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2005年06月のアーカイブ
六
数日の後、酉の刻。
妖忌は言い知れぬ気配を外に感じ、
外へと念を凝らせば、複数の生き物の気。
野から獣でも迷い込んできたのかと思うたが、どうにも判然とせぬ。感覚を研ぎ澄ませてみれば、ざわりざわりと蠢く何かが感じられた。
人と云うには殺伐にすぎ、獣と呼ぶには統制が取れすぎた一挙一足。
――妖か。
そう思ったのも無理はあるまい。
幻想郷には雲霞の如く妖怪が住もうている事を、妖忌もようやく得心していた。紫と藍から聞いただけでも、湖上の精に春風の遣い、夜雀化猫化狐、さらには鳳凰白沢鳴兎と――百鬼夜行という言葉がそのまま当てはまる有様である。
何者かが彷徨うてでもいるのであろうと、疑念を残しつつも包丁と俎板とに目を戻した。今宵は八雲一族が居ない為、妖忌が料理をせねばならない。
「藍と出かけてくるわ。今夜は帰らないでしょうから、ご飯は適当にすませておいて頂戴ね」
云い残して紫が出て行ったのが、二刻ほど前のこと。
珍しいことだった。
紫と幽々子が連れ立って野を散策している光景などはそれなりに見受けられたが、夜を徹して出かけるなどはじめてだ。
少なくとも、妖忌と幽々子が迷家に足を留めてからは覚えが無い。
何か御用か――
と、好奇心に駆られ訊ねても
「春先は栄養が必要なのよ」
くすりと笑って微笑むばかり。
それ以上の詮索は妖忌も控えておいた。
扇の下の微笑みに、何とも云えぬ一種の恐れを感じたからだ。
かような時ばかりは、迷家が現世ならぬ地であり、紫が人ならぬ身であることを思わざるを得ない。
ほう、と息をついた。
――詮索はしすぎぬ事だ。
紫をはじめとする八雲の一家が、心からの親切さで己らを遇してくれているのは確かなのだ。感謝こそすれ、腹の底を探るような真似は厳に慎まねばならぬ。
疑問を押し殺すと鍋の蓋を取り、副食を膳に配した。
地芽蕗の薹の煮物、ぜんまいの煮附け、清流でとれた岩魚の塩焼き。蘿蔔の味噌汁も良い頃合であろう。
気付けば時刻は既に酉の刻。午餐の時間だ。
一通りの支度が終わると、妖忌は幽々子を呼ぶため、離れに足を向けた。
幽々子に与えられた一室は離れにあった。幸いにして、厨からはそう遠くない。
襖の前に座して控えると、妖忌は間へと声かけた。
「お嬢様、夕餉の支度が出来ました。ご所望ならばお持ちいたしますが」
「有難う。あ、入って頂戴。ちょっと手が放せないの」
「失礼致す」
襖を開くと、背筋を伸ばして畳に座す幽々子の姿。
書見台へと目を落としているのか。すべらかな
何とは無しに覗いて見ると、和紙の上、華麗に描かれた桜の一葉。
おや、と。妖忌が声をあげる。見覚えがあったからだ。
「其の絵は――」
「あら、気付いた? ねえ妖忌、この桜ってもしかして――」
「丘の桜で御座いますな。西行妖と云う名であると、藍殿からは聞いておりまするが」
やっぱりね、と。幽々子は微笑む。
「この間、紫と一緒に見てきたのよ。立派だったわ。花も咲きかけだったし、もう少ししたらお花見とかも良いかもしれないわね」
「花見でありますか。確かにこの折ならばさぞや見事でありましょうな」
「ええ、花もいいけど、妖忌の料理が楽しみねえ」
本当に楽しみそうな声。妖忌が渋く笑う。
「花より団子なのはお変わりありませぬな。お嬢様が幼少のみぎり、桜は桜でも、桜餅に夢中であったことを思い出します」
「あらあら妖忌、お団子は大事よ。お腹がすいては戦も出来ないわ」
くすくすと笑む快活な様子に、妖忌の目が我知らず細まった。
このような他愛も無いやり取り一つでも、幽々子の表情はくるくると良く変わる。ほんの一月二月前には考えも出来なかったことだ。
迷家に誘われ、紫や藍と触れ合ったことで、かつての明るさを取り戻しつつあることが、妖忌には我が事のように嬉しかった。
迷家より半刻程歩んだ小高い丘に、西行妖は咲いている。
野原と丘とに林立する樹樹の中でも一際大きな枝垂桜。
願はくば花の下にて――と。
幻想郷を放浪した歌聖が入滅したと伝わる絶景である。
ちらと見た限りでも、かようなこともあろうかと得心行く眺めであった。
「桜は良いわね。紫と妖忌と私とで、お酒とご飯で笛に舞い。櫻花詠歌が咲き誇る。どれ程賑やかか、考えただけで楽しくなるわ」
幽々子が穏やかに云った。妖忌はその光景を脳裏に描き、西行妖の下にある幽々子を夢想する。
満開の桜の下、笛の音に合わせて舞う娘。
昼でも良いし夜でも良い。黄昏時ならばなお良かった。髮に扇に一片の花弁が落ちるだろう。笛と舞とに合わせて散り行くだろう。桜はひらりひらりと春風に吹かれ、娘はふわりふわりと舞うであろう。朦朧とした斜光の中、振りつむ
素晴らしい眺めだった。
花精もかくやと云う姿だった。
妖忌は殆ど陶然として幽々子を見詰める。矢張りこの娘には春が、百花が繚乱し影と光が間断なく入り混じる卯月こそが相応しい。
「……妖忌、聞いてる?」
不満げな声。
どうも茫としていたらしい。慌てて意識を引き戻すと、幽々子が頬を膨らませていた。
「失礼、気を散じておりました」
「でも、桜にお団子ね――」
ふと、幽々子が黙り込んだ。
沈黙して一点を凝視していた。どこか遠くを見るような瞳だった。
「……いかがなされました?」
訝しげな妖忌に、幽々子がゆっくり口を開く。
「ねえ妖忌。もしも。もしもよ。ずっと此処で、一緒に――」
「――お待ちを、お嬢様」
ぴくり、と。
妖忌の片眉が跳ね上がり、言葉を遮った。
突然の違和感。
五感を研ぎ澄ます。
異臭。
透明な空気に混じる、煤けた黒。
竈の火を落とし忘れたかとも思うたが、それにしては匂いが強すぎる。
襖を開き、離れへと通ずる廊下の彼方を透かし見た。
黒煙。
火の匂い。
鬨の声――。
――これは。
「お嬢様、こちらへ!」
返事を待たずに幽々子を抱え込むと、妖忌は跳んだ。
庭に面した障子を突き破り転び出る。
迷家の各所が一気呵成に燃え上がったのは丁度この時だった。
七
庭にまろび転げ出た妖忌と幽々子の目に映ったのは、迷家のそちこちに上がる火の手だった。
妖忌は慌てかける心を制し、冷静に視線と思考とを走らせる。
まず第一に――
「お嬢様」
「こっちは大丈夫よ」
打てば響くように答えが返ってきた。
安堵の息つけば、幽々子は妖忌の腕からするりと抜けて庭に立つ。ぱちぱちという火煙を目の当たりにして、幽々子が訝しげに眉を潜めた。
「焼き討ち、かしら」
「それにしては火の回りが足りませぬ。おそらく――」
そう。
火の回りは然程早くない。迷家の規模からすれば、焼き落とすには火勢が少々足りぬ。
してみると目当ては――
(燻り出しか)
となれば、狙いは当然己と幽々子であろう。忘れかけていたが、自分たちは追われる身なのである。
そして、幻想郷までも追ってくる
「妖忌、あれ!」
幽々子の鋭い声に、庭の彼方へと目を向ける。
転げ出た際の音を聞きつけたものか、此方へと駆けてくる男たちの影があった。
月が淡く照らし出したのは、太刀を佩いた安袴。
大半は武士と云うより衛士に近い、動きやすそうな装束。
先頭に立つ者の羽織に記された紋には、確かに見覚えがあった。桜と蝶とに囲まれた、渦巻状の円形。先だって藍が拾ってきた旅装束に記されたのと同じものである。
「矢張り――白玉衆か!」
妖忌が叫んだ。
白玉衆。
西行寺の一門に属し、衛士としての役割を果たしていた面々である。
最も、西行寺に連なるとはいえ、家来というよりは契約制の戦闘要員に近い。西行寺家が廃れてからは、他の名家や都の富裕な者に雇われ、もっぱら荒事に手を染めていたと、妖忌は記憶していた。
妖忌も元々は一員であり、優れた腕と幽々子との相性とを見込まれて、従者となった過去を持つ。
そしてまた、幽々子を狙って、西行寺の本家を襲ったのもこの者達だった。
厨で感じた違和感はこやつらであったか――と。
妖忌は己の油断に臍を噛む。
どうしたものか。
駆けて来る者達を見定める。辿り着いてくるには僅かなりの猶予はあろう。
その合間に幽々子をどうにかせねばならない。
周囲を見渡すと、庭の一角、大きな蔵が目に付いた。
蔵は本邸とは離れていることもあり、火の手が廻る気配は無い。白玉衆は本邸から離れへと向かっており、その方角にまでは手勢を配していないようだ。
となれば。
「――お嬢様、蔵の方角からお逃げなされ。拙者が時間を稼ぎ申す」
「で、でも妖忌……」
「お急ぎなされい!」
有無を云わさず、幽々子を押し出した。
同時に白玉衆の手勢へと向かい走り出す。
幽々子を送り出しはしたが、実際のところ、逃げ道は無いに等しい。
迷家の周囲の、広々とした草原が仇となった。視界を遮るものも祿に無いこの地では、見付かるのに然程時間もかかるまい。
白玉衆を説得するしかなかろう。
それが不可能な時は――
首を振った。
今はあれこれ悩んでいる場合ではない。
目を瞑り、息を吐いた。
腰と背との刀を確かめ、仁王立ちで構え待つ。
やがてやってきたのは一団は、確かに白玉衆であった。
およそ三十人。
数こそそれなりだが、見たところ五体満足とはいかぬようだ。
足を引きずる者、目や腕から血を流している者、倒れ伏しかねぬ者。
怪我人が妙に多いのは、人を取って喰う鬼や夜雀にでも襲われたものか。
そのような有様にも関らず、意気が消沈している様子は見受けられぬ。むしろ意気高いと云ってよかろう。妖忌の姿を見出すや否や、無駄口叩かず円状に取り囲んできたほどだ。
動きに無駄は無い。
右に左に後ろに。
円を描くように、妖忌の周囲に白玉衆が展開してゆく。
一点に眼を据えて待っていると、前方から一際強い気配。
覚えがあった。
闇に向かって、声を投げかける。
「――自ら来られたか」
「久しいな、妖忌」
ずい、と。
年嵩の男が進み出てきた。
年の頃は四十も半ばであろう。
六尺を超える体躯に、腰にたばさんだ太刀。不適な面構えには、幾多の修羅場を潛り抜けて来た荒武者の印象がある。
妖忌には見覚えがあった。白玉衆の頭領であり、能力は確かだ。
歴戦の武人である。
「――このような地まで来られた理由を伺いたい。本家を焼き討ってまで、何故我等を追われるのか」
「知れたこと。幽々子殿の身柄、いただくつもりであった。また其の為、此処まで参上した」
横柄な物言いに、妖忌の片眉がぴくりと吊り上った。
幽々子殿、という呼び方は主筋に対してのものでは無い。つまりは、頭領は既に西行寺一門に仕える意思が無いことを意味していた。
「都の何者だ? 他の家か? それとも――」
何者の頼みによるのかと。
真摯に問うた。
馬鹿馬鹿しい、とでも云いたそうに頭領は手を振る。
「とぼけまいぞ。お主ならばとうに理解していよう」
「……何だと云うのだ」
妖忌は困惑していた。
何があったというのだ。余所の者が幽々子の命を狙った、死に誘う力を恐れた者が憎んだというならばまだ解る。
だが、白玉衆は元来西行寺の一族に連なるものだ。直接の雇用関係は無くなっているものの、余程のことが無い限り主筋を狙うとは思えぬ。
「――都でまた流行り病が出たのを知らぬのか?」
「――何?」
「ふむ。お主らは館にこもっておったからな。知らぬも無理はあるまい。だが、事実だ。しかも先だっての病に倍する勢いでな」
頭領は溜息をついた。急に年老いたかのようだった。
「都は既に恐慌に陥っておるよ。そのせいで人心も乱れておる。打ち壊しが続き、罪科無き者が無残に殺されておる。手に負えぬ有様よ。このままでは――」
――おしまいだ。
頭領は吐き捨てた。
何とも忌々しそうな声だった。
「しかし、それが幽々子様と何の関係があると云うのだ。流行り病は不幸な出来事であろう。だが、貴殿らが家を襲い、この地まで追うてくる
戸惑いを隠せぬ妖忌に、頭領が視線を向けた。
ぞっとするような冷たい眼だった。
「その通り。幽々子殿には既に縁無きこと。だがな、妖忌――群集とはそうは思わぬものなのだ。彼奴等には、あげつらうべき相手が必要なのだ」
閃くものがあった。
青ざめた妖忌の面に、頭領は重々しく頷く。
