニアはすごいからねえ。
投稿者 ヤス | 2005年07月31日 19:25