かごめ かごめ かごの中の鳥は いついつ出やる
「昔枕返しとて夜間睡眠中に何者の業によるとは知れず枕の位置を顛頭さるることあり、たとえば初め東枕に寝たるが目覚むれば西枕となり居るの類にて之を枕返しという。『詒謀記事』にいう高知城下小高坂森の屋敷に……」
ぱたん。蒼崎橙子は糸綴じの古書を閉じた。
「土佐郷土民族譚か。やれやれ、オカルトは苦手なんだがね」
日向玄乃丈は煙草をくわえごちる。蒼崎橙子は面白くもなさそうに鼻を鳴らした。
「はん、犬神が何を言うのやら。安心するといいさ。魔力の痕跡も無いし、教会の動く気配も無い。これは人間の仕業だよ。ただし――」
「――猟奇的にすぎるがね」
言葉を継いだ日向の目の前。北枕で血を吸い尽くされた死体が、山ほど転がっていた。
魔都闘京。北枕に整列され、吸血された無数の死体。
「もう血生臭いのには飽き飽きしているんだ。私をこれ以上巻き込まないでくれたまえ」
庵の主は、死神が腹を壊したような凶相で憮然と答えた。手にした古文書から目を上げようともしない。確かもう老境に差し掛かっているはずだが、矍鑠とした様子には全く衰えが見えぬ。否、それどころか年齢すら不詳だ。今時見ない着流し姿は、時代を超越している感があった。
「残念なことだ。貴方なら解決出来ると思ったのですがね」
とてもでないが残念でなさそうに言うと、フロックコートの男は庵の扉にむかった。枯れ木のように痩せた高身長、は虫類を連想するような顔立ち。天才性と凶悪性が同居した特異な面立ちは強い印象を残すに違いない。去り行く男に、庵の主が声をかける。
「それは枕返の仕業だ。深入りしないほうが身のためですよ、教授」
「ご忠告感謝するよ」
教授と呼ばれた男は、振り向きもせず庵から続く坂へ消え。庵主は深い溜息をついたのだった。
斬真狼牙は思わず目を見張った。自他ともに認める女好きの彼だが――ここまで完璧な令嬢には出会ったことがない。かの姫乃宮のお嬢ですら、これほどの気品は醸せ出せまい。
「ジュヌヴィエーヴ。ジュヌヴィエーヴ・サンドリン・ド・リール・デュドネ。以後お見知りおきを」
少女はドレスの裾をつまみ、優雅に一礼。楚々とした動作1つでも目を引く。これで笑顔があれば満点なのだが。
「ジュヌヴィエーヴ……ってーことは、ジュネか。俺は斬真狼牙。ま、よろしく頼むぜ」
「で、早速なんだがな」
頬杖ついて狼牙が口を開く。鋭い瞳と不敵な笑みは、ジュヌヴィエーヴの関心を呼び起こすには十分だ。
「――うちのモンを殺ったのは、アンタか?」
十六夜咲夜は不機嫌だった。紅魔館に忍び込んできただけでも迷惑だ。おまけにそれが、他の吸血鬼となれば七面倒なんてもんじゃない。
「咲夜、何の騒ぎだったの?」
枕抱えて、ツェペンシュの末裔があくびしながらやってきた。咲夜は一礼をして答える。
「嫌に成る程招かれざるお客でした。お嬢様、2、3日休暇を頂きますね」
「いってらっしゃい。お土産忘れないでね」
十六夜咲夜を送り出すと、レミリア・スカーレットはまたベッドに潜り込んだ。完全で瀟洒な従者に任せたから、ぐっすりと眠っても大丈夫。世界が滅んでもそれだけは確かだ。
街を駆け巡る吸血鬼の噂。跳梁する殺人鬼の影。
「ちょいとばかり、遅かったな」
愛用の帽子を胸に持っていき、玄乃丈は黙祷を捧げる。これでもう六人目。全部が全部、鳥の籠めいた密室。流石に少しは気がめいる。
「ところで日向。1ついいかな」
死体の検分には興味がないのか、蒼崎橙子は紫煙をくゆらすと玄乃丈を見やる。
「――君は夏でもその格好なのか」
「冷え性でね」
上下完全装備な漆黒のスーツで、日向玄乃丈は肩をすくめるとそう答えた。
「はあ、何の因果でこっちなんかに来なきゃいけないんだか」
幻想郷から現実世界に出てきて2日。十六夜咲夜はもう嫌になっていた。
吸血鬼らしき輩を追ってくれば見失うわ、何とか追いついてみれば博麗大結界の外に出るハメになるわ。出てきたら出てきたでタチの悪い魔術師と人狼に追いかけられるわで――
「ああ、もう、散々な厄日!」
苛ついて思わず目の前のモノを蹴っ飛ばす。機嫌が悪くなって当然だ。ロクでもないこと続きの上に、1日の最後になって
「――こんなもの、押し付けられちゃねえ。どうしよ。」
密室で北枕の死体と2人きり。完全で瀟洒なメイドは頭を抱えて溜息ついた。