「先の流行り病を思い出せ。幽々子殿が死を告げた時からまた、病は勢いをふき帰したではないか。此度の病も幽々子殿の所為と、そう思われておるのよ」
「馬鹿な!」
思わず叫んでいた。
それでは話が逆である。
流行り病があったからこそ、幽々子が死を告げることが出来たのだ。
そもそも、当時の幽々子の力は死霊と意を通ずるのみである。死を操るようになったのはその後のことだ。流行り病をもたらし死へと招くなど、論外であった。
「幽々子殿の力のことは都で知らぬ者は無い。歪められ、恐れられた形でな。真実であろうとそうでなかろうとさして問題ではないのだ。この意味が解らぬお主でもあるまい」
「まさか――」
震える妖忌の声に、頭領は重く頷く。
「そのまさかだ。西行寺幽々子、討つべし。さすれば流行り病も静まり、都も常に復するであろう。これが都の――総意だ」
妖忌の歯がぎりりと鳴った。
何だと云うのだ。
幽々子が己の力にどれほど苦しんでいたか知らぬのか。
いかなる思いで都を出奔したと思うているのだ。
そもそも、幽々子が縁無き者を死に誘ったことなぞ一度も無い。親族の死を予言し、先の流行り病で数人が此の世より去るのを告げただけではないか。
成程、西行寺の両親は幽々子によって死に招かれたのかもしれぬ。
だが――
無性に腹がたった。
都にも。
人々にも。
白玉衆にも。
押し黙った様子をどう見たか、頭領は冷たく告げた。
「――観念せい。手向かえば主従諸共斬る」
この言葉が妖忌を激怒させた。
曲りなりにも一門に連なるものであろう。己はともかく、幽々子まであっさり「斬る」とは何事だ。
かっと頭に血が上った。
瞬時に抜刀し、二刀を手にしていた。
楼観剣を右手に。
白楼剣を左手に。
双刀を振るって疾走ると、あっという間に四人斬った。頭領が反応出来なかったほどだった。
返す刀で二人が倒れた。そこで背中を斬られて目が眩んだが、そのままさらに四人斬った。
「な――」
頭領の顔に驚嘆が浮かんでいた。妖忌がこれ程突然、凄まじい勢いでもって斬りかかるとは思ってもいなかったのだろう。
だが流石に白玉衆の頭領である。即座に飛び退り、さっと手を上げた。矢勢への合図だった。
間髪入れず、円陣から矢が飛んできた。
かわした。
切り払った。
飛び越えた。
頭領に一刀浴びせんとしたところで、すんでの所で切り払われた。
それでもついでとばかりに三人程斬った。
「化物か、お主!」
流石に恐慌の響きがある。
だがそうするうち、肩に衝撃があった。
激痛が走り切先がぶれた。
黒々とした矢が肩に突き刺さっている。
また背中から斬られた。
傷は浅かったが、脳髄がぶれて視界がくらんだ。
蔵の方角を向いた眼が、少女の姿をおぼろげに捉えた。
(幽々子さ――)
ガッ。
鈍い音。
後頭部に重いものがぶつかる感覚がして、妖忌の意識が消えてゆく。
瞼が落ちる直前、駆け寄ってくる幽々子の姿が見えたような気がした。
八
ずきり。
痛みが走った。
ずきり。ずきり。
肩と背中が――やけに痛む。
無意識に肩に手をやっていた。
ぬめり、と。
錆びた鉄の匂いと、生温い水の感覚。
いや、水ではなく――
(――血か)
ぱっと目が覚めた。
身を起こして見回せば、辺り一体は暗闇に覆われていた。
窓は無いようだ。故に、月明かりが差し込むはずも無い。
ひんやりとした空気が辺りを覆っていた。
鼻をひくつかせれば、微かに火と墨の残り香。
人影は無い。
足元の感触がどうにも頼りなかったので触ってみた。
ざらりとしている。心なしか腐臭がした。手触りと香りからして井草であろう。つまりは、古ぼけた畳だ。
さらに、手を伸ばしてみれば木製の格子が行く手を阻んでいる。
囚われの身だ。
となるとここは――
「座敷牢、か」
目が闇に慣れてくるとその判断が正しかったことが解った。
横向きに並べられた二枚の古畳、行く手を阻むは、十文字を形成する木の升目。背を屈めてやっと通れそうな出入り口には、簡素な錠前がかかっていた。
迷家の一角、座敷牢である。
このような場所があるというのは藍から聞いたことがあった。何に使うのか、という問いには苦笑いのみで答えてはくれなかったが――
(まさか己が入る羽目になろうとはな)
苦笑いしてあぐらをかくと、肩の傷が痛んだ。
手をやってみると、矢張り血の感触。誰かが手当てをしたのか、申し訳程度の包帯こそ巻いてあるが、気休め程度のものであろう。事実、血と痛みとが止まる気配は無い。
苦い思いを禁じ得ない。
自分の居場所が判明すると、思考はどうしても幽々子へと向かう。
蔵の方から逃げよと送り出してからどうなったか。
素直に逃げたか。逃げ切れたか。
いや。
幽々子のことだ。
妖忌にああ云われ、はいそうですか、と逃げ出している可能性はまずない。また、そうだとしても、直ちに追手がかかったであろうことは疑い様がなかった。
白玉衆に囚われていると考えているのが妥当であろう。
幸いにしてあの者たちは野盗ではない。幽々子に対し不埒な振る舞いに及ぶことはあるまいが――
(お命が無事であれば良いが)
まずはそこである。
白玉衆としては、幽々子を生きたまま都に連れ帰りたいところであろう。だが、頑強に抵抗なぞするとしたら――
舌打ちした。
嫌な想像を振り払う。善後策を考えるのが先だ。
(とまれ、此処から抜け出ねば――)
そこまで思念が流れた時。
突如。
絶叫が響いてきた。
芯からの恐怖に満ち満ちた叫びだった。
(何事……!)
鋭く跳ね起きる。
座敷牢に続く道行には、明かりは殆ど無い。見透かそうとしても、猫の子一匹見当たらない暗がり。
声の元は座敷牢の階上、おそらくは広間の方角。
耳を澄ますと恐怖の叫びに重なって異音。
ぺた。
音だけではない。妖忌の感覚は近づいて来る他者の存在を告げている。
ぺた、ぺた。
木の床を踏む音が近づいてくる。
ぼう、と。
廊下の奧に浮かび上がったのは、一人の男。
裾がほつれた安袴。白玉衆の若衆であろう。見廻りかとに思ったが、何処か様子が妙である。
虚ろな眼。
手足はふらふらと揺れ、挙動が定まっていない。
ずるずると足を引きずり、男は座敷牢の前に辿り着く。
「――何用か」
押し殺した声で尋ねるも、返答は無い。
尋常な様子ではなかった。何か用があるというわけではなく、妖忌の姿が目に入っているかどうかも疑わしい。
男の全身が痙攣した。腹に刀を刺し込まれたようなわななきだった。
そのまま二、三度と身を震わせて。
ごぼりと血の塊を吐き出し。
物も云わずに――倒れた。
「此れは一体――む?」
ちゃり、と。
金属質な音が妖忌の耳に届いた。
男の腰には、錠前に対する鍵の束があった。
妖忌の脳髄がぶんぶんと唸りをあげる。
何が起こっているのか。
この男の身に何があったのか。
疑問は尽きぬ。だが、今成すべきことは只一つである。
格子の隙間から手を伸ばし、鍵をむんずと掴み引き寄せた。
がちゃり。
錠前を解き、扉を潜り抜ける。体を伸ばすとあちこちが悲鳴をあげたか、構っていられるはずもない。
屍骸は捨て置き、声が響く方向へと走り出した。
九
――傷が痛む。
肩に受けた矢傷から血が流れ出続けていた。矢毒でも塗ってあったものか。血が止まる気配は一向に無い。
意に介さず走る。
ずきん。
振動が伝わるたび、脳天を揺さぶられるような激痛が全身を襲う。
ずきん。ずきん。
走る。
走る。走る。
ずるりと足がぬめった。
見下ろすと、ねっとりとした赤い液体が足元に絡み付いていた。
何時の間にか目的の広間前に着いていたらしい。
目の前には巨大な襖。
つんとした異臭を放つ粘つく液は、襖の向こうより流れ匂うてきている。
既に絶叫は静まっていた。
うう、ううと。呻きのような声ならぬ声が低く流れている。
一枚隔てた先は大広間。頭領が、白玉衆の大半が、そして幽々子は其処に居るのであろうと、そう思う。
となればおそらく――
何が起こっているか、どんな状況になっているかは考えたくなかった。
考えが及ばないわけではない。
此処に走り来るまでに、大方の予想はついていた。襖の前に立ったところで、推測は確信へと変わっていた。
何が起きるであろうか解っている。
どのような光景が目に入るか知っている。
だが。
それでも――
雑念を振り切るように、襖に手をかけた。
「幽々子様、失礼致す!」
思い切り。
引き開く。
鬼娘が。
富士見の娘が。
――西行寺幽々子が立って居た。
妖忌が。
茫然として立ちすくんだ。
幽々子が。
ゆっくりと振り向いた。
「お――お嬢様」
声が声とならぬ。
やっと絞り出したのは、己のものとも思えぬ掠れた響き。
思うたより遥かに凄惨であった。
想像に倍する情景であった。
十と数畳、井草も香る一室に山と積まれし柔な肉。積み重なる肉へと目を凝らせば、喉を掻き毟る、苦悶の表情を浮かべる、救いを求めて手を伸ばす人。人だった残骸。青々とした畳に沈着するのはどろりとした黒と赤の塊。
ずきり。
ずきり。ずきり。
全身が軋み痛む。頭が
倒れ込みそうな身体を、すんでの所で持ち直す。
見覚えがある姿に、眩んだ瞳の焦点が合わされた。
西行寺の紋附羽織。
六尺を超える体躯。
白玉衆の頭領だ。
妖忌に気づく様子も無く、かっと目を開いて喉をかきむしり叫んでいた。
ごぼごぼと嫌な音を立てて血を吐き出し続けている。
声も出ず立ちすくむ妖忌の前。
男は一際高く叫ぶと、血を大量に吐き出し事切れた。
その鮮血が宙を飛ぶ。
周囲の骸にぶつかり、四散する。
ぴ、と。
柔らかそうな頬が赤く染まり。
幽々子の口元が奇妙に歪む。
飛散した血が、幽々子の透き通って白い肌を彩っていた。
ずきずき。
ずきずき。
肩にも頭にも、耐え難い程の痛みが襲ってくる。頭の中がじんじんと鳴って、脳髄は揺さぶられているようだ。
「やっぱり――」
誰に語りかけるのでもない、幽々子のか細い声だけが響く。
「やっぱりこうなるのよ。所詮私は不死視の家の忌み子。只自のみが何も負わず、咎無き者を死にへと誘う鬼娘」
――どうしてこうなのかしらね。
自嘲めいた嗤い。
「お嬢様、繰言はお止めくだされ。今は一刻も早く此処より離れねばなりませぬ」
呼びかけた。
反応が無い。
ぎり、と歯が鳴った。恐怖と苛立ちと忠信とがない交ぜになっていた。
「さあ、こちらへ――」
一歩進み、また呼びかけた。
少女が首を振った。
静かで達観して、それなのに子供がいやいやをするような首の振り方だった。
頭に血がのぼった。
肩の熱は既に耐え難い。眩暈もひどく、幽々子の姿もはっきりとは見えない。自分の身体が本当に自分のものであるかどうかも不明瞭だ。
「何故です!?」
叫んだ。
何故このような真似を。
何故己がついていながら。
何故こんなことになってしまったのか――
視界が暗い。
何も見えぬ。
声しか聴こえぬ。
矢毒が回ったせいか、自分の体が自分のものではない様だ。
それとも、血の匂いに酔うたか。
醜く陰惨なこの地獄に。
それでもよろよろと歩み、幽々子らしき影に手を伸ばした。
幽々子が悲しげに微笑んだ気がした。
目元にはぬらりと光る何かが見えた。
繊手が首筋へと触れたように思えた。
そして。
「御免なさいね、妖忌」
言葉が聞こえたのを最後に、妖忌の意識は闇に沈んでいった。
十
あら、紫じゃない。
待っててくれたんだ。貴方なら気付いていると思ってたけど、やっぱりそうだったわね。
それは大変だったわよ。妖忌が私を連れてくるならともかく、その逆じゃねえ。
しょうがないけどね。妖忌は怪我してるし、まだ目を覚まさないし。
うん。
でもいい月ね。西行妖が綺麗だわ。
――どうするの、って云われてもね。
解っているでしょ。
ううん、もう決めたことだもの。
妖忌が知ったら絶対止めるでしょうし。私も
あらあら紫。そんな顔しないで。貴方らしくないわ。
絶望したとか、そういうのじゃないのよ。
白玉衆がああなったのだって、それほど気は咎めないわ。外ならともかく、
ただ。
ただ――ね。
いつかは、貴方を傷付けてしまうかもしれない。
ひょっとすると、妖忌を死に招いてしまうかもしれない。
それが怖いのよ。
自分がどうなっても悔やみはしないでしょうけど、紫や妖忌に何かあったら死んでも死にきれないわ。
解ってくれた?
ああ、もう。だからそんな顔しないでってば――
私まで辛くなっちゃうじゃないの。
――ええ。
それじゃあ、皆によろしく云っておいてね。
妖忌は怒るでしょうけど、何とかなだめておいて頂戴。
あ、それから――
――有難うね。貴方に会えて良かったわ。
十一
其れが何なのか、直ぐには解らなかった。
西行妖の満開の下。
花より匂う桜色の髪。
手には小刀。
頸筋より朱。
地に伏す白。
紅い血を流し地に伏す主の姿がそこにあった。
その横には、紫衣装の妖が一人。
何をするでもなく、倒れた少女を見詰め続けていた。後姿なのでどんな表情をしているかまでは解らなかった。
「紫、殿――」
よろよろと立上がって、声をかける。別に何を話そうと思ったわけでもない。何となくの、反射に近い行動だった。
並び立ち、其れを見下ろす。
「幽々子様は――」
聞くまでもなかった。
只でさえ白い肌を白蝋として、鮮血流し仰向けに倒れている姿。
見紛いたくとも、余りに確かに在りすぎた。
転がっているのは、何度視ても骸だった。
妖忌は夢想家でも逃避主義者でもない。従者であり武人であり、優れた現実家である。幽々子の心の闇まで知り抜いている。そうでなければ、長年傍に居ることなど出来たわけが無い。
どんな過程で、何があったのかを心得た。幽々子がこうなることを選んだ気持ちまで手にとるように解っていた。
それでも、答えを聞かずにはいられぬ自分が腹立たしい。
「自尽したわ。あそこにあるのはもう――
妖忌の心の内を知ってか知らずか、淡々とした言葉。
不思議と涙は出なかった。
悲しみもなかった。
ただ、胸の内にぽっかり穴が開いて隙間風が吹き抜けて行くようだった。
「紫殿」
「なあに?」
「貴公、その折に――」
「居たわよ。話もした。最後まで見ていたわ」
「ただ、黙って見過ごしておられたと云うのか――」
責めるような調子。
云わずにはいられなかった。
だが、繰言に過ぎぬ。
幽々子は飄々とした娘だが、心から決めたことは決して曲げない一面があった。
自尽を望んでいたのなら自分にも止めることは出来なかったかもしれないとも、そう思うからだ。
しばしの沈黙。
紫は妖忌から目を逸らしたままだ。
「死を迎えた人や妖は、どうなると思うかしら」
ぽつりと聞いてきた。返答の気力もなかったが、何とか言葉を絞り出した。
「拙者は神仏を篤く信ずるものでは無き故、自信を持っては答えられませぬが――地獄か極楽か、此の世ならぬ地に向かうことは間違いありますまい」
紫が頷く。
「その通りね。外の世界はともかく、幻想郷で生を失った人や妖は冥界に往くわ。地続きなのよね、あそこ。その気になれば歩いていける。其処である者は転生し、ある者は成仏し、今一度地上へと還ってくるのが大半ね」
「――幽々子様が輪廻転生し、帰還されるのを待て、と?」
紫が首を横に振って息をついた。
心底辛そうな吐息だった。
「幽々子の
嘆きながらもどこか思案気である。
閃くものがあった。
「そうまで云われるからには――何やらお考えがあるようですな」
「死んでいる、というのは――眠りに似ていると思わない」
ようやく向き直ってきた。
金の瞳が真っ直ぐに妖忌を見詰めてくる。妖忌も目を外すことなく視線を返した。
「申し訳御座らぬが、今少し明瞭にご説明願いたい」
「そうね、つまり」
空に向けた掌に、西行妖の一片が舞い落ちる。
「西行妖を媒介にして、幽々子を冥界に封じてしまうの。姿も
「そのようなこと――」
出来るはずが無い、と云いさして止めた。
要するに結界の一種であろう。都にいた時分、呪師の類が試みるのを見聞したことがある。細部は少々突飛も無いが――考えてみれば此処は幻想郷、話相手は八雲紫。不思議も不可能も意味を成さぬ組み合わせであろう。
「――どういうことになりますのか」
「しばらくは冥界で眠り続けるでしょうね。もし目が覚めても、転生することもなく。成仏することもない。周りの人や妖を死に誘うこともない。何といっても、冥界にいるのは死者だけなんですから」
想像してみる。
輪廻のくびきから放たれ、此方でなく彼方で暮らし続ける。
望ましいかもしれない。
現の憂さも無いのだろう。
しかしそれは――人で無くなると云うことではないか。
さしもの妖忌もそれには二の足を踏む。
だが。
幽々子の
何時からだったろうか。
都に居た時。
旅の最中。
幽々子はいつも寂しそうだった。感情を表に出さないか、取り繕ったような笑みを浮かべているかだった。
妖忌の記憶でも、幽々子が心から楽しそうだったのは、幼なき頃と、幻想郷での短い生活の時のみだった。
そして。
今わの際に見せた、悲しそうな笑顔。
過去未来を通じ、あのような表情をさせていいものか。
――いや。
逡巡は一瞬だった。
妖忌の心は固まった。
梃子でも動かぬ固さだった。
「現であろうと夢だろうと、幽冥界の何処にあろうと。幽々子様が心安らかに在られるならば、只、それだけで――」
「いいの? それはそれは長い眠りよ。目覚めていた頃、生きていた頃の自分と、在った人々との全てを忘れてしまうほどに。勿論、貴方のことも――」
「問うまでもありませぬ。例え幽々子様が拙者を忘れられていようと、それが何の問題となりましょうか。我が身の思いなぞ、幽々子様の労苦に比べれば何のことはありませぬ」
「……解ったわ」
紫は少しだけ頷くと。
西行妖と幽々子の亡骸へと向かい合った。
「……掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に禊ぎ祓えたまひしときに成りませる祓戸大神たち もろもろの禍事罪穢あらんをば祓えたまへ清めたまへと白すことをきこしめせとかしこみかしこみも白す……」
謡うような調子で、紫の声が響く。
しゃん、しゃん、と。
何処からか鈴が鳴って扇が舞った。
ざわわ、ざわわと風が啼く。
消えてゆく。
幽々子と西行妖との実像が薄くなってゆく。
はらはらと振りつむ桜の花。
ひゅう、と一抹の風が吹いた。
舞い上がった花と葉とが、妖忌の視界を覆う。突き刺さるようなそれらが痛くて、思わず目を閉じた。
「――終ったわよ」
紫の無表情な声が耳に届いた。
目を開く。
ただ広々としただけの丘。
花と葉しか残っていない。
佇んでいるのは妖忌と紫だけ。
そこにはもう――誰の姿も無かった。
十二
沈黙を破ったのは紫だった。
「さて、貴方はどうするのかしら?」
単刀直入に問う。
主を失った従者ほど辛いものはない。心底から仕えていたとなればなおさらだ。
逡巡無く、至極あっさりした答えが返ってきた。
「知れたこと。幽々子様が冥界にて眠り続けるというならば、拙者もここで腹切って冥府にて――」
「無意味ね」
ぴしゃりと撥ねつける声が、妖忌の短絡を鋭く遮る。
「冥界で霊になって幽々子を待つつもりでしょうけどね。骨折り損になるだけよ。さっきも云ったでしょ? いつかは成仏するか転生するかしなくてはならないわ」
「む――そういえば先ほどは、幽々子様を眠らせると――」
「その通りよ。あれは只の比喩じゃない。幽々子は本当に眠ることになるわ。目を覚ます前に貴方が転生でもしたらどうするのよ。かといって、貴方も冥界に封ずるなんて論外。あれは西行妖があって、幽々子が死んでいたから出来たのよね」
妖忌が難しい顔をして考え込む。
少しすると渋く暗い色が晴れてきた。紫には、妖忌の思考の過程が手に取るように解っている。幻想郷と冥界が地続きと云ったことに気づいたのだろう。
だが。
「ならばこの身のまま、冥界に行きて――」
「手ではあるけど……あそこはつまるところ死霊の地。長く居ることは出来ないわよ。人の身では――ですけどね」
「――人の身では、ですかな」
含みをもたせた言葉に、果たして妖忌が反応した。
眉がぴくりと上がり、紫に鋭い視線を送ってくる。
「魂は冥土に、魄は地上に。片羽の蝶が舞えぬ道理は何もなし」
「何を云われる?」
「簡単なことよ。生き死にの狭間で、人としての姿のまま冥界に居ればいいの」
「つまり――拙者がこの姿のまま、生きもせず、死にもせずに、冥府に向かうと」
紫は扇をくるりと翻す。
「私は、時の、空の、海の地の、彼方と此方の狭間に在る化生。生でも死でも、有でも無でも、あらゆる境界を歪め渡る隙間の妖怪。人と幽の境界を弄るのも難しいことじゃないわ」
紫の言をどう捉えたか。妖忌は眉根を寄せて何か考えこんでいた。
少々唐突な提案だったかと、紫は迷いに襲われる。自分は彼の者の傷口に塩を塗りこんでいるのではないかと――らしくない思念が頭をよぎった。
だがこうなっては引っ込みが付かない。ままよとばかりに続けるしかない。
「半人半霊とならば、寿命は殆ど無限よ。大悟でもしない限り、ずっと姿を保ったままで居られるわ。まあ――寿命が延びるだけだから、體も心も、ゆっくりと老いてゆくけれど」
妖忌は黙り込んだままだ。不安が拡大する。
「……御免なさい、こんな時に云うべきことでは――」
矢張り焦りすぎたか。時を置くべきだったかと。紫が頭を下げようとした時。
「それしかありますまい。紫殿、お願いし申す」
簡潔な答えが来た。
即断だった。いっそ心地良いほどの涼やかさだった。
紫は心の奥底で泣きそうになる。
妖忌の顔はさっぱりとしていて、つい先ほどまでの昏い色は微塵も無い。見失いかけた自分の生きる道をまた取り戻した、そんな趣すらある。
「本当にいいのね。一応云っておくけど、幽々子が目を覚ます保証は無いわ。もしかするとずっと眠ったままかもしれない。目覚めても貴方のことを覚えていないかもしれない。それでも、そう願うのかしら?」
「然り」
「迷わないのね」
「迷いませぬ」
「惑いもせず」
「惑いませぬ」
「後悔もしない」
「欠片ほども」
只、幽々子様の御側に――と。
衒いも力みもなく、真っ直ぐに妖忌は断言した。
「……解ったわ」
数分程も黙っていただろうか。紫は諦めたように深い息をついた。
「すぐ終わる。ちょっと目を瞑っていてね――」
一度目を閉じ、開き。
紫は扇を手に、呪言を紡ぎ出した。
「手数をおかけ申した。以後、拙者は冥界にて幽々子様を待ち続けるといたそう。然らば、これにて――」
楼観剣と白楼剣とを渡すと、妖忌は編笠を深くかぶった。
一礼。そのまま背を向けて歩み出す。
消えてゆく。
迷家と丁度反対の方角に丘を降ってゆく。
如何なる道行きを辿ってか――冥界へと己が足にて向かうつもりなのだろう。
見えなくなるまで、紫はその後姿を見守っていた。
完全に見えなくなると、ほうと息をついた。我知らず出た溜息だった。
背中より何かの気配。
振り向くと、道服を纏う式が何時の間にか控えていた。
「――藍」
「はっ」
「――これで、よかったのかしら」
「私は只の式故に、善し悪しを判ずるなどは――」
「そうだったわね」
三歩下がった式に答え、眼を凝らす。
見上げる。
西行妖は無い。
見渡す。
妖忌は去り、西行寺幽々子も既に亡い。
迷家に帰っても、自分と式以外には矢張り誰もいないのだ。
紫は首を振った。何だか妙に寂しかった。
「帰りましょう、藍。もうここには――来ないわ」
春なのに冷たい風が吹いた。
これより以後、この丘を尋ね来る者は誰一人居なかったと云う。
十三
妖忌は座していた。
黙然として西行妖の下で足を組んでいた。
人魂めいた半身を傍らに纏わせたまま微動だにしない。
冥界に降ってからは、西行妖が花を咲かせることもなかった。青々とした葉をつけているだけだった。その方がなんとなく好もしかった。
そのうちに東の空から日が昇ってきた。大きくて薄暗い、黄昏時のような日だった。座したまま見ていると、やがて薄暗いまま西に沈んでいった。
今度は月が見えてきた。半身をすっぱり切り落とした半月だった。何となく悲しかったのでずっと見ていると、東から太陽が昇ってきたので見えなくなった。
また太陽が天頂に向けて動き出し、しばらくすると沈んでから月が昇った。
数十回繰り返すうちに季節は変わったけれども、妖忌は座して待つがままだった。
食に事欠くことはなかった。
ふと気がつくと、足元に果物や米や肉が置かれている。
紫が差し入れてくれたものに違いなかった。十分な量だったし、半幽霊となった身では以前程定期的に食を取る必要はなかった。
むしろ気になったのは衣の方だ。いつ何時幽々子が帰ってきても良いように身だしなみを整えておく必要があった。しばらく考えた末、洗いさらしの袴をたくさん用意し、定期的に着替えることにした。
雨が体を濡らし。
雪が降り積もり。
風が吹き付ける。
そして昼間の太陽が、雨風に打ち付けられた身体を乾かす。
一日二日、一月二月、一年二年と――
繰り返すうちに、妖忌の顔には深い皺が刻まれていた。
西行妖は葉を付けたままで。
人妖も通りかかる者は無し。
それでも妖忌は待ち続けていた。
伸び放題だった髪と髭を整えたら、何時の間にか真っ白になっていたのが妙に可笑しかった。
干支が六回程回った頃のことである。
或る春の日。視界の片隅に見慣れぬものが飛び込んできた。
薄桜色。
桜色の何かがさわさわと揺れている。
花弁か。
だが、西行妖は今年も花を付かせておらぬはず。
奇妙に思って振り仰ぐと、めぐり一片が妖忌の面を掠め風に吹かれて消えていった。
――否。
吹かれているのではない。
風はすっかり凪いでいて、空は冷たい海のよう。
掌を天に向けてみても、空気の動きは感じられぬ。
してみると――己で飛んでいるものか。
ひらりひらりと、又何かが近寄ってきた。
妖忌はじっと目を凝らす。
ゆらゆらと揺れる薄い羽に、ぴんと伸びた触角。
蝶だ。
朦朧とした光を放つ蝶だ。
桃と薄黄に彩られ、彼方が透けて見えるほどに薄葉なる蝶。
その蝶が、大挙して桜の枝にと止まっている。
見たことも聞いたことも無い、半ば幽霊めいた群れであった。
桜が咲いたと見えたはこのせいであったかと、妖忌は一人頷く。
ふわり。
白髪が揺れた。
一陣の春風が吹き抜ける。
風に搖らされて、一匹が空に舞う。
一つが飛び立つと、また一つ。それに釣られて更に一つ。
地には幾百、天に幾千。相共々に飛び立った。
燐粉ならぬ燐光が冥界の微昏い空を満たす。見事な情景にほうとばかり感嘆の声をあげかけ――
――何だ。
己以外の何者かの気配。
数十年、他者の影なぞ全く見なかった地である。今しがた
気配は人のものと似て、どこかが違う。妖か霊か鬼か死か。強いて云わば、半幽霊たる己が身に最も近かろう。
――霊だと?