「まだ続けるのかね、教授」
「当然だろう、博士。犯罪学の研究に手を染めて早100年以上。理論を実地で試したくなるのは学者の性だよ。私は博士のように牢獄で思索するだけの趣味はないのでね」
「ここは意外に居心地がいい。まあ、私はしばらく傍観させてもらおう。何、因数がわかれば結果は見えるものだ」
ハンニバル・レクター博士は訪問客にむかい、聖人めいた微笑を浮かべ、牢獄の生活に戻っていった。なお、この世界最悪の殺人鬼が「羊たちの沈黙」事件に関わるのはしばし先のことである。
夜明けの晩に 鶴と亀がすべった
「私を追い詰める者がいるとは思わなかったな。やれ、今の世界に“探偵”とやらは腐るほどいるようだがね、倫敦の諮問探偵の足元にも及ばない。思うに彼は好敵手だった。全く、惜しい人を亡くしたものだよ」
ジェイムス・モリアーティー教授はそれはそれは楽しげに笑った。
「全くね。今から惜しい人を亡くすものだわ」
咲夜の両手に銀のナイフが現れる。その数、10本+α+α。つまり制限無し。死徒モリアーティーの笑みは絶えない。
「元気なお嬢さんだ。ところで私は空腹の極み。ここで会ったも何かのよしみ、ご馳走してくれないかね」
「私のこのナイフは料理も出来るのか?」
「試してみるかね」
「あんたでね」
銀のナイフと、鋼鉄の爪が交錯する―-!
「痛てて……しかし、あいつじゃないってのはどういうことだよ、ジュネ」
ジュヌヴィエーヴの手当ては熟練のものだった。それでも、鋭利に切り裂かれた肩口はかなり痛む。
「ロウガ、一連の事件は吸血鬼の仕業じゃないわ。私たちはこんなやり方はしない。合理性が無い癖に首尾一貫した殺人なんて、人間以外は絶対にやらない」
きゅ、と狼牙に包帯を巻くと、ジュヌヴィエーヴは立ち上がった。美しい長髪を結わえ、唇に軽く紅をひく。
「覚えておいて。人間は世界一危険な生物よ。人間で無くなった時、それが本当にわかる。少なくとも、私はそうだった」
扉へ向かう。これ以上彼を巻き込むことは出来ない。人間の枠を外れてしまった人間には、人ですら無いモノが応ずるべきだ。それに、ロウガは――
「待てよ、ジュネ」
声がする。立ち上がる、衣擦れの音。ジュヌヴィエーヴは、紺碧の瞳をゆっくりと狼牙に向けた。
「お前にゃお前の言い分があるんだろうが、俺にも俺のやり方がある。大体なんだ、相手がどんな奴が知らねえが、ダチが殺られてる以上放っておけるか。それになー―」
――ああ、この瞳だ。ボウルガードを思い出す。かつて愛した英吉利のスパイと同じ、不屈の意志。悠久の時の中、もうあんな思いはしたくなかった。でも、だからこそ――
「――お前のことは、なおさら放っておけないんだよ」
ニヤリと笑う狼牙に、ジュヌヴィエーヴは今にも泣き出しそうな微笑を返していた。
だらだらと続く眩暈坂を登りきった先が、目指す古庵である。元来は古書店であったというその庵、この狂った演劇の幕を下ろすには、最高の舞台だ。
「で、そのご老体に何の御用だ」
「憑物を落としてもらう。私は西洋魔術の徒なのでね、呪術は専門外だ」
橙子の言葉に、玄乃丈は訝しげに顔をしかめた。憑物?呪術?今更何を言うのだ、この女は。
「おいおい、犯人はあがったし、謎はとけた。もう事件は解決したんじゃないのか」
「わからない奴だな、君も。犯人がわかって謎が解明されれば、事件解決?ふん、それなら――どんなによかったことか」
吐き捨てると橙子は足を早めた。玄乃丈も慌てて後を追う。坂を大方昇りつめると、そこには時間が止ったかのような土塀と竹薮。突き当たりの分かれ道を、左に曲がる。
「おい、待てよ。俺には何がなんだか――」
「着いたぞ。ここが――」
どん、と橙子の背中に追突し、玄乃丈は足を止めた。見渡すと、竹薮に囲まれた一角。よくよく見れば、藪の中には大時代な庵が鎮座しましている。
「――ここが、京極堂だ」
“京極堂”と楷書された木の看板。橙子と玄乃丈は藪の中の庵へと分け入っていった。
うしろの正面、だあれ
清明桔梗。着流し。番傘。年輪を感じさせぬ老人は、衆目を前に告げた。
「蒼崎くん。この世には――不思議なことなど、何も無いのだよ」
Coming Soon?
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