ある予感に動悸が早くなるのを感じる。
其の上、柔らかで飄然とした気の流れには覚えがある。
もしやこれは――と。
座禅を崩し。
幾年振りに立ち上がり。
ぐるりと辺りを見渡して。
息が止まった。
何時からそこに在ったのか。
西行妖の下。
しゃらん、しゃらんと。鈴の音が鳴り響く。
白の小袖に藍の単と思しき装束。壷折姿にも似た傾いた仕立に、黒の細帯を結び切る。双肩に波がかって垂らされた桜色の髮。朱色の染料にて渦巻模様を記した
違えるはずがない。
見紛うはずもない。
息を呑むことも出来ず、妖忌は食い入るように、舞い踊る娘を見詰め続ける。
どれ程の間魅入られていたものか。
ぱたん。
翠の扇が閉じられる音がやけに大きく響き。
くるりと娘が一回りして。
舞が止んだ。
さあ、と。蝶の群れが四方八方へと飛び去って行く。
ゆっくりと振り向いて、凝乎と注視るその姿。
死人を遣う富士見の娘
西行寺幽々子
「良く寝たわ」
第一声がそれだった。
聞き違えるはずもない雅声。
幾年を経ようとも記憶からけして薄れぬ響きであった。
「――お待ち申しておりました」
自然に身体が動いていた。妖忌は地に膝を付き、畏まって言葉を紡ぐ。
幽々子がゆっくり振り向いた。僅かに宙に浮き、不思議そうに小首を傾げる。
「あら、貴方は誰?」
「誰――と仰るか」
妖忌の心がちくりと痛む。
成程、主は眠り続け、目を覚ましたときには何もかもを忘れていた。
だがそれでいい。為すべきことは変わらぬのだ。
迷妄も雑念も無い。
己が使えるべき主は唯一人。幽玄にて凄絶なこの少女のみである。
「お忘れやもしれませぬが、拙者はかつてお嬢様に仕えし者。お目覚めの時をお待ち申しておりました」
「そうだったの。あらあら、待たせすぎちやったかしらねえ」
幽々子は小首を傾げた。
妙に可愛らしい挙作と、影の無い表情。遙か昔、死の影を纏う前の――赤ん坊の頃のような仕草。
「お気になさらず。いかなる御用であれ果たすが拙者の務めなれば、何なりと御下命を――」
「何でもいいのかしら?」
「はっ」
「じゃあ、そうねえ――」
天を見詰め、しばしの思案。
少しして。
ぽん。
飄々とした面持ちのまま手を打った。
「それじゃあ、何はともあれ、ご飯の支度をお願い。眼が覚めたばっかりでお腹ぺこぺこだわ」
「承知致した」
「それじゃこっちに――」
歩みだそうとして少女が振り返り。
後に従わんとする老翁が問い返す。
「あら、そういえば」
「いかがなされましたか」
「名前を聞いていないわ。私は幽々子。西行寺幽々子。じゃあ、貴方は?」
尋ねられふと言葉に詰まる。
待ち始めてより幾十年。己が名なぞ思い起こすことはまず無かった。
隅に追いやられていた記憶を想起する。
西行寺の衛士。
幽々子の従者。
妖忌という名ははっきり刻印されているものの、さて苗字と云えば何であったか。
八雲紫の言葉を思い出す。
魂は冥土に在りながら
魄は地上に留まりて
然り。
ならば。
幽冥郷の果てにて仕えるこの身は――
「妖忌。魂魄妖忌と申します」
――魂魄妖忌、只今参上仕る。
(了)
・妖忌後編書いてます
・近々アップできます。あと見直しとつけたしだけなんで。
・「あやかしびと」最高
・刀子さん可愛いよ刀子さん
・虎太郎たまらんよ虎太郎
・あやかしびとについては近々まとめて書きます
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「ぼく」こと広田義夫は、城下町だった市の高校二年生。親友の高橋、恋人の良子と共に送っていた平穏な高校生活が、ある日を境に変容してゆく。
うららかな春の土曜の放課後、「ぼく」と高橋とが行った奇妙な見世物「カメラ・オブスキュラ」。幻惑的な凹型レンズが映し出した水族館には、あるはずのない地下への階段が存在していた。
実際に水族館に赴き、そのような階段が実在しないのを確かめるも、呼応するかのように奇妙な事象が堰をきった様に溢れ出す。
良子の持ち出してきたこっくりさんがもたらした怪異。
深夜のラジオから聞こえてくるという奇妙なメッセージ。
昭和初期の新興宗教の影。
教師・遠藤とその妻英子らの助けもあり、一度は状況も落ちついたかのように思える。だが、それは嵐の前の静けさにすぎなかった。
ぬめるような春の一日を皮切りに、残酷な一年が幕を開ける――
傑作です。
古き良きジュヴナイルを思わせる柔らかい筆致で幕を開ける、正しい青春ホラー。日常が徐々に侵食されてゆく描写や、「嵐の前の静けさ」の表現が本当に上手い。
結局最後まで読んでも、誰が「本当に」黒幕だったのか、そもそも黒幕などはいたのか。主人公が見たのは何だったのか。見たものは実在したのか。居なくなってしまった人々は何処に行ったのか――何一つ、明確な答えは与えられません。
そこが素晴らしく効果的。只の書き手ならば只の不条理な展開としてしまうところを、主人公たちの不安感や狂気を読者に感染させる手段としている辺り、凡手ではありません。
文体も変幻自在。ジュヴナイルかと思えば、ラヴクラフトの如き息の長い長文、研究書めいた硬質な筆致、昭和初期の冒険記と、見事に日本語を操っています。「新人賞に応募したような文章」という批判もありましたが、見事に作者の文体の罠にはまった例と思います。
一年を通して物語が展開してゆくのですが、春ならぬめる風、夏なら湿気と、かなりマメにどことなく不安を喚起する描写を織り込んでいるあたりお見事。
なお、著者である稲生平太郎は、本名横山茂雄。幻想文学方面の研究でも良く知られる本職の文学研究者であります。現在奈良女子大学大学院人間文化研究科教授。
稲生氏についてはこちらが詳しいのでご一読を。
しかし、出来れば高校生の頃、遅くとも大学入学当初に読みたかった……
いやまあ、その当時に読んでいたら本当に作品にとりつかれていたかもしれませんが。
●今日のWEBコミック
■ほのぼの幽霊4コマ漫画『2k 庭付き 幽霊憑き:表(裏)』(WEB拍手より。有難う御座います)
うわ、これは物凄い好み。どこかとぼけた味わいがたまらない。
幽子さんが実にいいなあ。お勧め。
加納から回ってきたので答えてみる。確かにMusical Batonよりこっちだな、ゲーマーには。
★1.所有してるTRPGの数
約30シリーズでした。元々数を買う方ではないのでこんなものでしょう。
サプリメントはこまめに買うので冊数はかなりのものですが。
★2.最近お気に入りのTRPG
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現代伝奇大好き人間としてはこれは外せません。
人に非ず、魔に非ず。現世に生きる半魔たちの活躍を描く傑作現代伝奇TRPGですよ。いまいち遊んでる人を見かけないので、オンセででもGMやらないとなあ。
★3.思い入れのあるTRPG5タイトル
「トーキョーN◎VA」シリーズ(特にRevolution以降)
何だかんだで今までで一番プレイしてます。持ちキャラの数も圧倒的に多い。このゲームが縁で知合った人も相当数。デザイナーの遠藤先生には足を向けて眠れません。
「BEAST BIND 魔獣の絆」
朋友小太刀と知合う契機となったゲーム。大げさに言って、私のゲーム人生における一大転機をもたらした一作。外せませんな。
「CYBERPUNK 2.0.2.0.」
サイバーパンクの原点にして到達点。ディティールに関する限り、これを超える作品はまあ、出ないでしょう。
素肌の下にメタル埋め込み、光より速く駆け抜けろ!
「Advanced Dungeons & Dragons」
中学の時TRPGを知ってから大学に入るまではこればっかりやってました。今でもダンジョンを見ると血が騒ぎ、キャリオンクローラーに遭遇すると絶望に襲われる。
「異能使い」
発売当初から猛プッシュしていた作品。「妖異草紙」により、ようやく陽の目の当たる場所に出た感が。これだけのガチ妖怪伝奇ゲームはなかなかないので、今後の展開も楽しみにしております。
★4.気になる発売予定タイトル ※回答時点で未発売のタイトル
小太刀と三輪さんの手になる「異界戦記カオスフレア」ですな、やっぱり。あの二人が作ったなら質は間違いないだろうし、期待。
★5.バトンを渡す5人
他の方々とかぶらないように気をつけて……
セバス殿(mixi)
大王様
yagamiさん
修行さん
NATRONさん
気が向いたら反応してやってくださいませ。
●今日の懐疑主義
充実した懐疑主義系サイトです。
一部リンク切れもありますが内容は充実。特にロズウェル事件とFAQは、肯定派、懐疑主義派、共に必見。
●WEB拍手レス
>嘘予告拝見しました。・・・いやいいですわ!真神学園とは一本とられました。九龍でも良さそうですが真神のほうがやはり伝奇色が強いですかね。
九龍は大好きなんですが、アクション要素も強いですからね。伝奇伝奇という点なら矢張り東京魔人学園かと。
九龍学園はMMRとかと組み合わせるのがよさそう……
嘘予告祭りがかなり活発化してますな。
lock氏の「ドッコイダー
私も書いてきたのでよろしければご覧ください。
●今日のオカルト
やってまいりました。
ここ1、2年不作だったUMAニュースですが、久々の良さそうなネタです。
中国なのがまたいい。どこか怪しい匂いが否応なく付きまとう。いやあ、続報が楽しみだ。
オカルト板の名スレッド「洒落にならないくらい恐い話を集めてみない?」の傑作選。タイトルに偽り無く、本気で怖い話が集まっております。
怖い話スキーな人には感涙ものですが、苦手な人は注意。
お勧めは「マイナスドライバー」かなあ、矢張り。「遭難者のテープ」もいいのですが、ホラーっぽすぎて怖いより笑う方が先に。
●今日の科学
画像あります。
いい感じに分離してますね。ここまでちゃんと成長するのは珍しい。無事育って欲しいものです。
●WEB拍手レス
>魂魄妖忌(略ゴメンなさい)がツボにきまして。よくもまぁあんな時代がかった書き方ができるもので
有難う御座います。ああいう書き方は時間かかりますが肌にあってるみたいで楽しいです……後半はもう少しだけお待ちください。
えーと、7/2をもちまして旧URL(http://www.mirroralice.net)のドメイン契約が失効致します。
7/3からは現在のURL(http://www.gyosekian.net)からのアクセスとなります。大変お手数ですが、旧URLからの張り替えをどうぞよろしくお願いいたします >リンクして下さっている方々、ブクマして頂いている方々
●今日のSS
■SS作家が、歌ったり踊ったり電撃結婚しながら嘘予告を発表する祭り
TYPE-MOON板発で嘘予告祭り開催中の模様。いいペースで作品が投稿されております。
お勧めは辰田信彦氏の「凛ねえ」。
お姉ちゃん属性を獲得し、バカ姉と化した凛が最高すぎですよ。
祭りの開催期間は今月末までのようです。振るってご参加を。
とりあえずバナーを張っておきます。
なお、参加される方は規約である
・外部リンクに登録禁止
・嘘予告なので、予告で終わっても泣かない
・型月関係の嘘予告であるなら、クロスでも普通のでもOK
・外部リンクは自分のサイトにのみ可
にご注意くださいませ。
簡単に目に付いた科学ネタだけを。
●今日の科学
こりゃまた美しい。
本邦におけるコンピューター開発のパイオニアであり、世界的な情報処理学者である後藤英一氏が亡くなりました。コンピューターに多少なりとも関っている者なら名前は必ず聞いたことがあるであろう方です。詳しい業績についてはこちらを御覽ください。
ご冥福をお祈りいたします。
やってまいりましたソーラーセイル!
アイデアとしては昔々からありますが、遂に実現化ですか。感慨深い。
一応簡単に説明しますと、ソーラーセイルは打ち上げられた後、宇宙空間において、太陽の引力によって軌道にのりながら移動することとなります。この辺人工衛星などと一緒。
ソーラーセイルが運動の頼りとしているのは、光の圧力――即ち、太陽から発せられる光子が帆に衝突した時に発生する力です。その光子が帆に衝突すると、光子の運動の向きが逆転します。で、帆は同量の運動量を得て進行方向へと加速することになるわけです。 なお、良く言われる「太陽風を受けて推進する」というのは間違いですのでご注意。
あとは帆の角度の調節によって、どの方向に進むのも自由自在。ちなみに減速の際には太陽の重力を利用いたします。
詳細を知りたい方はこちらなどを御覽ください。
う、気が付いたら三日放置プレイ。申し訳ありません。
さて、日曜日は小太刀のところで真・女神転生3をプレイしてきたですよ。
以下簡単なプレイレポート。
真・女神転生III TRPG(シナリオタイトル不明)
RL:三輪さん
▼登場キャラ
七々見 奈切 17/♂ 魔人
PLはレン。
行方不明の姉を探して東京を彷徨う元高校生。清く正しいPC1。
格闘戦型の魔人で、パーティーの前面にたって壁となり、山おろしを使って敵を殲滅する。安定した主戦力。
オルトロスと戦い、魔人バトルロワイヤルに参加したせいで各地の魔人に目をつけられながらも、姉を求めて東へ西へ奔走する健気な少年。
今時珍しいくらいちゃんとしたPC1でした。
そのせいかついカッとしてラブコメフラグを立てに走った。ラブコメなら何でも良かった。今は反省している。だが私は謝ら(ry
神谷 翼 26/♀ 人間
PLは小太刀。
日本各地の剣豪剣聖から奪い取った技を自在に操る謎の女教師。強くてタフで美人で頭も切れるが、あまりにもうっかりした言動が多いのでそれらのアドバンテージが全て台無しという素敵キャラ。
「あなたは腐ったミカンなんかじゃない。腐ったグレープフルーツよ!」「不純異性交遊は禁止します。具体的には先生が処女である以上、皆さんにそれ以上の行為を認めるわけにはいきません」など名言多数。
十七夜・ノーレッジ・深澄 17/♀ 魔人
PLは私。
引きこみり気味で書癡な神社の一人娘。書庫にこもっていて、気が付いたら東京受胎していたという不幸なヒト。
名前と設定から解るように、某パチュリーさんです。割とそのまんま。
パラメーター全てを魔力に振ったせいで、パーティー最大の火力を所有。攻撃力150オーバーのアギラオが猛威を振るう。
ジャックランタン ?/? 悪魔
PLはKouさん。
「ヒーホー」が口癖の陽気で口が軽い悪魔。喋り方はコンシューマー版メガテンのジャックフロストそのもの。
実際、元元ジャックフロストだったのだが、悪魔合体を繰り返してジャックランタンになった。火炎耐性を持つが、ジャックフロストだった頃の名残で火が怖い。何かある度に鍋にされかかる。
パーティーのマッカ管理役にしていじられ役。
▼メモ
真・女神転生3TRPGは初体験。色々噂は聞いていたので期待に胸を膨らませてゲームしたところ――
アリアンロッド以上にガチなダンジョンアタックゲームでした。
いや、本当にガチ。ロッポンギからシブヤに行くだけで何度も何度も何度も死にそうな目にあうのはどうなんだろう。それもイベントとかじゃなくてランダムエンカウントで。
謎の巨人に撲殺されかかり、バフォメットのイビルレイで死にかかり、デカラビアの大群に怯え、パズスの魔法に行動のたび死を覚悟する展開。
これぞ古き良きダンジョンアタック。たまらなく面白い。
これはいいゲームですよ。今後も是非プレイせねば。
●今日のオカルト
■部屋が女のたまり場になっている(WEB拍手より。有難う御座います)
おお、ここは知らなかった。情報有難う御座います。
何はともあれオカルト板住人の結束が素晴らしい。結構分量があるので、時間ある時にゆっくり読んでみてください。
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ニューヨーク州の地方都市スパータ。大都会の喧騒からは程遠いこの街が恐怖に包まれたのは、或る冬のことだった。
その日、新聞記者ビューアル・ティサムが目撃したのは、工事の表示板が落下し、走行中の車に激突するという不運な事故だった。運転手は死亡、同乗していた女子大生は一命を取留めるが重態。
どう見ても只の事故であったが、現場調査により、表示板が何者かの手により細工されていたことが判明する。そしてビューアルの元に届く一通の手紙。
「……この手紙が最後だなどと思うなよ。まだまだ死人は出る。HOG」
手紙の通りに事件は続く。
階段から墜落死する老人。
氷の刃に首を断たれた少年。
オーバードースによる中毒死。
私立探偵ロン・ジェントリィ、有能な警視フライシャーに率いられた警察は必死でHOGを追うが手がかりは掴めない。ビューアルの元には、HOGからの嘲笑うかのような手紙が届き続ける。
警察もロンも進退窮まり、そしてついに、ロンの恩師でもある天才犯罪研究者、ニッコロウ・ベネデッティ教授が調査に乗り出す。
1981年、サスペンスやら犯罪心理やら社会派ミステリやらが氾濫していた中、突如現れたガチガチの本格ミステリが本作です。
基本構造からして、天才犯罪学者にして世界最高の名探偵、ニッコウロウ・ベネデッティvs正体不明の謎の連続殺人者"HOG"という大時代ぶり。
自己のスタイルにこだわる名探偵、謎めいて挑発的な犯人、右往左往する警察、謎めいた大事件――と。本作には「本格ミステリ」という言葉から想像される道具の大半が揃っています。
この種の大仰な道具を揃えたミステリは魅力的でありますが、一歩間違えると大袈裟なだけで失笑ものの作品となってしまう危険を常に孕んでいます。
その点において、「ホッグ連続殺人」は見事に成功しています。
デアンドリアの作風は非常に理知的であり、文章や会話も清潔で平明です。そのためスラスラと読め、謎めいた事件の展開、関係者を一同に集めた謎解き、言葉遊び、探偵vs犯人の構図といった類のものに集中出来ます。本格ミステリの醍醐味を堪能出来るわけですね。
この方向性は正解でしょう。大仕掛けな舞台装置に大仰な演出では、読者も辟易してしまうというものです。本邦においても乱歩を意識しすぎて失笑ものとなってしまった「本格」作品がいくつあることか。
ミステリの命であるメイントリックも巧妙に読者の裏をかいてきます。これについて詳しく語れないのがミステリ読みの辛いところ。
とまれ、本格ミステリの魅力が凝集された良作です。
ただ、問題点が無いわけではありません。
解説でも指摘されている犯人の動機が不自然だという点は確かです。
登場人物の個性も類型的で凡庸。探偵役のベネデッティ教授は流石に魅力的ですが、それ以外の人物達は居るだけ感が強い。主人公の一人であるロンと、心理学者ジャネットのロマンスや、フライシャーの苦悩にしても、只の付け足しという感があります。
このあたりは好みが分かれる所でしょう。
総合的に見て三つ星。
ただ、作風の好みもありまして+0.5点です。
●WEB拍手レス
>ホッグ星4つですか!しまっておいただけなので、今度読んでみようかな…
すいません、読み帰してみて3.5に訂正しました。
とはいえ、上に書いたように優れた作品なので、一読をお勧めします。
本の虫と化しております。
読書録もどんどん溜まるなあ。とりあえず★マークメモだけ。
例によって★で1点、☆で0.5点。最高で★五つです。
「ホッグ連続殺人」★★★★
「江戸の町は骨だらけ」★★★
「狂気とバブル―なぜ人は集団になると愚行に走るのか」★★★★☆
「奇譚カーニバル」★★★★
「忍者月影抄」★★★
●今日の科学
NASAの彗星探査機ディープ・インパクトが、テンペル第一彗星に衝突器を突入させるまで一月をきりました。
天文好きには見逃せないイベントですな。当日に備えて望遠鏡を準備せねば。
先日終了したオンラインセッションの簡易アクトレポートです。
いやー、面白かった。
RLの悪童同盟大人とPLのなまさん、有難う御座いました。
トーキョーN◎VA The Detonation「ワンチャンス」
(RL:悪童同盟大人)
▼登場キャスト
“DragonVoice”リュネ(17/♀/Hiruko●,Kabuki◎,Neuro)1
PLはなまさん。 謎のロックシンガー“DragonVoice”の正体である少女。
引っ込み思案で対人恐怖症、でも決めるべき時はきっちり決めるという正統派ヒロイン系なPC1。
反応が一々可愛い。流石だ。
“名無し”というカブキと共に、キャンベラAXYZにおけるリニアの開通式に招かれる導入。
“
PLはヤス。
黒ずくめのマントで首から下をすっぽり多い、なお黒い髪を足元まで垂らした少女。
生身における対ウォーカー戦のスペシャリスト(ブランチ:パンツァーイェーガー)であり、背の丈の二倍はあろうかという大刀でもってウォーカーと対峙する。
無愛想で憮然としていて殺伐とした言葉遣いな人。
マイケル・グローリーからの依頼で、リニアの開通式に護衛として出向く導入。
キャンベラという異国への旅行、旅路におけるキャスト/ゲストとの交流、リニア開通式という設定を上手く利用した緊迫感のあるクライマックスと、良い意味で手堅くまとまった好シナリオ。
リュネとヴァージニア、それに名無しとマイケルを交えた会話に妙があり、オンセならではの魅力を十二分に堪能出来ました。
台詞回しに凝ったりして丁寧に関係性を構築出来るのがオンセの醍醐味ですね。
時間配分も見事で、非常に楽しいアクトでした。
悪童大人となまさんはやっぱ上手いわ。
あとヴァージニアは無口無愛想系の萌えヒロインを目指したのに、気が付いたら女ゼンガーになってた。何故だ。
●WEB拍手レス
>妖忌と藍の苦労人コンビが良い味だしてるなぁ。後編も楽しみにしてます。
テンコーな人は絶対苦労人ですよねえ。妖忌や妖夢とは気があいそうです。
後半はのんびりお待ちくださいませ。
>今回のSS、美麗にして軽妙洒脱な文章に惚れ惚れです。これぞ美しい日本語文。
有難う御座います。今回は文章に力入れてみましたのでそう云って頂けると本望です、はい。
久々のSS「魂魄妖忌只今参上仕る」を、ブログとSSページに載せました。
Coolierさんの「東方創想話」にも投稿してあります。
後編も近いうちにアップ出来るかと思います。
もしよろしければご意見ご感想を頂けると幸いです。
あ、それとルビを多用しているのでIE系ブラウザの使用を激しく推奨。
●WEB拍手レス
>花のエミヤ 其の2も期待してます
……が、頑張ってみます。
今度は本文丸写しでない方向で。
多種多様な恐怖症があるものですなー……
アラクノフォビアが多いそですな、そういや。
「魂魄妖忌只今参上仕る」(前編)
序
屋敷が燃えていた。
炎が夜を赤赤と照らし出していた。
富士見の本家が、火に取り巻かれ燃えている。
頭領と思しきは、具足姿の壮年。手に引っさげた大刀。
屋敷を取り巻く松明掲げた無数の配下。
油と紙とが母屋一帯に敷かれ、炎を上げていた。
都の片隅と云えど、公衆の面前でこのような狼藉を行えば役人が飛んでくるはずだが、そのような気配は全く無い。
してみると、役人も周知の上のことか。
仁王像の如く立つ頭領の元に、数人の若者が駆けてきた。目標の捜索を命じておいた者共であろう。
「姿が見えませぬ。近隣にもあたってみましたが、かくまっている様子は皆無。既に山へと逃げたかと」
「となれば、我らの焼き討ちを察していたか。あの小娘にそのような真似が可能とも思えぬが」
「例の従僕も消えております。となれば……」
「……妖忌めが連れ出したか。小癪な」
忌々しげに舌打ちすると、頭領はさっと手を上げた。呼応して配下がわらわらと集まり来る。
「捜索隊を編成せよ。直ちに追撃にかかる。国境へも使者を送れ」
「しかし頭領。そこまでやることは無いのではありませぬか。あの娘も望んで一族を滅ぼしたわけでは無い。罪無きものです。ここまで追い詰めるのは、どうにも……」
気の弱そうな配下の者がおずおずと提言してきた。
「聞く耳もたぬ」
泣き言をぴしゃりと遮る。繰言を聞いている暇は無い。
「追うのだ。何があろうとあの娘を生かしておいてはならぬ。罪が無い? 馬鹿な。仮に生かさば、また何処かで死骸の山が積まれることとなるのだぞ。それが我らでなくとも、見逃す事なぞ出来ぬであろう」
鋭い語調で睨み付ける。
何か云いたげに口を開きかけたものこそ数名居たが、結局、わざわざ反駁するものはいなかった。
ぎょろりと
「山を狩れ。川を漁れ。隣国への関所を見張れ。艪櫂の及ぶ限り、あの娘を追い続けよ。見付け次第叩き切っても構わぬ!」
号令一下、松明をかざした男共は四方八方へと散っていった。
一
冷たい雨だった。
春夜の雨は未だ冷たく、一足を進めるごとに体温が奪われてゆく。草木の生い茂り藪も密な山中を歩むとなれば尚更であろう。
ましてや此処は峰をぐるりと取り巻く、足を踏み外せば後が無い崖の山道。真暗な空にどんよりとかかる雨の雲。屈強の旅人とて踏み入るを躊躇すると思しき道行き。
そんな中、深編笠に手甲脚絆。旅装束にて、闇に紛れて歩む影が二つ。
一つは娘。その面は旅装束に隠れてはっきりとは見えぬにせよ、少女と呼ばれるべき年嵩なのは見当がついた。
一つは男。六尺はあろうかという長身で少女の前を歩み、己の身体を雨風を防ぐ盾としている。
男の吐いた息が白い煙として凝結し、直ぐ散った。雨に湿った土を踏めば、ぐにゃりとした肉のような感触が足裏に伝わる。流れ滴る泥が、濁り切った血のようだ。
少女が崖下に目をやった。
ちらちら、ちらちらと松明の篝火が明滅している。大勢で草の根掻き分けての探し物の模様。目を凝らせば、松明をかざした
怒鳴りつける声の端までは流石に届かぬものの、
「――妖忌」
不安げなか細い声に、妖忌と呼ばれた男は足を止めた。
くいと編笠を上げ、少女を見やる。
笠の下から精悍とも言える面構えが覗いた。
年の頃は二十と半ばであろう。撫附けられた灰色がかる髮に、彫刻された峻嚴な面。鋭い瞳には明白な意志の強さが宿っている。
背に負うたは二尺七寸、腰にたばさむ一尺三寸。
立居振舞いから見るに、少女の従者か家臣の侍であろうか。重厚な物腰の、人品卑しからぬ若武者である。
「ご安心を。如何に奴らとて、ここまでは追うて来られますまい。どうぞ今しばしのご辛抱を。今宵の雨露を凌ぐ場を探さねばなりませぬ」
錆を含んだ善く通る声に、少女は
答える気力も無いのか。
ただでさえ白い肌は蒼白に近く、唇も青白く染まっている。雨の中で震える小さな身体が哀れを誘った。今にも倒れてしまいそうな風情。
――無理もない。
吐息と共に妖忌は天を仰いだ。春雨がぽつ、ぽつと端正な顔を濡らす。
(どうしたものか――)
歩き詰めの上、降り続けの冷たい雨は少女の体力を確実に奪っていた。日々の鍛錬と戦場往来で鍛えられた妖忌ならばいざ知らず、この行程、
ざあざあと。
小粒だった雨は何時の間にか大粒に変わっている。
雨露を凌ぐとて、当てがあるわけでもない。宿場街道ならばともかく、都より遠く離れた片田舎の山中だ。茶店の一つでもあれば救いとなろうが、人気の無い地を幸いに足を向けた山。そのような場があろうはずもない。
隣国に続く古街道へ抜けるつもりであったが、そもそも辿り着けるかどうかが怪しいところ。
仮に辿り着いたとしても、国境の河は濁流となっているであろう。粗末な橋がかかっていたはずだが、水が少し暴れれば流されてしまう程度のもの。
――この雨模様では無謀か。
そうまで思うと身体の隅々まで、急に疲労が広がってきた。
――甘えるな。
愚痴の一つもこぼさぬ少女の姿に、萎えかけた心を奮い立たせる。
己一人ならば、天に生き死にを左右されようと恨むことは無い。だが今は、万策尽くしてでも少女の生と安全を確保する必要がある。
まだしも歩み易そうな道を選び進みだす。
道を曲がり尾根を登りまた下った。
夜闇のせいで方角が正しいかどうかも心許ない。
己一人が野垂れ死ぬならばともかく、まさかに主を野晒の憂き目に合わせるわけにはいかず。時を経るにつれて厳しくなる妖忌の面。
休息出来る場所を求めてさらに歩を進めると、徐々に道幅が狭くなってきた。少女に手を貸しながら藪だの斜面だのを突っ切れば、耳に届くせせらぎの音。少女は耳聡くそれを聞きつけ、妖忌の袖を引いてくる。
「……川の音じゃないかしら?」
「――行ってみましょう。もしやすると、身を休める場があるかもしれませぬ」
はて、この辺りに水源なぞあったかと、妖忌は心中首を傾げる。
だが川の側ならば小屋の一つや二つあるやもしれぬ。少女を促して沢筋への道に足を向け往くも、水音は近づいたかと思うと遠離り、また近づいて遠離る。
夜の山に惑わされたか、狐狸の類に化かされたかと不安に覚え、
「妖忌、あれ、何?」
「む……?」
少女の言葉に藪の向かうを透かしてみれば、ぽっかりと岩穴が口を開けている。妙なことに水音は穴の奥から聞こえているようだ。さて、何処からか反響でもしているのか、穴の奧が川にでも続いているのか。
せめて雨露と寒さを凌ぐ頼りにはなろうと、背を屈め大岩小岩を取り除き狭い岩穴を進めば、益々大きくなる水音。やがて視界が開け岩が尽き、急な斜面が現れ、さっと広がる異なる風景。
「これは……」
妖忌は絶句し、少女は歎声をあげた。
平原であった。
草花が萌える一面の平野であった。
絵巻物に見たことのある唐土の桃源郷の景色と異なろうとも思われぬ。足元の土と草との確乎りとした感触と、若草の柔らかい匂いが幻ではないことを伝えてきた。
改めて見渡せば、目の前には清流。水音はここから響いてきたものか。
申し訳程度にかかる橋を渡れば、
色取り取りの花々は美しけれど、さて、進んだものか戻ったものか。
どうしたものかと戸惑っていると
ちかり。
人工の光が一瞬目に入った。
遠方を透かし見る。
彼方先に。
大きな屋敷が建っていた。
屋敷の内側からは燈が僅かに漏れており、何者かが住まうとは思われる。
常ならばこれ幸いとばかりに足を向けるところだが、まさかこんな所に立派な屋敷があるとは欠片も考えていなかった。
いかにも怪しい屋敷に妖忌が躊躇していると。
ぽつん。
平原の一点に影が浮かんだ。
見る間にその点は妖忌たちへと向かい来る。
するすると近づいてくるにつれて、金毛と尻尾を持つ大柄な獣の姿がはっきりとしてきた。
それは一匹の狐だった。
野山で見かける狐より二回り大きい。金毛が風にしなやかになびいていた。
ついと全身が真っ直ぐに伸びており、一種の高貴さを感じさせる。
妖忌と少女から少し離れた野の真中で立ち止まり、くるくると廻る。
只の畜生ではないと判じ、妖忌は気を張り詰める。
何か物言いたげな瞳には、明白に知性の輝き。稲荷神の使いか、人を取って食う妖の類か。
少女を己の後ろに回さんとするも、その当人は物怖じせずに踏み出した。
編笠を取るとふわりと広がる桜色の髮。
草花を踏む軽い
じい、と。
少女と狐は見詰め合う。
「――お嬢様」
「静かにしてて」
たまりかねて声をかけた妖忌をぴしゃりと遮り、少女は
数秒。
数十秒。
数分。
妖忌が痺れを切らさんとした頃、四つの瞳が、何やら合意に達した気配。出でた時と同じように、狐は突然に背を向けて尻尾振る。
少女も妖忌を振り仰いだ。
「着いて来いって云ってるわ、行くわよ、妖忌」
「しかし、お嬢様……」
珍しく妖忌が難色を示した。それもそうであろう。
突如として出現した穴。
その先に広がりし野原。
聳える屋敷に金毛の狐――
怪力乱神狐狸妖怪を恐れるわけではないが、何もかもが怪しすぎる。
眉間に皺寄せる妖忌に向かい、少女が少しだけ笑んだ。疲れの所為か弱弱しい微笑ではあったが、鷹揚とした、どこか余裕を感じさせる笑みだった。
「行くも戻るも同じことよ。戻っても待ってるのは先も見えない山道と、追ってくる人たちだけ。それなら、何が居るか解らない邸に行ってみましょう」
「――仰るとおりですな。せめて拙者から離れずに居てくだされ。この妖忌、万に一のことがあろうとも命を賭してお嬢様をお守り申す」
「そんなに気張らないでいいわよ。妖忌のことは信じてるから」
「……む」
率直な言葉への反応に困っている内、少女はぱさりと扇広げ、ふわりふわりと草を踏みながら尻尾の後を追うていた。
二
ふいと狐が姿を消したのは、屋敷の前でのことだった。
見上げれば、五層はあろうかという木造の絢爛な建築。
屋根は千鳥破風付の入母屋。二つの両端翼部が突出しており、全体としてコの字型の印象だ。妖忌が見慣れた武家屋敷とは程遠く、かと云って南蛮渡来の建物にしては和風の面影が強すぎる。観音開きの扉の横には
まるで花街だ。
和洋折衷と呼ぶのがもっとも的確であろうか。何とも境界が判然とせぬ印象である。
「失礼する。
二度三度と呼ぶも現れる人も無く、仕方なく扉に手をかけるとするすると開く。
とまた、数間先にて見ている狐の姿。
コン、と一声啼くと尻尾を振って歩き出す。
「心配ないわよ。こっち来いって云ってるわ」
「しかしですな、お嬢様――」
未だに難色を示す妖忌の様子などどこ吹く風。無造作に狐の後を追う少女に致し方なく付き従う。
無数の襖に挾まれた板張りの廊下に踏み入る。
足を進めるたび、きゅ、きゅと、板が鳴った。うぐいす張りであろう。
廊下の鳴る音が重なる。先導している筈の狐からはその音が聞こえてこないのが、益々妙だ。
庭に面した橋懸かりを曲がると、狐が首を振り曲げながら待っていた。
風に揺られる尻尾は二本。
矢張り妖の類であろうか。
狐が口元歪めて笑った気がした。
嘲笑でも憫笑でもない、何とも謎めいた笑いだった。
その笑いに、妖忌は腹を決める。
からかわれているだけにしても、何やら意図があってのことにせよ、直ちに害を為してくるということは無さそうだ。
万に一つの場合となれば、楼観剣が鞘走るだけのこと。かの名刀と妖忌の腕をもってすれば、現世にて断てぬものなぞ多分無い。
眉根を寄せて難しい顔をした妖忌の様子に、狐は走り出す。しなやかな疾駆に、妖忌と少女も駆け足で着いて行く。
何処を如何通っているものか。屋敷の構造がどうなっているのか。
左に曲がり右に曲がり階段を上り下り、母屋へと続きそうな長廊下を渡ったかと思うと、斜めに折れたまた新しい曲がり廊下。
その度追う二人の目に映るのは、新たな通路に丁度消える、ふさふさとした尻尾のみ。 三四五本。
六七八本。
角を曲がる度に、尻尾が一本、また一本と増えてゆく。
七つ目の角を曲がった時に待っていたのは、金毛九尾の狐と、立派な襖。
襖へと向かい頭を垂れると
こおん。
奇妙な獣は誰かに呼びかけるよう一声高く鳴き、くるりと回って姿を消した。
「置き去りねえ」
呆然と虚空を見詰める妖忌の横で、のほほんと少女が呟く。
その言の葉が消える直前に。
「あらあら、藍、お客様?」
「――!」
雅な声と背筋への冷水とを覚え、言い知れぬ気配の正体を見定める前に、妖忌は反射的に背の刀に手をかけた。
ぱたん、と。
少し遅れて襖の音。
其の奥に。
異装の女が座して居た。
一分の隙も無い妖忌の構え見やり、女は艶然と笑む。
ぞくり。
どこまでも華やかな笑みに、妖忌の総身が粟立つ。
――物の怪か。
息を呑む。
美しい。
否。
美しすぎる。
白地に紫の紋樣を配した小袖とも打掛ともつかぬ装束を纏い、頭には奇妙な被り物。武家やら公家やら、あるいは道道の者か判別がつかぬ。おさえ髷にも似た頭は金色に彩られ、それにも増して明るい猫の瞳がじっと見詰めている。風流の者にも見かけぬ伊達にて婆裟羅な
これは確かに――人では在り得ぬ。
ごくり。
喉が鳴った。我意に反して緊張した筋肉を解きほぐす。
無意識に刀の柄に手が伸びた。
鯉口を切ろうとした刹那。
女はひらひらと扇を振ってきた。
「物騷な物から手を離したらどうかしら。藍が案内してきたお客様だもの、取って食べてしまうような真似はしないわよ」
「む……」
張り詰めた殺気を茶化すかのように、扇で口元隠しころころと笑う。
鈴の音を転がすような楽しげな響きに、思わず毒気が抜かれてしまう。
思うてみれば女の云う通りである。
察するに先の狐は使いの類であろう。ならば、人妖の別が定かならぬ相手といえど、然程の害意があろうとは思いにくい。
己らを狙う輩の一味かもしれぬが、かような人界とも思えぬ地で待ち構えていることはなかろう。
仮にそうだとしても、その時はその時である。
落ち付けそうな場所に一旦足を踏み入れた以上、妖忌としては一刻も早く少女の身を休ませねばならなかった。
「――失礼致しました。館の主殿とお見受けいたす。我らはしがなき旅の者。雨の山道に難澁しておりました。よろしければ一晩の宿をお願いしたく」
「こんな家でよければ構わないわよ。こっちもそのつもりがなければ、藍を使いに出したりしないわ」
藍と云うのはあの狐のことであろうか。
使いに出したということといい、あの振る舞いといい、思った通りに只の狐では無かった様子。
女の好意に謝意を示し、姿勢を正す。真っ直ぐに見据えて
「拙者、妖忌と申す。こちらは――」
妖忌と少女とが名乗ろうとすると、紫が手をぱたぱたと振った。
「堅苦しい挨拶はいいわよ。それより休む方が先でしょ。可哀想に、すっかり疲れちゃってるじゃない」
やれやれ、とばかりに。女は少女を見やる。
休める場を得て張り詰めていた気が緩んだか。
泰然自若を装ってはいるが、其の身は微かに震え、肌は紅潮している。発熱まではしていないようだが、蓄積した疲労が表に出てきていた。早い所、湯を浴びて疲れをゆっくり取らねばなるまい。
鉄のように頑丈な己の身ならばともかく――少女の身にはやはり少々強行軍であったかと、妖忌は慙愧の念に襲われた。我知らずに、言葉の調子が重くなる。
「――かたじけない」
「それじゃ、こっちよ」
だらだらと長く延びる廊下を、女の後について歩み出した。
冷たい床だ。
香り高い、木の床と柱。
天井の木目が、朦朧と光る燐光に照らされて浮き上がって見えた。
湯殿と客間は直ぐとのことだったが、こうして歩いてみれば、道中は十分にも二十分にも、或いは数秒にも思える。
屋敷自体もまた一つの化生であるのだろうかと、そんな疑念も頭に浮かぶ。
「――ところで主殿。少々お伺いしたき疑が」
ここぞとばかりに妖忌が疑念を問い掛けた。
険しい山で偶々見つけた洞穴。そこを抜ければ肥沃な平野に、このような立派な屋敷。現世のものとはとても思えぬ。
山賊の隠れ家か山の隠れ里か。それにしたとて、様子が奇妙である。
実在しようとは思わなんだが、或いは音に聞く山中異界か。
となれば――現世ならぬ幻世なのであろうか。
「此処は一体いかなる――」
「幻想郷よ」
「幻想郷?」
鸚鵡返しに妖忌が問う。傍らの少女は物問いたげに見上げてくる。
女がくすりと笑った。
何時の間にか女は足を止めていた。二股に分かたれた廊下と、庭に面した障子。
壁面には「男湯」「女湯」の表示が一つずつ。
女が指差した先からは、硫黄の心地良い匂いが香ってきていた。
「何にせよ話は後回し。見れば見るほどひどい濡れ鼠ねえ。取りあえず、湯に入ってきなさいな。そのままじゃ風邪引くわよ?」
「……重ね重ね、かたじけない」
聞きたいことは山ほどあるが、なるほど、落ち着いてみれば己も少女も散々たる有様だ。旅装束もしとどに濡れて、雨水を吸い込んだ着物がじっとりと重い。
渡殿へと足を向けると、思い出した様な声が飛んできた。
「そうそう、私は八雲紫。この邸は
幻想郷。
迷家。
そして、八雲紫。
聞きやらぬ名ばかりである。
山ほどの疑問を抱えつつ、妖忌と少女は湯殿に向かっていった。何はともあれ、汚れを落とさねばならない――
三
床の間に座した湯上りの少女に、紫は感心したように息を吐いた。
襟筋から覗く、湯浴みでほんのり紅潮した蝋めいた肌。
背の半ばまで垂らされた、波がかった桜色の髪。
大きく見開かれた下がり目に、小ぶりな唇。
美貌であり、貴人の相である。
何より――
「――紫殿」
妖忌の声が横合いより、紫の思念を破った。
背筋をしゃんと伸ばし、手足を揃えて少女の背後に控えている。
絞り込まれた身体を木綿の着流しに包み、鋭い瞳はじっと紫を見据えている。改めて見ると、かなりの伊達男。小粋な着物でも纏わせれば、何とも涼やかな男ぶりであろう。
「まずは我等主従をお救いいただきかたじけない。感謝の言葉もありませぬ」
深深と頭を下げる妖忌に、紫は華やかに笑う。
「だから堅苦しいのは抜きでいいわよ。外の世界とは違うんですしねえ」
「外――と申されるか」
妖忌は疑念と得心とで相反する
外の世界とは、という疑義が半分、矢張り只の屋敷ではないという納得が半分であろう。次に出てくる質問も、容易に見当がついた。
「此処は一体どのような地なのでありましょうか。貴殿のような貴人が住まうて居られるにも関らず、噂の一端とて聞いたことがないというのはどうも得心がいきませぬ。拙者、然程見聞が広いわけではありませぬが――」
矢張りそこかと、紫は少し笑う。
「云わなかったかしら。此処は幻想郷の一角。迷家と呼ばれる屋敷よ。聞き覚えはない?」
「はて、一向に――」
妖忌が首を傾げると
「覚えがあります。丘に森、橋に辻の逢魔が時。道を外さば迷い込む。万物の近くに在るが故に、常では見出せぬ幻の地」
横合いから少女がぽつぽつと答えた。
紫は満足そうに頷く。
俗に云う異界。山のあなたのもう知らぬ他国。
神隠された者が招かれ、歌人修験者が幻視する地こそが幻想郷である。
後の世こそ幻想郷への入口を見つけるのは困難になったが、この当時、外の世界と幻想郷との境目は薄かった。黄昏時に四辻に足を向け、山の奥へと少し入り込めば、そこは既に幻想郷であったのだ。博麗大結界によって、
そのため、屋敷に人が迷い込んでくるのは、珍しくはあるが有り得ないことではなかった。そもそもからして、迷うて訪ね来る者が無ければ、迷家と呼ばれるはずもなかろう。紫が客人を迎えたのも、何もこれが初めてというわけではない。
「異界、でありますか――」
訝しげな妖忌。
「余り考えすぎないほう方がいいわよ。少なくとも貴方たちが休める場所なのは確かね。どうする? 帰るって言うなら送っていかせるわよ」
さらりと紫は言ってのけた。
迷い込んできた人間には喰ったり供応したり色々だが、こうまで親切なのは珍しい。
丁寧に迎えるにしても、いつもだったら式に任せきりだ。
手ずから案内して色々世話をみるのは、奇妙な二人連れに興味をもったからに過ぎない。
そして、紫にとってそれは、親身になって対応するのに十二分な理由だった。
「ご厄介になります」
深々と頭を下げる二人に、紫はにこと笑った。
「それじゃ、食事にしましょ。ありあわせの鍋位しか出来なかったけどね」
広い床の間に、箸と器が触れ合う音が響いた。
ぐつぐつと良く煮込まれた鳥肉の鍋は美味だった。新鮮な春野菜と鳥の出汁が実に絶妙だ。相変わらず藍の料理の腕前は確かだと、満足気に考える。
「ご馳走様でした」
箸を置いて手を合わせると、紫は扇一振りして姿勢を崩した。金の長髮がふぁさりと広がる。
腹がくちると、またぞろ二人組みへの興味がわいてくる。
常に一歩下がりつつも、必要とあらば庇い立て出来る位置に己を置く妖忌。
それに全幅の信頼を置き、自然体に構えている少女。
見れば見るほどに絵になる主従である。
鑑賞しているうちに、また一つの疑問が頭をもたげてきた。
扇を閉じて、ゆっくりと口を開いた。
「ところで――」
短刀直入に切り込む。
「今まで何人死んだのかしら」
少女がはっと視線を上げ、妖忌が食後の茶を噴きかけた。
「突然何を仰います。拙者、確かに数名の者を斬ったことはありますが、それは必要あってのこと。何ゆえそのような問いを――」
妖忌が困惑げに答えた。
それは云われずとも解る。
追っ手のみではない。都には盜賊、野には山賊。山犬に狼といった獣達。
己の誇りのために、生存のために、何より主を守るために斬ることもあったであろう。それは、妖忌の纏う気配と、使い込まれた刀から察しがついた。
だが――
「あら、違うわよ。貴方じゃなくて――」
ついと。
しなやかな指が、妖忌の影に佇む女を指す。
「貴女の方」
少女がぴくりと身を竦ませ、紫を見詰めてきた。
そう。
先に紫を驚かせたのは、少女の身に纏わりついた気配であった。
流れ出でては地を濡らす血。
断たれた肉から溢れる死臭。
違うべくもない――濃密な死の匂い。
ゆっくり。
少女が小ぶりな唇を開く。
「……幾人となく。思うてみれば、生を受けた時より周りに在ったは死の影のみ。余人は死霊と申しましたが、私にとっては親しいものでありました。この幾年かは、否も応も無く、我知らずに死の影を引き寄せる日々。西行寺の家と云えば、お聞き及びやもしれませぬ」
涼やかな美声であった。
哇哇、と。紫が得心して頷く。
「聞いたことがあるわ。花にもいたく散る別れ。桜が下で死を招く。
「――はい。西行寺本家が一子、幽々子と申します」
そして、妖忌の主、西行寺幽々子は、ぽつりぽつりと己の素性を語り始めた。
四
西行寺といえば、都でも知らぬ者は無かったと聞いております。
慥かに、憶えている限りでも、ひどく立派な家でありました。
敷地は優に数百坪。間口豊かな立派な母屋に漆喰の土蔵。
道行く人で足を留めぬ者は無い、都外れの豪家、だったそうです。
え?
庭の
良くご存知で。
はい、確かに庭に咲いていた記憶があります。
春になればその下で高歌放吟、門を開いて人々を招きいれ、まさに門前市を成す様子でありました。
幼ない折、妖忌に連れられはしゃいでいたのを思い出します。人が大勢いたのが嬉しかったのでしょう。
ええ。
そうです。
その頃はまだ――普通の娘であったのです。
彼らに気付いたのは、
社仏閣街外れ、四辻を見渡せば見える、人のような姿。
体が透けてしまっている者も居りました。
臓物が出て仕舞っている者も居りました。
恨めしげに眺めるだけの者も居りました。
今とならば、死霊であることを心得ておりますが、何といっても子供のこと、そのような事が解ろうはずもありませぬ。
父様あそこに人が居る、母様こちらに誰か来ると。
何気なく告げる度、何を云うているのかと叱責されたものです。
私の言葉を信じてくれたのは妖忌だけでありました。
何故か、彼らは私に親切でした。
色々と教えてもらったものです。
他者の死期、死後の世、死霊の存在――
その全てが目新しく、また刺激に満ち。家の中でのお仕着せの手習いよりも遙かに魅惑的であったのです。
こんなこともありました。
お
教えてくれたのは、屋敷に住み着いている霊であったと憶えております。
既にもう、死霊を操ることは他愛も無い技でありました。
婆様が今夜亡くなると、無分別にも口に出してしまったのです。
それはもうひどく怒られました。
婆様がどうなったかと仰いますか?
当然、その夜に亡くなりました。
お婆様は心の臓を病んでおりましたゆえ、然程の騒ぎには成らずにはすみましたが――周囲の私への目が変わったのはあの頃からだったようです。
数年前の流行り病をご存知でしょう。
ええ、
幸いにも、西行寺の家では誰一人として亡くなりませんでした。
それが幸だったのか不幸だったのかは何とも云えませぬが。
虎狼痢がようやく鎮まった頃。
面白半分でありましたのでしょう。
誰か死ぬのかと――愚かな親族が問うてきたのです。
私も劣らずに愚かでありました。
叔父叔母をはじめ七人が死ぬと、正直に答えてしまったのが運の尽き。
ええ、外れるわけが御座いません。
翌日虎狼痢がまた暴れ出し。親族七人が忽ちに命を奪われました。
そのような事が幾度と無くあったのです。
もう、私に近寄る者は誰一人として――いえ、妖忌を除いては誰一人近寄ろうとしませんでした。
下女や馬飼いはとうに逃げ出し、尋ね来る親族の影も無く。
富み栄え人に満ちていた屋敷は最早がらんどう。財を成すにも上手くいくはずもなく、蓄えを削って細々と生き継ぐ有様。
両親もたまりかねたのでありましょう。
或る日突然、私を睨み付け口から泡を飛ばして。
お主の所為だ
呪われておる
鬼め悪魔め魔の使いめ
罵られるには慣れておりました。
だから黙っていたのです。
やり場の無い怒りもいつかは鎮まろうと信じていたのです。
けれども。
――産まねば良かったのだ
其れを聞いた途端目の前が真暗になり。
気が付けば両親は、倒れ伏しておりました。
噂の足は速いもの。死を操る富士見の娘、親も殺した鬼娘と。都を駆けめぐる悪意と風聞。
それから後はご推察の通り。
都を総出の狩立てが始まり。
私は妖忌に連れられ
私はかように、死を招き害をもたらす富士見の娘。私めが居たら、いつ何時どのようなご迷惑をかけるかもしれません。
今宵身を休めたら、直ぐにでも出立しようかと考えております――
五
「はい、私の上がり。幽々子のやり方は相変わらずぬるいわねえ」
「いやいや紫。これで丁度半々よ。次は私の勝ちじゃないかしら」
庭に面した間から、幽々子と紫の笑い声が響いてきた。
さいころを振る音と紙の擦れる音。双六でも愉しんでいるのであろう。
心地好い声を耳に、日課である素振りを終えた。目にも留まらぬ速さで大刀を鞘に納めると、妖忌は汗を拭って息をつく。
(お嬢様は安らがれておられる)
その思いが妖忌の心を穏やかにする。
考えてみれば、幽々子の笑い声なぞ聞いたのは何時以来のことか。
ここ最近で言葉遣いも随分とくだけてきた。
妖忌の知る幽々子は、元々洒脱で飄々とした少女だ。追われる身であるという恐怖が薄れた分、天来の性情が顔を覗かせているのだろう。紫の気さくな性格が一役買っているのも疑うべくはなかった。
――迷家に辿り着いてからもう一月になる。
「何云ってるの。どうせ行く当てもないでしょ。好きなだけ居るといいわ。生きていくだけなら困らない場所だしねえ」
辞意を告げる幽々子に対し、にこにこしながらそう云ってきた紫。
言葉に甘えるのも気が引けたが、悪い提案ではない。
追われる身という自分たちの立場や、安心して身を安らげることが出来る場があるかどうか心許ないことなどを考えると、魅力的な提案であった。
これ以上のご迷惑は――と云っても
「誰が迷惑って云ったの?」
そう答えるだけ。
事実、紫は嬉々として客間の用意に余念が無い。
湯殿に寝所から床の間、多彩な着物に日夜の食事と、何事につけても十二分に支度されていた。
勿論、紫が実際に手を動かしているわけではない。命ずればあっという間に大抵のものは準備されてしまう。
どのような仕掛けがあるにせよ、有難い事には変わりがなかった。
妖忌自身も疲れがたまっていた。幽々子と共に都から逃げ出してよりの追われる日々。自分一人ならともかく、頑健とは云えぬ幽々子を支えながらの日々は、決して楽なものではない。幽々子への忠義は微塵も揺らがぬが、心身共に休息を求めているのは確かだった。
かくして、妖忌と幽々子は未だに迷家に足を留めているわけである。
妖忌殿――
当て所も無い思念を藍の声がまた遮る。
「おお、藍殿か」
庭園の一角にある池の方から、袖口に手と手を入れて歩んで来る姿。白地に藍をあしらった大陸風の道服、二股に衣装された伊達な帽子、紫に比しても遜色ない金色の髮と、九つに分かたれた尻尾とが印象的だ。
八雲紫の式にして従者、八雲藍である。
「精が出ますな。とはいえ、あまり根を詰めては却って毒。茶なりと一杯進ぜようか」
「何、これも日課故。されど藍殿の立てた茶とあっては断れませぬな。有難く頂こう」
大きく「八雲」と記された湯呑を受け取り、妖忌は縁側に腰を下ろした。藍も尻尾を巻いて座り込み、茶をすする。
迷い込んだ日に自分と幽々子を導いてくれた狐こそがこの式だと、今では妖忌も心得ている。
飄々とした主人に仕えるという立場、生真面目で融通が利かないという気質的な相似もあり、妖忌と藍とは妙に気があった。茶飲み友達のようなものである。
茶を干すと息をつく。
何とはなしに天を見上げた。
抜けるような――空。
視界の端に多少の雲があるものの、快晴と云って良い空模様。
空が抜けるのが視線が抜けるのかと、埒も無いことをふと思う。
ぼんやりとした思念を、藍の声が破った。
「幽々子殿には随分とお元気になられた様子。塞ぎ込んでいるのは心身に良くありませんからな」
「いや、これも紫殿や藍殿のお陰。迷うていた時、貴公がおらねばどうなっていたことか。感謝してもし足りぬとはこのことで」
絶えざる続く戯れ声が少し大きくなる。
視線を向けると、風を吹き入れるためか、障子の隙間が開いて幽々子と紫の横顔が覗いていた。
幽々子は笑っていた。
紫との一挙一足が心底楽しそうだった。
しかし――と。
妖忌が何とも云えぬ苦味の利いた、それでいて安心したような複雜な表情で口元を歪める。
「腑甲斐ないものですな。この妖忌、幽々子様の幼なき折よりお仕えしておるが、あれほど楽しそうなご様子はこの幾年かとんと見た覚えが御座らぬ。我と我が身は果たして何をして来たのやらと――」
「それは私とて同じこと。幻想郷の外れも外れ、人も通わぬ迷家で、三國に渡り妖異をなした大化生。式と成りて早や百歳千歳になるというに、紫様が友と呼べるお方を得るを見たはこれが初めて。こちらも少々悔しい気が致す」
お互いの口元に苦笑らしきものが浮かんでいたのは、致し方ない所であろう。
「して藍殿、拙者に何か御用でありますかな」
うむと藍が頷いた。
穏やかな面が引き締まる。
優しげだった声色も、厳しく練り上げられた苦労人のそれへと変わっていた。
「――少々気になる儀が」
妖忌は眉間に皺を寄せた。
「と、申されると?」
「之を御覧下され」
幽々子と紫は既に障子を閉じている。
何時の間にか日が翳ってきていた。
燦燦としていた空に、ぽっかりと幾条かの暗雲が浮かんできていた。
ぱさりと、藍の袂から、何者かの旅装束がこぼれ出る。
「野の外れに落ちておりました。中の者が見当たりませなんだが、大方、通りすがりの夜雀にでも喰われたのでしょう」
取り上げると、じっくりとなだめ透かし見た。
紋様に見覚えがある。
桜をあしらい蝶を配し、渦巻状の円形を基調とする家紋。
紛れも無く、西行寺に連なる一門のものである。
即ち、都を追い、山に入るまで妖忌と幽々子を執拗に狩り立ててきた輩のものであった。
「彼奴ら、此処をつきとめおったか……?」
己と幽々子の境遇は藍にも話してあった。
彼奴ら、の意味を察したか。果たして藍が眉根を寄せる。
「と申されると、先日お話くださった者共でありますかな」
「追手です。山に入り込み巻いたつもりではありましたが、こうも動きが早いとは――愚図愚図しておれませぬな。貴公や紫殿に迷惑をかけるわけにも参らぬ」
「ふむ……」
今にも出立の支度を始めそうな妖忌に、藍が思案げに顎を撫でた。
まあ待たれよ――と、手で妖忌を制する。
「そう即断されるな。大方、貴公と幽々子殿が此処へ来られた、あの岩穴に偶偶迷い込んだものでありましょう」
「……そうでありましょうか」
「集団で貴公らを追ってきたのならば、着衣が一つしか見つからぬのは妙でありましょうよ。そもそも――」
にんまりと藍が笑った。
「私の先導なしで迷家まで至り来るは至難の業。無理に進もうとすれば喰われるのが落ちでしょうな。どちらにせよ、今しばしは迷家に留まるほうが宜敷かろう。あまり思い詰めなさらぬ事が肝要」
「――お心遣い感謝致す」
藍は気軽にそう云うものの、妖忌の表情は浮かない。
妖忌は彼らの力を知っている。
そのしつこさを知っている。
幽々子と妖忌が見つからぬとあれば、それこそ草の根かきわけて日本全国津々浦々まで追ってくる輩である。
(――幽々子様だけはお守りせねば)
ぽつん。
天を見上げると、妖忌の額に何かが当たった。
「雨、か」
呟いて見上げると、何時の間にか空は暗雲に覆われ、身を切るような冷たい雨を降らし始めていた。
(続)
田中天さんのトコ見てたら「ビーストバインド エヴァンジェル」がもう発売されてるとのこと。
早速町田イエローサブリマリンで買ってきました。
まだざっと読んだだけなので詳細は後日に回しますが、リプレイ、追加データ、シナリオ、追加サンプルキャラというオーソドックスな構成。
・追加データ:○
・追加サンプル:○
・リプレイ:◎
な感じでした。
特にリプレイが素晴らしい。きくたけリプレイとはまた違い、きっちりエンターテイメントしている上、良い意味で情緒的な泣かせる作に仕上がっています。田中天氏の繊細な資質がよく出ているかと。
シナリオは読んでGMするつもりだったんですが、PC1のハンドアウトが阿波加忍だったため急遽PL志望になりました。人外黒髮古神道巫女がメインNPCとあっては見過ごせません。誰かGMやってください(私信)
それはともかく、FEARは最近作「スターレジェンド」とナイトウィザードのサプリ「ロンギヌス」が今一感漂う内容だったのでちょっと凹んでいた方もいらっしゃるとは思いますが(私含め)、エヴァンジェルに関しては安心して買える一作となっております。
あ、あとクレバー王子はいい気になり過ぎだと思います。素晴らしい。
●WEB拍手レス
>元ネタは、一夢庵風流記の骨と慶次の会話ですか?隆慶とFate好きの僕にはたまらなく面白かったです
はい、お察しの通りあの部分の会話です。「そこが益々もっていい」とかたまりませんな。
隆慶文体は何と混ぜても大変なことになるので中々楽しいですよ。